03 無能戦士、迷子の神官と出会う
それからしばらく、俺はエルム村に滞在している。
この村は、いい。
魔法薬作りが盛んで、周囲には豊かな自然が広がっている。
薬草や木の実、キノコに虫――魔法薬の材料には事欠かない。
そのため、冒険者ギルドに持ち込まれる依頼も、素材採取の仕事が多かった。
俺にはありがたい話だ。
大芋虫に懲りた俺は、主に薬草や木の実の採取を請け負うことにした。
たまに虫を集める依頼も受ける。
そのときはアカネに手伝ってもらう。
もちろん、報酬は半分ずつだ。
それと、彼女の絵を一枚。
アカネは金を受け取るときと同じくらい、絵を喜んでくれる。
最初は怪訝そうな顔をしていたギルドの受付嬢も、今では俺が採取系の依頼ばかり受けることに慣れたようだ。
「ガルドさん。今日は薬草採取の依頼が三件ありますよ」
最近では、向こうから勧めてくれる。
ありがたい。
ギルドに集う冒険者たちの反応も変わった。
最初の頃は、俺が扉を開けただけで静まり返っていたものだが、今では避けられることもない。
「よう、ガルド。今日も薬草か?」
「ああ」
「精が出るな」
「ああ」
こんなふうに、声をかけてもらえることすらある。
俺が別に乱暴者ではないと、ようやく分かってもらえたらしい。
嬉しい。
エルム村での生活は、思っていた以上に居心地がよかった。
◇
もう一つ、俺がこの村を気に入った理由がある。
故郷の村に、なんとなく雰囲気が似ているのだ。
俺とアイリスが生まれ育った村――ローネ村。
ふと、別れ際のアイリスを思い出した。
俺と目も合わせず、ぷいっとそっぽを向いていた。
今でこそ《剣聖》と呼ばれている彼女だが、小さい頃は、おとなしくて臆病な女の子だった。
俺も同じだった。
昔から身体だけは人一倍大きかったが、性格はおとなしく、人付き合いも苦手だった。
そんな俺たちは気が合って、いつも二人で遊んでいた。
あれは、俺たちが六歳くらいの頃だっただろうか。
村に野犬が出た。
広場で遊んでいた俺たちの前へ、大人たちに追われた野犬が飛び出してきたのだ。
野犬は俺たちを見ると、突然こちらへ向かって走ってきた。
いや。
アイリスへ向かって。
「…………!」
アイリスは悲鳴を上げることすらできず、その場に立ち尽くしていた。
危ない。
そう思った。
気づいたときには、俺はアイリスの前に立っていた。
「ガルド!」
野犬が飛びかかってくる。
怖かった。
逃げたかった。
でも、逃げたら後ろにいるアイリスが襲われる。
だから、動けなかった。
次の瞬間――。
野犬の鋭い爪が、俺の頬を切り裂いた。
「うわっ!」
鮮血が飛んだ。
俺は地面に倒れ、その上に野犬が覆いかぶさる。
牙が目の前に迫った。
そのときだった。
「こらぁっ!」
追いついた村の大人たちが棒を振り回し、野犬を追い払ってくれた。
俺は助かった。
頬には深い傷が残った。
あと少し爪の位置がずれていれば、片目を失っていたかもしれない。
運が良かった。
「ガルド! ガルド!」
アイリスは泣きながら俺にしがみついてきた。
「死なないで! ガルド、死なないで!」
「……死なないよ」
頬はものすごく痛かったけれど。
それからだった。
アイリスが村の道場へ通い始めたのは。
「私、強くなる」
ある日、アイリスは俺にそう言った。
「ガルドみたいに、勇敢になるの」
俺も彼女に引っ張られるように道場へ通うことになった。
そして、ほどなくして分かった。
俺には――。
驚くほど、剣術の才能がなかった。
一方、アイリスは違った。
おとなしくて臆病だった少女が、剣を握った途端、めきめきと頭角を現していった。
彼女は天才だった。
十五歳で成人を迎える頃には、村の道場で彼女にかなう者はいなくなっていた。
そして十五歳になった俺たちは、子供の頃に交わした約束を果たすことにした。
『大人になったら、一緒に冒険の旅に出よう』
アイリスに引っ張られるようにして、俺は冒険者ギルドへ登録した。
それから三年。
アイリスは瞬く間に名を上げ、いつしか《剣聖》と呼ばれるようになった。
俺は――。
いくつものパーティをクビになった。
そのたびにアイリスが新しいパーティを紹介してくれた。
だが、どこへ行っても長続きしなかった。
そして半年前。
とうとうアイリスは、自分が所属するS級パーティ《疾風の刃》に俺を誘った。
きっと彼女は、六歳のあの日の俺を忘れられなかったのだと思う。
野犬を前にして、自分を守った俺を。
だから何度クビになっても、次のパーティを探してくれた。
そして最後には、自分の仲間たちにまで頼んでくれた。
だけど――。
今回も駄目だった。
半年間。
アイリスも、アルフレットも、モルゾフも、俺をどうにか活かそうとしてくれた。
それでも駄目だった。
「…………」
俺は頬に残った古い傷を指でなぞった。
アイリスには、ずいぶん世話になった。
次に会ったときは、ちゃんと礼を言おう。
◇
ある日の深夜。
俺が宿屋の部屋で眠っていると――。
ドンドンドン!
