こぼれ話1 女子会
王立セレスティア魔術学院の敷地内にある、リゼットの家。
そのリビング。
テーブルの上には、クッキー、焼き菓子、ドライフルーツなど、さまざまなお菓子が溢れんばかりに並べられている。
隣のカウンターには、ワイン、エール、火酒、オレンジジュース、紅茶。
ありとあらゆる飲み物が、所狭しと並んでいた。
そして、その山を前に――。
リラックスした室内着に身を包んだ三人の少女が、なぜか真剣な顔でテーブルを囲んでいる。
オルフィナの手にはワイン。
アイリスの手にはエール。
そして、リゼットの手にはオレンジジュースがなみなみと注がれていた。
「それでは――」
リゼットがグラスを置く。
「緊急会議を始めます」
「はい」
「ええ」
二人が神妙に頷く。
「議題は――」
リゼットが一拍置いた。
「ガルドが旅に出ると言い出した件について」
三人の間に、重苦しい沈黙が落ちた。
◇
「ガルド、どうやら本気のようですね」
オルフィナがワイングラスを傾ける。
「ええ。絵を描きながら世界を旅する。昔からの夢よ」
アイリスが答える。
「でも、きっと私たちに気を使ってのことでしょうね」
リゼットがため息をついた。
「ええ。分かりやすすぎるのよ、あの男」
アイリスはエールをぐびっと飲む。
「ところで、リゼット」
オルフィナが尋ねた。
「教授就任のお話、どうするか決めましたか?」
「そうよ。王立セレスティア魔術学院の教授なんて、すごい話じゃない。受ければいいと思うわよ」
アイリスも続く。
「もちろん、受けたい気持ちはあるわよ。すごく名誉な話だと思ってる。でもね……」
「でも?」
「……私、ガルドといたい」
「…………」
「…………」
「ずいぶんストレートですね」
「うるさいわね」
リゼットがオレンジジュースをぐびっと飲む。
「そういうオルフィナはどうなのよ。聖女の話」
「そうね」
アイリスが頷く。
「オルフィナなんて、いかにも聖女って感じじゃない。天職だと思うわよ?」
「……正直、嬉しいです」
オルフィナが微笑んだ。
「聖女候補に推薦していただけるなんて、神官としてこれ以上ない名誉ですもの」
「じゃあ、受けたいの?」
「はい。王都へ戻って修練を受けてみたい気持ちはあります」
「いいじゃない」
「聖女になれば、今よりもっと多くの人を助けられるでしょうし」
そこで、オルフィナの声が少しだけ小さくなった。
「でも――」
「でも?」
「……ガルドと離れたくありません」
「…………」
「…………」
「結局そこなのね」
「はい」
オルフィナはあっさり頷いた。
「わたくしも、ガルドといたいです」
「…………」
リゼットがじろりとオルフィナを見る。
「対抗してくるわね」
「対抗ではありません」
「…………」
「…………」
今度は二人の視線が、アイリスへ向いた。
「なによ?」
「アイリス」
オルフィナがじっと見つめる。
「先ほどから、わたくしたちを煽ってばかりですけど。あなたこそ、どうなんです?」
「そうよ」
リゼットも身を乗り出した。
「公爵家の嫡男との縁談なんて最高じゃない。断る理由なんてどこにあるのよ」
「そうね」
アイリスはあっさり頷いた。
「公爵家の跡取りで、騎士隊長。文武両道で温厚篤実。そして、たぶんイケメン」
「そうよ!」
「身に余るほど光栄な話だと思うわ」
「じゃあ――」
「でも、ガルドのほうがいい」
「…………」
「…………」
「…………」
オルフィナがワインを一口飲んだ。
「……埒が明かないようですね」
◇
「そんなことより」
リゼットが身を乗り出す。
「一番重要なのは、ガルドが私たちのことをどう思ってるか、じゃない?」
「それです!」
「間違いないわ」
「…………」
オルフィナがワイングラスを見つめる。
「わたくし、自信がありません」
「なんで?」
「わたくし、結構分かりやすくアプローチしてるつもりなんですよ?」
「ええ」
「でも、ガルド。いつも無反応なんです」
「あー」
「あー」
「もしかして、わたくしに魅力がないのかな、と……」
「それはないわ」
アイリスが即答した。
「あなた、私でもたまに見惚れるくらい綺麗よ」
「では、なぜ……」
「…………」
リゼットが何かに気づいたように顔を上げた。
「まさかガルド……女に興味がないとか?」
「あー」
「あー」
「…………」
三人が黙り込む。
「いや、待って」
リゼットが首を振った。
「そもそもガルドって、どんな女がタイプなの?」
「さあ?」
「アイリス。あなた幼馴染なんだから、その辺知らないの?」
「知らないわよ」
「年上が好きとか、年下が好きとか、同い年が好きとか?」
