↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/27

別府から宇佐へ

 フェリーが別府へ着いた。


 朝の港へカブを押し出す。


 潮の匂いと、知らない町の匂いがした。


 潤はヘルメットをかぶり、エンジンをかけた。


「よし」


 宇佐へ向かう。


     *


 別府の町を抜け、北へ走る。


 道の向こうに山。


 細く曲がりくねった道、今までの国道と比べると交通量が段違いにない


 京都とは違う景色が続いた。


 途中で道を確かめながら、昼前には宇佐へ入った。


 まず写真の場所を探した。


 宇佐神宮参道周辺の街並みを外れ、田んぼの広がる方へとカブを走らせる。


 だが三十年前の写真だけでは、そう簡単には分からない。


 道端で地図を見ていると、自転車を押した老人が声をかけてきた。


「どこ探しよるんか」


 潤は写真を見せた。


「戦争中、この辺で撮ったみたいなんです」


 老人は目を細めた。


「宇佐の航空隊か」


「大叔父がいたらしくて」


「ほう」


 老人は近くの古い店を指差した。


「あそこ行ってみい。昔からある店や」


     *


 店には年配の女性がいた。


 潤が写真を見せる。


 昭吾朗。


 その隣の女学生。


 女性の目が止まった。


「あら……」


「知ってます?」


 写真を顔へ近づける。


「この子、孝ちゃんやないかえ」


「孝ちゃん?」


「孝子ちゃん」


 潤の胸が鳴った。


 初めて名前が出た。


「この人、知ってるんですか」


「昔のことやけどなあ」


 女性は椅子へ座った。


「よう泣きよった子や」


「泣いてた?」


「好きな人が出撃してもうてな」


 潤は昭吾朗を指差した。


「この人ですか」


 女性は写真を見る。


「たぶん、この人やろ」


     *


 話を聞くうち、輪郭が見えてきた。


 孝子。


 地元の女学生。


 海軍の若い飛行機乗りと親しくしていた。


 男は沖縄へ行った。


 帰らなかった。


 孝子は長い間泣いていた。


「その後、どうなったんです?」


 潤が聞く。


 女性の顔が曇った。


「空襲で亡くなった」


「……え」


「宇佐も空襲受けたからな」


 潤は言葉を失った。


 昭吾朗が死んだ。


 孝子も死んだ。


 写真の中では、二人ともあんなに笑っているのに。


     *


 夕方、宿から家へ電話した。


 祖父へ孝子の名前を伝える。


『孝子……』


「覚えてる?」


『いや。名前までは』


「昭吾朗さんの恋人だったみたい」


 祖父はしばらく黙った。


『そうか』


 短い声だった。


     *


 里美にも電話した。


「女の人の名前、分かった」


『ほんと?』


「孝子さん」


『生きてた?』


「……亡くなってた」


『そっか』


「昭吾朗さんが沖縄で死んで、そのあとずっと泣いてたって」


 里美が黙る。


「それで宇佐の空襲で」


『……辛いね』


「うん」


『潤、大丈夫?』


「俺は大丈夫や」


『明日は?』


「安心院行く」


『おじいちゃんが言ってたところ?』


「うん」


『気をつけて』


「分かってる」


 電話を切る。


 窓の外では、知らない町の夜が静かに広がっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。