一階から響いてきた扉を叩く音で、目を覚ました。
「……なんだ?」
こんな夜更けに何事だろう。
緊急事態かもしれない。
俺はベッドから起き上がり、大剣を手にして一階へ降りた。
宿の主人が、ちょうど扉を開けたところだった。
「す、すみません……」
そこに立っていたのは、一人の少女だった。
年の頃は十七、八。
俺と同じくらいだろう。
白を基調とした神官服に、胸元には聖印。
手には立派な杖を持っている。
身なりだけ見れば、どこかの神殿に仕える立派な神官に見える。
ただし――。
全身、泥だらけだった。
神官服の裾には泥がべったりとつき、髪には草や木の葉が絡みついている。
「どうしたんだい、こんな夜中に?」
宿の主人が尋ねる。
「その……道に迷ってしまいまして……」
少女が申し訳なさそうに頭を下げた。
「道に?」
「はい……」
「どこから来たんだ?」
「ええっと……」
少女が振り返った。
そして、自分が歩いてきたであろう真っ暗な道を見つめる。
「…………分かりません」
「…………」
宿の主人が黙った。
俺も黙った。
物音で起きてきた他の宿泊客たちも黙った。
いったい、どこをさまよっていたんだ?
この娘は。
結局、宿の主人が空いていた部屋を用意してやることになった。
少女は俺たち野次馬に見守られながら、申し訳なさそうに二階へ上がっていった。
◇
翌朝。
朝食を取ろうと一階へ降りると、ちょうど昨晩の神官娘が宿の主人と話していた。
昨日とは違い、泥も落として身なりを整えている。
こうして見ると、なかなか立派な神官に見える。
どうやら、これから宿を発つところらしい。
「冒険者ギルドへ行きたいんだったね」
「はい」
「宿を出たら、この前の道を北へまっすぐ。防具屋が見えたら、そこを右に曲がるんだ」
「北へまっすぐ行って、防具屋を右ですね」
「そうそう」
「分かりました。ありがとうございます!」
神官娘は深々と頭を下げ、元気よく宿を出ていった。
◇
朝食を済ませた俺は、薬草採取の依頼をこなすため、村近くの森へ向かった。
天気もいい。
今日も平和だ。
「これで十七本……っと」
しゃがみ込み、薬草を摘み取る。
そのときだった。
ガサガサ。
「ん?」
奥の茂みが揺れた。
ガサガサ、ガサガサ。
鹿か?
ウサギか?
それともイノシシか?
俺は念のため身構えた。
やがて――。
ひょこっ。
茂みの中から、人間の顔が現れた。
「…………」
「…………」
今朝の神官娘だった。
せっかく綺麗にした神官服は再び泥だらけ。
頭には草と木の葉が乗っている。
俺と目が合った。
「ひぃっ!」
少女が短い悲鳴を上げた。
いや。
驚くのはこっちだ。
少女はしばらく俺を遠巻きに見つめていた。
俺の顔と大剣を交互に見る。
明らかに警戒されている。
やがて意を決したように、おそるおそる口を開いた。
「あ、あのぉ……」
「なんだ?」
「冒険者ギルドって……こっちであってますか?」




