最終話 約束の続き
彼女たちは、おそらく俺のことを気遣っている。
俺が一人取り残されることを心配している。
だから、自分たちの道へ進むことを躊躇しているのだろう。
「…………」
ならば――。
俺自身が先に進めばいい。
俺にも、昔からやりたかったことがある。
絵を描きながら、世界中を旅することだ。
この世界には、俺の知らない景色が無限にあるに違いない。
それを、この目で見たい。
そして、絵に残したい。
「…………」
そうだ。
今こそ、その夢を追いかけるときなのかもしれない。
◇
翌日。
ギルドの食堂。
俺はリゼット、オルフィナ、アイリスの三人を前に、自分の決意を伝えた。
「俺は、旅に出ようと思う」
「…………」
「絵を描きながら、世界を回りたいんだ」
三人が顔を見合わせる。
やがて、アイリスが口を開いた。
「ガルド。それが、あなたのやりたいことなの?」
「ああ。そうだ」
「……そう」
オルフィナが微笑む。
「素敵な夢だと思います」
「私も賛成よ」
リゼットも頷いた。
「出発はいつ? 見送りくらいするわよ」
「…………」
なんだ。
もっと文句を言われるかと思っていたのだが。
えらくあっさり認められて、少し拍子抜けした。
まあ、いい。
これで彼女たちも、心置きなく自分の道へ進めるだろう。
◇
その夜。
俺の宿を訪ねてきた者がいた。
「アイリス?」
「少し、いいかしら?」
「ああ」
珍しい。
アイリスが一人で訪ねてくるなんて初めてだ。
しかも、こんな夜に。
「入れ」
部屋へ通す。
てっきり、あの縁談について話があるのだと思ったのだが――。
「オルフィナのことなんだけど」
「オルフィナ?」
「ええ」
「自分のことではないのか?」
「私のことじゃないわ。オルフィナのことよ」
「そうか」
なんだろう。
「もしもの話なんだけど」
「ああ」
アイリスが俺を見る。
「もし、オルフィナがガルドのことを好きだから、聖女にならずにずっと一緒にいたいって言ったら、どうする?」
「もちろん、大歓迎だ」
「…………」
「ん?」
「もちろん、大歓迎なんだ」
「ああ。あれほど気品があって、心優しい女性はいないからな。一緒にいると、不思議と落ち着く」
「…………」
「まあ、そんなこと、あり得ないがな」
「なぜ?」
「なぜって――」
俺はため息をつく。
「俺を好きになる女なんか、いるわけないだろう?」
「そんなの分からないじゃない」
「いや、待て」
「なに?」
「この話題はやめよう」
「どうして?」
「話していて泣きたくなってくる」
「…………」
「…………」
「分かったわ」
「ああ」
そう言って、アイリスは帰っていった。
「…………」
結局、自分のことは何も話さなかったな。
俺は、そっちの方が気になるのだが。
◇
翌日の夜。
コンコン。
「…………」
扉を開ける。
「こんばんは、ガルド」
「オルフィナ?」
「少しよろしいでしょうか?」
「ああ」
珍しい。
オルフィナが一人で訪ねてくるなんて初めてだ。
しかも夜に。
昨日のアイリスといい、どうしたのだろう。
今度こそ、聖女候補の話だろうか。
部屋へ通す。
「リゼットのことなんですけど」
「…………」
「はい?」
「リゼットのことです」
「自分のことではないのか?」
「わたくしのことではありません」
「…………」
なんだろう。
昨日も似たようなことがあった気がするぞ。
「もしもの話なんですが」
「ああ」
「もし、リゼットがガルドのことを好きだから、教授にならずにずっと一緒にいたいって言ったら、どうします?」
「もちろん、大歓迎だ」
「…………」
「ん?」
「もちろん、大歓迎なんですね」
「ああ」
「…………」
「ああ。頭がよくて、いつもはつらつとしている。一緒にいると、こっちまで元気になるからな」
「…………」
「まあ、そんなこと、あり得ないがな」
「なぜです?」
「なぜって、俺を好きになる女なんかいるわけないだろう?」
「そんなの分からないじゃないですか」
「いや、待て」
「はい?」
「この話題はやめよう」
「どうしてです?」
「話していて泣きたくなってくる」
「…………」
「分かりました」
「ああ」
そう言って、オルフィナは帰っていった。
「…………」
結局、自分のことは何も話さなかったな。
俺は、そっちの方が気になるのだが。
「…………」
いや。
待て。
昨日もアイリスと、ほとんど同じ会話をした気がするぞ。
◇
そして――。
さらに翌日の夜。
コンコン。
「…………」
