09 無能戦士、天才魔術師の的になる
翌日。
俺は、王立セレスティア魔術学院を訪れた。
セリアの町から少し離れた丘の麓に建つその学院は、王族の居城と見紛うほど巨大で、いくつもの尖塔を持つ白亜の校舎が城壁の向こうにそびえていた。
「…………すごいな」
王国でも有数の魔術教育機関とは聞いていたが、想像以上だ。
正門へ向かい、衛兵に名と用件を告げる。
しばらく待っていると、黒いワンピースにとんがり帽子をかぶった、小柄な少女がやってきた。
胸元には、金色に輝く円形のプレート。
この学院の生徒らしい。
「あなたがガルドね?」
「ああ」
「待ってたわ。こちらへどうぞ」
少女は俺の姿を見ても、まるで怖がる様子を見せなかった。
珍しい娘だ。
俺は少女に案内され、学院の中へ入った。
広大な敷地では、ローブ姿の学生たちが行き交い、遠くの訓練場からは時折、魔法によるものらしい轟音が響いてくる。
巨大な校舎へ入ると、磨き上げられた石造りの廊下が続き、壁には歴代の魔術師らしき肖像画が並んでいた。
つい、絵の方へ目が行く。
「ガルド?」
「ああ。すまない」
少女の後を追い、『リゼット・エルネス』と金色のプレートが掲げられた部屋へ案内された。
確か、依頼主の名前だ。
中へ入ると、壁一面に魔導書が並び、棚には実験器具や色とりどりの薬品、奇妙な鉱石などが所狭しと置かれていた。
「そこに座って」
「ああ」
勧められた応接用の椅子に腰を下ろす。
すると少女は、正面の立派な机へ向かい――。
ちょこん。
その椅子に座った。
「…………」
お嬢ちゃん。
そこはリゼット先生の席じゃないのか?
勝手に座ったら怒られるぞ。
そんな俺の心配をよそに、少女は机の書類を手に取った。
「それじゃ、今回の依頼について説明するわ」
「…………?」
そして、改めて姿勢を正す。
「今回の依頼を出した、リゼット・エルネスよ」
「…………え?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
「何よ?」
「いや……もっと年上の人だと思っていた」
「ああ。よく言われるわ」
少女――リゼットは慣れたように息を吐いた。
「こう見えて、十六歳よ」
「十六……」
てっきり十二、三歳だと思っていた。
それにしても、十六歳で王立魔術学院の講師とは。
すごすぎないか、この娘。
驚く俺をよそに、リゼットは淡々と説明を続けた。
「じゃあ、依頼について説明するわね」
「ああ」
「これから訓練場で、あなたにはわたしの火球の的になってもらうわ」
「…………」
「大丈夫。剣を構えて立ってるだけでいいから」
「…………」
「絶対に当てないわ」
それが一番心配なんだが。
リゼットは、俺を上から下まで眺めた。
「普段は木の的を使ってるんだけど」
「ああ」
「より実戦に近い緊張感を出すには、やっぱり本物の戦士を標的にするのが一番だと思ってね」
「…………」
可愛らしい顔で、ずいぶん物騒なことを言う。
俺の表情から何かを察したのか、リゼットが眉を上げた。
「信用してないわね?」
リゼットは椅子から立ち上がった。
「いいわ。まず、わたしの実力を見せてあげる。それから依頼を受けるかどうか決めてちょうだい」
◇
俺たちは学院の訓練場へ移動した。
広々とした石造りの訓練場。
奥の壁際には、魔法訓練用らしい木の的がいくつも並べられている。
俺たちが入ってくると、何事かと生徒たちが集まってきた。
「リゼット先生だ」
「何かやるみたいだぞ」
「隣の男、でかくないか?」
いつの間にか、俺たちを囲むように人だかりができている。
「じゃあ、見てて」
リゼットが一本の杖を構えた。
先ほどまでの少女らしい雰囲気が消える。
その目が、まっすぐ遠くの的を捉えた。
「《火球》」
短い詠唱。
次の瞬間――。
ゴオッ!
「うおっ!」
凄まじい熱風が頬を撫でた。
杖の先から放たれた炎の塊が一直線に飛び――。
ドンッ!
轟音。
遠くにあった木の的が、炎に包まれて吹き飛んだ。
「…………」
すごい。
地面には、砕けた的がぷすぷすと煙を上げながら転がっている。
だが、リゼットは杖を下ろさない。
「《火球》」
ドンッ!
二つ目。
「《火球》」
ドンッ!
三つ目。
立て続けに放たれた火球が、寸分の狂いもなく木の的を撃ち抜いた。
「おおおっ!」
周囲から拍手と歓声が上がった。
「すげえ……」
俺も素直に声が出た。
リゼットが、くるりとこちらを向く。
「これで納得した?」
ふふん、と得意げに胸を張った。
「ああ。十分だ」
「じゃあ、始めるわよ」
「ああ」
「今度はガルドが的ね」
「…………ああ」
忘れていた。
◇
「…………」
俺は大剣を構え、訓練場の端に立っていた。
右を見る。
木の的。
左を見る。
木の的。
どちらも、俺の身体から三十センチほどしか離れていない。
「…………近くないか?」
遠くにいるリゼットへ声をかける。
「大丈夫よ!」
本当だろうな。
先ほど吹き飛ばされた木の的を思い出す。
あれが俺に当たったら――。
考えるのはやめよう。
「いくわよ!」
「ちょっと待――」
「《火球》」
杖の先が光った。
次の瞬間。
ゴオッ!
「ひぃっ!」
二つの火球が、俺の左右をほぼ同時に通過した。
熱い。
ドンッ! ドンッ!
左右から二つの轟音。
恐る恐る振り返る。
俺の遥か後方で、二つとも炎の塊になって転がっている。
「おおおおおっ!」
周囲から大歓声が上がった。
「さすがリゼット先生!」
「二発同時だ!」
「すげえ!」
俺は笑えなかった。
危なかった。
もう少しで漏らすところだった。
「ガルド!」
遠くからリゼットが声を上げる。
「そのまま動かないで!」
「ああ……」
というより。
動けない。
俺は立ったまま腰を抜かしていた。
◇
それからも訓練は続いた。
「今度は右手を上げて」
「ああ」
ドンッ!
「次は大剣を横に構えて」
「ああ……」
ドンッ!
「今度は足を開いて」
「…………ああ」
ドンッ!
右。
左。
頭上。
足元。
様々な位置に的を置かれ、そのたびに魔法が飛んでくる。
リゼットの魔法は、一度たりとも俺に当たらなかった。
それどころか、狙った場所からわずかにずれることすらない。
すごい。
すごい。
すごいのだが――。
「最後はこれね」
リゼットがリンゴを取り出した。
「頭に乗せて」
「断る」
「絶対に当てないから」
「断る」
◇
「…………」
なぜか俺の頭にはリンゴが乗っていた。
「じゃあ、いくわよ」
遠くでリゼットが杖を構える。
刹那――。
「《氷刃》」
シュッ!
頭上を冷たい風がかすめた。
ぱんっ!
リンゴが真っ二つに弾け飛ぶ。
「おおおおおっ!」
訓練場が大歓声に包まれた。
リゼットは満足そうに胸を張る。
「ふふん」
その姿を眺めながら、俺はへなへなと地面に座り込んだ。
「もう無理だ……」
大歓声が、やけに遠く聞こえた。




