07 無能戦士、ポンコツ神官を見送る
翌朝早く。
宿を発った俺たちは、再びアルセリア神殿を目指して街道を進んでいた。
今日も俺はオルフィナの手を引いて歩く。
「あっ、ガルド。見てください。あの鳥!」
「ああ」
「あっちには花畑がありますよ!」
「本当だな」
相変わらずオルフィナは、鳥や花、変わった形の木などを見つけては、そのたびに俺の手を引っ張って寄り道した。
俺も黙って付き合った。
急ぐ旅でもない。
それに、オルフィナの着眼点はなかなか面白い。
俺も気になった景色を見つけては、ときどき紙と鉛筆を取り出し、簡単にスケッチした。
そんな寄り道を繰り返しながら、街道を進む。
そして夕方――。
「あっ!」
オルフィナが前方を指差した。
「ガルド。見えてきました!」
小高い丘。
その頂に、大きな白い建物が見える。
アルセリア神殿だ。
そして、その丘の麓には町が広がっていた。
アルセリア神殿への巡礼者や参拝者を相手に発展した門前町――セリア。
俺たちは町の門をくぐった。
◇
「わあ……!」
オルフィナの目が一気に輝いた。
町の中央には、アルセリア神殿へと続く大きな参道が伸びている。
その両側には宿屋や食堂、菓子屋、土産物屋が軒を連ね、道端にはたくさんの露店が並んでいた。
行き交う人々の声。
客を呼び込む店主たち。
あちこちから漂ってくる料理の匂い。
巡礼者だけではない。
観光目的で訪れている旅人も多いのだろう。
参道は大勢の人々で賑わっていた。
「すごいですね、ガルド! まるでお祭りです!」
オルフィナが感嘆の声を上げた。
「あっ、あれ、おいしそうです。食べましょう!」
オルフィナが指差した先では、串に刺した肉が炭火で焼かれていた。
「次は、あのお店が気になります!」
「土産物屋だぞ」
「入りましょう!」
「うむ」
その後も菓子屋に露店と、気になるものを見つけるたびに寄り道する。
俺はオルフィナに手を引かれ、あちらこちらを見物しながら参道を進んだ。
それにしても、すごい人混みだ。
前からも後ろからも、次々と人がやってくる。
俺は隣を歩くオルフィナを見る。
「ガルド! あっちにも何かありますよ!」
「ああ」
これ――。
手を離したら、絶対にいなくなるな。
この人混みではぐれたら、一生会えないような気さえする。
俺は握っていた手に、自然と少しだけ力を込めた。
◇
結局、アルセリア神殿へ到着した頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
丘の上から振り返る。
「おお……」
思わず声が出た。
眼下にはセリアの町が広がっている。
無数の明かりが夜の中に浮かび、まるで地面いっぱいに宝石を散りばめたように輝いていた。
そして背後には、アルセリア神殿。
白い神殿が月明かりを浴び、淡い青色に浮かび上がっている。
入口に並べられた松明の炎が、夜風にゆらゆらと揺れていた。
「綺麗……」
オルフィナが小さく呟いた。
「…………」
月明かりが、その横顔を照らしている。
風に髪が揺れる。
俺は、しばらくその姿を眺めていた。
綺麗だ。
ふと――。
この姿を、絵に残したいと思った。
「ガルド?」
「ん?」
「どうしました?」
「いや」
俺は首を振った。
「なんでもない」
◇
俺は神殿の入口へ続く階段に腰掛けていた。
オルフィナが中へ入ってから、しばらく経った。
やがて――。
「ガルド!」
聞き慣れた声がする。
顔を上げる。
神殿の大きな扉から、オルフィナが出てきた。
足取りが軽い。
「終わったのか?」
「はい!」
オルフィナは俺の前まで来ると、嬉しそうに胸元から小さな巡礼手帳を取り出した。
「見てください」
「ん?」
開かれた頁には、アルセリア神殿のものらしい聖印が押されていた。
「無事、巡礼の証をいただきました。次は聖ヴァレリア神殿です。ここから北西へ、徒歩で三日ほどだそうです」
「そうか」
「今日はこの町に泊まって、明日の朝、出発します」
「ああ。明日、見送ろう」
「ありがとうございます」
オルフィナが、にこりと笑った。
「ところで、道は分かるのか?」
「もちろんです。北西へ向かえばよいのです」
「北西が分かるのか?」
「…………」
「…………」
「なんですか、その目は。わたくしだって、いつまでも迷子になるわけではありません」
「そうか」
「そうです!」
オルフィナは頬を膨らませたあと、すぐに笑顔に戻った。
「それでは、最後の晩餐といきましょうか」
「縁起でもない言い方をするな」
俺たちは再び、賑やかなセリアの町へと歩き出した。
こうして、二人で過ごす最後の夜を迎えた。
◇
その夜。
俺たちは宿屋の食堂で、セリア名物の肉料理に舌鼓を打っていた。
「ガルド」
「ん?」
「わたくし、実は……この先もずっと、ガルドに道案内をお願いしたいと思っていたんです」
「そうなのか」
「はい。でも、考え直しました」
「……なぜ?」
オルフィナは少し考えてから、口を開いた。
「ガルドと一緒にいると、わたくしはどうしても、あなたに甘えてしまいます」
「…………」
「あなたとの旅は、わたくしにとって、あまりにも楽すぎるのです。それに――」
オルフィナが少し笑った。
「あまりにも、楽しすぎます」
オルフィナは小さく首を振る。
「これでは修行になりません。だから、ここから先は一人で進もうと決めました」
「別に、楽しんだり楽をしたりしながら修行してもいいだろう?」
「ガルド」
「なんだ?」
「あなたには一度、信仰というものについて、きちんと説法する必要がありそうですね」
「そうか」
「はい」
オルフィナはおかしそうに笑った。
「でも、大丈夫です。少しは旅のコツをつかんだ気がします。ここから先は、一人でやってみます」
「そうか」
「はい」
そして、少しだけ間を置いた。
「でも――」
「ん?」
「巡礼の修行を終えて、一人前の神官として認められたら……」
オルフィナが俺を見る。
「そのときは、ガルド。また、あなたと旅ができたらいいなって思います」
「…………」
「ああ」
俺はうなずいた。
「そう言ってもらえると、俺も嬉しいよ」
オルフィナは、にこりと笑った。
◇
翌朝。
セリアの町の入口。
「では、行ってまいります」
旅支度を整えたオルフィナが、俺の前に立っている。
「ガルド。今日まで、本当にありがとうございました」
「ああ」
「ガルドに会えて、よかったです」
「俺もだ」
少しだけ沈黙が流れた。
「困ったことがあったら、また俺を頼ってくれ」
「ありがとうございます。でも、安心してください」
オルフィナが胸を張る。
「今までのわたくしとは、一味違いますからね」
「そうか」
「はい!」
いつもの笑顔だった。
「では、さようなら。ガルド」
「ああ。さようなら、オルフィナ」
オルフィナが手を振る。
俺も手を振り返した。
そして彼女は、街道を歩き始めた。
「…………」
その背中が、少しずつ遠ざかっていく。
寂しくなるな。
ほんの少しだけ、胸の奥が締め付けられた。
「…………」
俺は、その背中をしばらく見送った。
「オルフィナ!」
俺は思わず声を上げた。
オルフィナが立ち止まり、振り返る。
「なんですか?」
その頬が、ほんの少し濡れていた。
「方向が逆だ」
「あ」




