04 無能戦士、ポンコツ神官と旅に出る
俺は薬草採取を中断し、彼女を村の冒険者ギルドまで送ってやることにした。
道すがら、彼女は丁寧に礼を述べたあと、改めて名乗った。
「わたくしは、オルフィナ・アルノーと申します。十九歳です。王都の聖ルミエル大神殿に仕える神官でございます」
「ガルドだ。十八歳だ」
「ガルドさんですね。よろしくお願いいたします」
「ああ」
そして、一瞬の沈黙。
「…………え?」
オルフィナが足を止めた。
「どうした?」
「十八歳?」
「ああ」
「ええっ、年下!?」
「ああ」
「えっ、では、わたくしの方がお姉さん?」
「そうなるな」
「あらあら。まあまあまあ。」
なぜかオルフィナは嬉しそうに居住まいを正した。
そして、少しだけ胸を張る。
「では――ガルド。よろしくお願いいたします」
「ああ」
なぜか言い直された。
何が変わったのだろう。
オルフィナは満足そうに、にこりと微笑んだ。
「わたくしは一人前の神官として認められるため、先日、各地の神殿を巡る『巡礼の旅』に出たところなのです」
「そうなのか」
身なりからして、どこか大きな神殿の神官だとは思っていた。
しかし、聖ルミエル大神殿とは。
王都にそびえる、王国で最も権威のある神殿だ。
そこに所属しているとなれば、オルフィナはかなりのエリートなのだろう。
「しかし――」
オルフィナが神妙な顔をする。
「さすがは、聖ルミエル大神殿の修行です」
「ん?」
「たやすく目的の神殿にはたどり着かせてもらえないようです」
オルフィナは大きなため息をついた。
「巡礼とは、まことに厳しい修行なのですね……」
「……そうなのか」
「はい」
一体どんな秘境にある神殿へ向かわされているのだろう。
そんな話をしているうちに、冒険者ギルドへ到着した。
オルフィナは受付へ向かい、名乗った。
「わたくしは、神殿を巡る巡礼の旅をしております。つきましては、次の目的地であるアルセリア神殿までの道案内をお願いしたいのですが」
「アルセリア神殿、ですか?」
「はい」
受付嬢が怪訝そうな顔をした。
「アルセリア神殿でしたら、ここから街道を北へまっすぐですよ」
「…………」
「途中に分かれ道もありません」
「…………」
「なので、道案内は必要ないと思いますけど……」
「いえ」
オルフィナが真剣な表情で首を振った。
「不慣れな土地です。ぜひとも道案内をお願いしたく存じます」
「はあ……」
受付嬢が困った顔をする。
そして――。
なぜか俺と目が合った。
「…………」
嫌な予感がする。
「そうだ。ガルドさん」
「なんだ?」
「ガルドさんにお願いするのはどうでしょう?」
「俺?」
思わぬところから球が飛んできた。
「アルセリア神殿まで案内してあげてくださいよ。ガルドさんなら、護衛にもなりますし」
「お願いできますでしょうか、ガルドさん」
オルフィナも俺を見上げる。
まあ、街道をまっすぐ歩くだけだ。
それで報酬までもらえるというのなら、ありがたい話ではある。
「いいだろう」
「ありがとうございます!」
オルフィナの顔がぱっと明るくなった。
こうして俺は――。
神官オルフィナを、街道をただひたすらまっすぐ歩いた先にあるアルセリア神殿まで送り届けるという仕事を引き受けることになった。
◇
俺たちは、その日のうちにエルム村を旅立った。
北へ向かう街道を歩く。
春の日差しが心地よい。
街道の両脇には草原が広がり、その向こうには緩やかな山々が連なっている。
俺が先頭を歩き、オルフィナがその後ろをついてくる。
「しかしだな」
「はい?」
「街道をまっすぐと言っても、アルセリア神殿までは徒歩で丸三日かかるんだろう?」
「ええ」
「馬か馬車では駄目なのか?」
「それでは修行にならないではありませんか」
「俺なら迷わず馬に乗るがな」
「まあ」
オルフィナが呆れたような顔をした。
