存在しない名前
翌日。
里美はもう一度電話をかけた。
今度は安心院。
潤が泊まった宿。
『はい』
「あの、夏休みにそちらへ泊まった榊原潤という高校生のことで」
『ああ、京都からカブで来た子』
覚えている。
里美は少し安心した。
「そのとき、徳田典子さんという若い女性が働いていませんでしたか」
『徳田?』
「大学生くらいの」
電話の向こうが静かになる。
『そんな子、おらんよ』
「え?」
『若い女のバイトなんか、そのころおらんかった』
里美の背中が冷たくなった。
*
翌日。
里美は潤へ話した。
「D大に電話した」
「は?」
「徳田典子って学生、いないって」
「漢字違うんちゃう?」
「安心院にも電話した」
「……何て?」
「そんなバイトはいないって」
「客やったんやろ」
「潤」
「本人が適当に言うただけかもしれん」
「じゃあ、どうして?」
「知らん」
潤は苛立った。
怖かった。
だから否定したかった。
*
「今度会ったら聞く」
「私も行く」
「いや」
「何で」
「俺が聞く」
「潤一人は嫌」
「大丈夫や」
「大丈夫じゃないから言ってるの」
*
その夜。
典子から電話があった。
『潤君』
「典子さん」
『今度の日曜日、会おう』
「その前に聞きたいんですけど」
『何?』
「D大学、何学部です?」
少し沈黙。
『そんなこと、どうでもいいじゃない』
「よくないです」
『日曜日に話そうよ』
「どこで?」
『二人でね』
潤の指が受話器を強く握る。
「里美のこと、何で――」
言い終わる前に電話が切れた。
潤は受話器を見つめた。
今、
里美が一緒に行きたがっていることを、
典子には一言も話していなかった。