まさかな。
扉を開ける。
「ガルド。ちょっといい?」
「…………」
リゼットだった。
「おい」
「なによ?」
「いや……入れ」
部屋へ通す。
「…………」
「…………」
俺はリゼットを見る。
リゼットも俺を見る。
「アイリスのことなんだけど」
「やはりそう来たか」
「え?」
「いや。なんでもない」
「そう?」
「ああ。続けてくれ」
「もしもの話なんだけど」
「うむ」
「もし、アイリスがガルドのことを好きだから、あなたと結婚したいって言ったら、どうする?」
「もちろん、大歓迎だ」
「…………」
「ん?」
「もちろん、大歓迎なんだ」
「ああ」
「結婚するの?」
「ああ。結婚する」
「…………」
「アイリスは、俺の初恋の相手だからな」
「…………」
「まあ、そんなこと、あり得ないがな」
「なぜ?」
「なぜって、俺を好きになる女なんかいるわけないだろう?」
「そんなの分からないじゃない」
「いや、待て」
「なによ?」
「この話題はやめよう」
「どうして?」
「話していて泣きたくなってくる」
「…………」
「分かったわ」
「ああ」
そう言って、リゼットも帰っていった。
「…………」
一日目、アイリス。
二日目、オルフィナ。
三日目、リゼット。
「…………」
おかしい。
さすがの俺でも分かる。
こいつら――。
絶対に何か企んでいる。
◇
俺の旅立ちの日。
とうとうこの日まで、彼女たちは自分たちのことを決めなかった。
「…………」
何をそんなに悩むことがあるのだろう。
俺のことなら、もう気にしなくていい。
そう伝えたつもりなのだが。
まあ、いい。
彼女たちなら、きっと自分の道を見つける。
俺はそう信じている。
◇
早朝。
俺は宿を引き払い、セリアの町を出た。
背中には大きな荷物。
大剣。
そして、画架。
季節はすっかり夏になっていたが、朝の風はまだひんやりとしていて気持ちがいい。
「…………」
リゼット、オルフィナ、アイリスには、見送りはいらないと伝えてある。
見送られたら――。
たぶん、泣いてしまう。
悪人面の大男が朝っぱらから号泣している姿など、誰も見たくないだろう。
「…………」
城門をくぐったところで、一度だけ振り返った。
セリアの町。
ここへ来てから、本当にいろいろなことがあった。
オルフィナと二人、この町へたどり着いた。
リゼットと出会った。
アイリスと再会した。
三人と依頼へ行った。
飯を食った。
笑った。
絵を描いた。
「…………」
楽しかった。
本当に、楽しかった。
「…………」
いかん。
泣けてきた。
俺は目元を拭うと、再び前を向いた。
「よし」
行こう。
まだ見たことのない景色を見に。
そして――。
それを、絵に残すために。
一歩、踏み出した。
◇
「ガルド!」
不意に呼び止められた。
聞き覚えのある声だ。
振り返る。
「…………」
そこには――。
オルフィナ。
リゼット。
アイリス。
三人が並んで立っていた。
「お前たち……」
見送りはいらないと言ったはずなのだが。
「…………」
いや。
待て。
三人の格好を見て、違和感に気づく。
旅装束。
しかも、それぞれ背中に荷物を背負っている。
「なんだ、その格好は?」
「なんだ、じゃありません」
オルフィナが少し口を尖らせた。
「わたくし、あなたと旅がしたいって、はっきり申し上げたはずですよ」
「…………」
そういえば。
「ガルド」
今度はリゼットが腕を組む。
「あんたは、私のパーティメンバーなの」
「ああ」
「ずっとね」
「…………」
そして――。
「ガルド」
アイリスが俺を見る。
「ああ」
「私たち、大人になってもずっと一緒にいるって約束したわよね」
「…………」
そうか。
三人とも――。
俺と一緒に来てくれるのか。
「…………」
こんな俺を。
「…………」
頬を、何かが伝った。
「あれ?」
手で拭う。
だが、次から次へと溢れてくる。
「…………」
まったく。
情けない。
「ガルド?」
オルフィナが心配そうに俺を見る。
「泣いてるの?」
リゼットが驚いた顔をする。
「ガルド」
アイリスが微笑んでいる。
「ああ……」
もう、俺が勝手に決めるのはやめよう。
三人が何を望むかは、三人が決めればいい。
そして――。
俺が何を望むかも。
俺自身が決めればいい。
「…………」
俺は三人を見た。
「オルフィナ」
「はい」
「リゼット」
「なによ」
「アイリス」
「ええ」
一度、大きく息を吸う。
そして――。
「俺と一緒に来てくれ」
(完)




