動かないカブ
日曜日。
潤は自分のカブを庭から出した。
キーを回す。
キック。
かからない。
「くそっ!」
もう一度。
駄目。
何度蹴っても、エンジンは沈黙したままだった。
*
そこへ青いカブで里美が来た。
「やっぱり行くの?」
「行く」
「やめようよ」
「典子さんに直接聞かな分からん」
「私も行く」
「里美」
潤は時計を見る。
待ち合わせに遅れる。
「里美、お前のカブ貸して!」
里美が固まる。
「……うん」
キーを渡した。
潤は青いカブにまたがる。
「すぐ帰る」
「潤!」
走り去った。
*
里美は残されたクリーム色のカブを見る。
「何で動かないの」
試しにキックした。
――ブルン。
「え?」
一発でかかった。
止める。
もう一度。
――ブルン。
また一発。
「……何これ」
そのとき。
『孫を助けろ』
男の声。
里美は振り返った。
誰もいない。
「誰?」
『孫を助けろ』
もう一度。
*
里美は榊原家へ飛び込んだ。
「おばあちゃん、潤の予備のヘルメット!」
「どうしたん?」
「あとで説明します!」
祖母は驚きながらも渡した。
「潤を頼むな」
その言葉に里美は一瞬止まった。
「はい」
クリーム色のカブにまたがる。
今度も一発でエンジンがかかった。
*
潤は典子と会っていた。
「バイクは?」
「今日はいいの」
「またですか」
「歩こう」
典子が先へ進む。
潤は青いカブを押しながらついていく。
「典子さん」
「何?」
「D大学に徳田典子って学生、いないそうです」
「そう」
「安心院にも、そんなバイトはいないって」
「そうなんだ」
「あなた、誰なんです?」
典子が振り返る。
「典子だよ」
「そういう意味じゃない」
「潤君」
声が柔らかい。
「こっち」
なぜか、
それ以上問い詰める気持ちが薄れていった。
*
里美はカブを西へ走らせる。
どこへ行けばいいのか分からない。
それでも時々、
あの若い男の声が聞こえるような気がした。
――西へ。
――急げ。
里美はアクセルを開けた。