オルフィナが尋ねる。
「それ重要よ!」
「そうねえ……」
アイリスが腕を組む。
「ガルドの好みなんて考えたこともないけど……強いて言えば、同い年じゃない?」
「…………」
オルフィナがじっとアイリスを見る。
「いささか、その意見には願望が含まれている気がしますので、却下です」
リゼットが深いため息をついた。
「駄目ね。憶測だけで話してても、話が広がるばかりで収拾がつかないわ」
◇
「もう、直接ガルドに聞くしかないんじゃない?」
リゼットが言った。
「私たちのこと、どう思ってるのか」
「…………」
「それで、受け入れてくれそうならついていく。駄目なら――それぞれ自分の道へ進む」
「そうね」
アイリスが頷く。
「もう時間もないし。それしかないかもね」
「でも……」
オルフィナがワイングラスを両手で包む。
「わたくし、聞くのが怖いです」
「…………」
「…………」
「……そうね」
リゼットが苦笑した。
「私たち、こういうところでは揃って臆病者ね」
「…………」
しばし沈黙。
すると――。
「あっ」
アイリスが顔を上げた。
「じゃあ、それぞれ別の人のことを聞くのはどう?」
「別の人?」
「ええ。私がオルフィナのことを聞く。オルフィナがリゼットのことを聞く。そしてリゼットが、私のことを聞くの」
「なるほど!」
オルフィナが身を乗り出した。
「それなら聞けます!」
「…………」
リゼットが二人を見る。
「でも、それ……」
「なに?」
「私、自分に有利なように嘘つくかもしれないわよ?」
「…………」
「…………」
「いいわよ」
アイリスが答えた。
「え?」
「嘘ついてもいい」
「いいの?」
「ええ」
アイリスが微笑んだ。
「リゼットが自分の幸せのために嘘をつくなら、それでいいわ」
「…………」
「だって私、リゼットにも幸せになってほしいもの」
「アイリス……」
「もちろん、オルフィナにもね」
「まあ」
そして――。
「ガルドは大切よ。でも、リゼットもオルフィナも、同じくらい大切だから」
「…………」
「…………」
ぐすっ、ぐすっぅ。
「ちょっと、泣かないでよ!」
「だってぇ……」
「まあまあ、よしよし」
オルフィナがリゼットの頭を撫でる。
「じゃあ、まず今夜、私が行ってくるわ」
アイリスがエールを飲み干す。
「ガルドがオルフィナをどう思ってるのか、聞いてくる」
◇
それから三日目の夜。
ガルドの宿から戻り、リゼットが自宅の扉を開けようとした、その瞬間。
バンッ!
内側から勢いよく扉が開いた。
「どうだった!?」
「近い近い」
目の前には、顔を引きつらせたアイリス。
「まあまあ、そう慌てなさんな」
リゼットはアイリスを押しのけ、悠々とリビングへ向かった。
リビングでは、今夜も当然のように女子会の準備が整っていた。
テーブルには大量のお菓子。カウンターには酒と飲み物。
三夜連続である。
オルフィナも待ち構えている。
「それで?」
「どうだったんです?」
「まあ、座りなさい」
「早く!」
「はいはい」
リゼットは椅子へ腰を下ろした。
「アイリスがガルドのことを好きで、結婚したいって言ったらどうする、って聞いたわ」
「それで!?」
「大歓迎だって」
「…………」
「結婚するって」
「…………」
「『アイリスは俺の初恋の相手だからな』だって」
「…………」
「アイリス」
オルフィナが顔を覗き込む。
「顔面が崩壊してますよ?」
リゼットが大きく息を吐いた。
「でも、これで三人とも答えが出たわね」
「そうですね」
「まさかガルドが、三人とも大歓迎とはね」
「あの男、案外節操ないわね」
「まさかの三人とも好き、ですものね」
「…………」
「まあ、私たちが言うのもなんだけど」
「それより――」
アイリスが苦笑する。
「あの男の自己評価の低さには、改めて驚いたわ」
「それは本当にそう」
「正直、どん引きしました」
「…………」
三人が顔を見合わせる。
そして、笑った。
「結局、振り出しに戻ったわね」
リゼットが言う。
「ええ」
アイリスは嬉しそうにエールを口へ運んだ。
「でも、私は今はこれで十分」
「…………」
「十分、幸せよ」
「そうね」
「はい」
穏やかな空気が、リビングを包む。
――はずだった。
「待ってください」
オルフィナがグラスを置いた。
「なによ?」
「まだ何かあるの?」
「最後に一つだけ、はっきりさせておきたいことがあります」
オルフィナは二人を見回した。
一拍。
「――誰が正室になるか、です」
「…………」
「…………」
「…………」
リゼット家のリビングに、今夜最大の緊張が走った。