「ガルド。あなたには一度、信仰というものについて、きちんと説法する必要がありそうですね」
そんな会話を交わしながら、街道を歩く。
まあ、こうやってのんびり風景を楽しみながら歩くのも悪くない。
「なあ、オルフィナ」
「…………」
「オルフィナ?」
返事がない。
振り返った。
「…………」
いない。
「オルフィナ?」
慌てて辺りを見回す。
すると街道から少し離れたところにある泥地から、見覚えのある頭だけが生えていた。
「…………」
「…………」
オルフィナだった。
両足を泥に取られ、身動きができなくなっている。
泣きそうな顔でこちらを見ていた。
急いでかけつける。
「何をしているんだ?」
「その……」
オルフィナが申し訳なさそうに目を逸らす。
「珍しい蝶がいたものですから。少しだけ追いかけていたら、ぬかるみにはまり込んでしまいまして……」
「…………」
俺は黙って手を差し出した。
オルフィナが俺の手をつかむ。
「よっ」
「きゃっ!」
引っ張り上げる。
小柄なオルフィナの身体は、思った以上に簡単に泥から抜けた。
「ありがとうございます……」
オルフィナは地面に腰を下ろし、旅用のブーツについた泥を拭い始めた。
「ガルド。助かりました。やはり、あなたに案内を頼んで正解でした」
「奇遇だな。俺も今、まさにそう思っていたところだ」
気を取り直して、再び街道を歩く。
しばらく進むと、道の横を小川が流れる場所に差しかかった。
水面が春の日差しを反射して、きらきらと輝いている。
「綺麗ですねえ」
「ああ」
しばらく歩く。
「ガルド~」
遠くから声が聞こえる。
振り返る。
オルフィナが小川の中にいた。
腰まで水に浸かっている。
あわててかけつける。
「なにをしている?」
「珍しい魚が跳ねていたものですから……」
俺は空を見上げた。
そして小川へ入る。
「ほら」
「すみません……」
オルフィナを引っ張り上げる。
岸へ上がったオルフィナは、ブーツを脱いだ。
じゃああああ。
大量の水が流れ出る。
「ガルド」
「なんだ?」
「何度も申し訳ありません」
「……あんたが今朝、森をさまよっていた理由が分かった気がするよ」
◇
オルフィナを街道にひっぱりあげると、
「着替えてまいります」
オルフィナが荷物から替えの服を取り出した。
「あっ」
「なんだ?」
オルフィナが俺を指さす。
「覗いてはいけませんよ?」
そう言い残して、オルフィナは木々の向こうへ消えていった。
「…………」
なんだろう。
すごく不安になってきた。
◇
「お待たせいたしました。では、参りましょうか」
着替えを終えたオルフィナが戻ってきた。
「ああ」
俺はその手をつかんだ。
「きゃっ」
「行くぞ」
「ちょ、ちょっと、ガルド?」
「またどこかへ行かれては困るからな。俺の手を離すんじゃないぞ」
「えっ」
オルフィナが目をぱちぱちさせる。
「殿方に手を握られるなんて、まだ心の準備が……」
「…………」
「あっ。でもガルドは年下ですものね」
「…………」
「それなら、まあ……」
何やら一人でぶつぶつ言っている。
俺も歩き出してから、少し後悔した。
オルフィナの手は小さく、柔らかい。
意識すると、かなり気まずい。
しかし離すわけにもいかない。
離したら、またどこかへ行く。
こうして俺たちは手をつないで街道を進んだ。
二メートル近い、顔に傷のある大男。
その男に手を引かれて歩く、可憐な神官の少女。
「…………」
これは。
まずいのではないだろうか。
すれ違う旅人が、ことごとく俺たちを凝視していく。
中には、俺を睨みながら腰の剣に手をかける旅人までいた。
絶対に人さらいだと思われている。
「こんにちは」
オルフィナがそんな旅人たちへ、にこやかに微笑みかける。
「あ……どうも」
旅人は剣から手を離した。
どうやら誤解は解けたらしい。




