後日談1 港町でのマウント合戦
港町イベルザに立ち寄って、もうすぐ一か月になる。
最初の頃は大変だった。
「海よ! 海!」
「お魚がおいしいです!」
「ガルド! 海辺の依頼に行きましょう!」
リゼット、オルフィナ、アイリスの三人は、初めて見る海に大はしゃぎだった。
新鮮な魚介料理を食べ歩き、船に乗り、海辺ならではの依頼にも出かけた。
だが――。
一か月も経てば、さすがに慣れる。
「ガルドー。まだ絵、完成しないの?」
最近では、こんな感じである。
「ああ。もう少しだ」
俺は三人をよそに、今日も港に画架を立て、帆布へ筆を走らせていた。
青い海。
白い帆を張って行き交う船。
荷を運ぶ港の男たち。
魚を並べる露店。
その間を飛び回る海鳥。
「…………」
いい。
かなりいい。
もう少しで完成だ。
「綺麗ねえ……」
いつの間にか、リゼットが横から覗き込んでいた。
「本当に。もうすぐ完成ですか?」
反対側からオルフィナも覗き込む。
「ああ。今日中には仕上がると思う」
「ガルド」
「ん?」
アイリスが俺の肩をぽんと叩いた。
「そろそろお昼にしましょう?」
「もうそんな時間か」
空を見上げる。
太陽は、すっかり高く昇っていた。
「そうだな。飯にするか」
◇
俺たちは港近くのレストランへ入った。
案内されたのは、海に面したテラス席。
秋の柔らかな風が、潮の香りを運んでくる。
今日の昼食は、朝に水揚げされたばかりの魚を使った料理だ。
「おいしいです」
オルフィナが幸せそうに頬を緩める。
「…………」
なんだ。
飽きたと言いつつ、まだ十分楽しんでいるではないか。
「ところで、ガルド」
魚をつついていたリゼットが顔を上げた。
「あの絵、完成したらどうするの?」
「どうするとは?」
「あんな大きな絵、旅には持っていけないでしょう?」
「ああ。そのことか」
俺はパンをちぎりながら答える。
「ギルドに飾ってもらおうと思っている」
「ああ、なるほど」
リゼットが頷いた。
「それがいいわね」
「でも――」
アイリスが少し残念そうに言った。
「せっかく描いたのに、持ち歩けないのはもったいないわね」
「仕方ない。あれを背負って旅するわけにもいかないからな」
「そうですね……」
オルフィナも頷く。
「わたくしも、《春日のセリア》を持ってきたかったです」
「あれも大きいからな」
「ええ」
「じゃあ、これからも?」
リゼットが尋ねる。
「ん?」
「旅先で大きな絵を描くたびに、その町に置いていくつもり?」
「まあ、そうなるな」
「…………」
リゼットが少し考える。
「それじゃあ、そのうち世界中にガルドの絵が残りそうね」
「ははっ」
俺は笑った。
「そんな大げさな」
たかが俺の絵だ。
欲しいと言ってくれる人がいれば、それで十分である。
「私は――」
アイリスが言った。
「これがあるから十分かな」
「ん?」
アイリスが胸元へ手を入れる。
取り出したのは、小さな油紙の包みだった。
丁寧に包みを開く。
中から出てきたのは――。
「…………」
見覚えのある絵だった。
「あっ」
思わず声が出る。
若いアイリスの肖像画だ。
「うわ……綺麗」
リゼットが身を乗り出す。
「すごいです。まるで生きているみたい」
オルフィナも目を輝かせた。
「これはね」
アイリスが嬉しそうに笑う。
「私が十五歳になったばかりの頃、ガルドが描いてくれたの」
「ああ。懐かしいな」
「私、ずっと肌身離さず持ってるわ」
「…………」
そこまで大事にしてくれていたのか。
なんだか嬉しい。
「ほかにも、ガルドには何枚も描いてもらったわ」
「何枚も?」
「ええ。故郷の家には、あと三十枚くらい置いてある」
「三十枚!?」
リゼットが目を剥いた。
「そんなにあるんですか!?」
「子供の頃からだからね」
アイリスが得意げに笑う。
「…………」
確かに、たくさん描いた。
剣の稽古をするアイリス。
木陰で休んでいるアイリス。
祭りの日のアイリス。
俺にとっては、どれも描きたくなったから描いただけなのだが。
「あ、でしたら――」
今度はオルフィナが自分の懐へ手を入れた。
「わたくしは、これです」
「ん?」
取り出したのは、一枚の絵。
「ああ」
《祈りの少女》
朝の柔らかな光の中、静かに祈りを捧げるオルフィナを描いた一枚だ。
「まあ……」
アイリスが目を見開く。
「綺麗……」
「これは傑作ね」
「ありがとうございます」
オルフィナが嬉しそうに微笑む。
「これを描いていただいたとき、わたくし、本当に嬉しかったんです」
「分かるわ」
「分かるー」
「…………」
なんだろう。
いつの間にか、俺の絵の褒め合いが始まったぞ。
まあ。
褒められて嫌な気はしないが。
「…………」
すると――。
アイリスとオルフィナの視線が、同時にリゼットへ向いた。
「…………」
リゼットがにやりと笑った。
「ふふん!」
胸を張る。
「私のは、これよ!」
懐から一枚の絵を取り出し、テーブルの上へ広げた。
「…………」
アイリスとオルフィナが覗き込む。
「うわあ……」
「綺麗……」
そこに描かれているのは、森の奥にある滝と池。
木々の隙間から差し込む光。
水面に反射する光。
そして――。
水辺に佇む、一人の少女。
「これも傑作ね」
「でしょう?」
リゼットが満足そうに胸を張る。
「ちなみに」
リゼットが絵の一角を指差した。
「この裸で水浴びしているの、私よ」
「…………」
「…………」
「ガルド?」
「ガルド?」
「待て」




