27 それぞれの道
リゼットの教授就任の話から、数日が経った。
まだ、リゼットは返事をしていないらしい。
俺としては、せっかくの大出世なのだから受ければいいと思うのだが。
まあ、本人が決めることだ。
そんなある日のこと。
俺たち四人がギルドで昼食を取っていると――。
「オルフィナ様」
「はい?」
聞き慣れない声がした。
振り返る。
そこに立っていたのは、白を基調とした神官服に身を包んだ男だった。
胸元には、金色に輝く聖ルミエル大神殿の紋章。
「聖ルミエル大神殿より参りました」
「大神殿から……?」
オルフィナが目を丸くする。
男は深々と頭を下げると、一通の書状を差し出した。
「オルフィナ様に、大司祭アルフレット猊下より書状をお預かりしております」
「アルフレット様から?」
「ああ」
俺は思わず声を上げた。
「《疾風の刃》にいた、あのアルフレットか」
「ええ」
アイリスが頷く。
「今は聖ルミエル大神殿の大司祭よ」
「なるほど」
オルフィナが、おそるおそる書状を受け取った。
封を切る。
「…………」
読み始める。
「…………」
そして――。
「えっ?」
オルフィナの手が止まった。
「どうした?」
「…………」
オルフィナが俺たちを見る。
「王都へ戻るように、と……」
「王都へ?」
「はい」
もう一度、書状へ目を落とす。
「わたくしを――聖女候補として正式に推薦したいと」
「…………」
「…………」
「…………」
「すごいじゃないか!」
「えっ?」
俺は思わず立ち上がった。
「やっぱり、お前はすごい神官だったんだな!」
「…………」
オルフィナは書状を手にしたまま、黙っている。
「聖女候補って、相当すごいんだろう?」
「ええ」
アイリスが答えた。
「大神殿でも、特に優れた神官しか推薦されないわ。候補に選ばれた者は王都で修練と審査を受けることになる。その先に、正式な聖女への道があるのよ」
「やっぱり、すごいじゃないか!」
「…………」
しかし。
なぜかオルフィナは、ちっとも嬉しそうではなかった。
「…………」
なんだ?
こんな名誉な話なのに。
俺には、その理由がすぐに分かった。
これだけ長く一緒にいるのだ。
オルフィナの考えていることくらい分かる。
「分かるぞ、オルフィナ」
「え?」
オルフィナが顔を上げる。
「一人で王都へ行って、迷子になるのが心配なんだな?」
「…………」
オルフィナは、ゆっくりとかぶりを振った。
「わたくしも、そこまで馬鹿ではありません」
「そうなのか?」
「同じ道を三度通れば、もう迷いません」
「…………」
「それに、王都はわたくしが生まれ育った場所です。王都で迷うことはありません」
オルフィナが憮然として答える。
「なるほど」
なんだ。
では、まったく問題ないではないか。
「…………」
まあ、それでも不安なのは分かる。
聖女候補ともなれば、今までとはまったく違う生活になるのだろう。
大神殿で修練を受け、審査を受ける。
重い責任だって背負うことになるはずだ。
「心配するな」
「え?」
「心配するな。王都へ行っても、お前なら大丈夫だ」
「ガルド……」
「お前はもうA級冒険者だ。それに、俺たちが何度助けられたか分からないくらい立派な神官だ。自信を持て」
「…………」
「俺は応援してるぞ」
「…………」
なぜだろう。
励ましたつもりなのだが。
オルフィナの表情が、ますます曇ってしまった。
「……少し、考えたいと思います」
「ああ。大事なことだからな。ゆっくり考えればいい」
「……はい」
「…………」
「…………」
なんだ?
ふと横を見る。
リゼットとアイリスが、揃って俺を見ていた。
「…………」
なんだろう。
なぜか二人に睨まれている気がする。
◇
オルフィナに聖女候補の話が舞い込んでから、さらに数日が経った。
まだ、オルフィナも返事をしていないらしい。
リゼットも同じだ。
「…………」
二人とも、ずいぶん慎重だ。
まあ、人生を左右する大事な話なのだから、当然なのかもしれない。
そんなある日のこと。
俺たち四人がいつものようにギルドで昼食を取っていると――。
「失礼いたします」
「ん?」
声をかけてきたのは、見慣れない男だった。
年齢は四十歳くらいだろうか。
仕立てのいい服を着て、背筋をぴんと伸ばしている。
冒険者ではない。
明らかに、どこかの貴族に仕える者だ。
男は俺たちのテーブルの前まで来ると、アイリスへ向かって深々と頭を下げた。
「アイリス・ヴァレンティア様でいらっしゃいますね?」
「ええ。そうだけど」
「突然のお声がけ、失礼いたします」
男は胸元から一通の書状を取り出した。
「わたくし、王都のエルグランデ公爵家に仕える者でございます」
「公爵家?」
俺は思わず聞き返した。
さすがに俺でも、公爵がものすごく偉い貴族だということくらいは知っている。
男はアイリスへ書状を差し出した。
「我が主より、アイリス様へこちらをお預かりしております」
「私に?」
「はい」
アイリスが書状を受け取る。
封を切り、中身へ目を通していく。
「…………」
しばらくして。
アイリスの眉が、わずかに動いた。
「……縁談?」
「はい」
「縁談!?」
思わず大きな声が出た。
リゼットとオルフィナが俺を見る。
「…………」
「…………」
なんだ?
「どんな相手なんだ?」
俺が尋ねると、男が答えた。
「エルグランデ公爵家嫡男、レオナール様でございます」
「嫡男ということは……」
「いずれ公爵家を継がれるお方です」
「おお!」
すごいじゃないか。
アイリスが、公爵夫人になるかもしれないということか。
「レオナール様は現在二十三歳。王国騎士団に所属され、若くして騎士隊長を務めておられます」
「騎士隊長!」
「武勇のみならず学問にも通じ、温厚篤実なお人柄でございます」
「なるほど」
家柄がいい。
若くして騎士隊長。
頭もいい。
しかも人格者。
「申し分ないじゃないか!」
「…………」
なぜかアイリスが俺を見る。
その横で、リゼットとオルフィナも黙って俺を見ている。
「…………」
なんだ。
また、この空気か。
「此度の魔獣王討伐におけるアイリス様のご活躍を耳にされ、レオナール様ご本人が強く関心を持たれました」
「そうなの?」
「はい。ぜひ一度お会いしたい、と」
「…………」
アイリスが手元の書状へ視線を落とす。
「まあ、いきなり結婚するわけではないのだろう?」
「もちろんでございます」
男が俺の問いに答える。
「まずは一度、王都へお越しいただき、レオナール様とお会いいただければと」
「なるほど」
それなら、なおさら問題ない。
「会ってみるくらい、いいんじゃないか?」
「…………」
アイリスは何も答えない。
「相手も立派な人物みたいだしな」
「…………」
それに。
俺は改めてアイリスを見る。
剣聖。
S級冒険者。
魔獣王討伐の英雄。
王国中に名を知られる人物だ。
そんなアイリスなら――。
「お前には、それくらいの男が似合うと思うぞ」
「…………」
アイリスは、じっと俺を見た。
「…………」
なんだ?
俺、何か変なことを言ったか?
やがてアイリスは視線を落とした。
「……少し、考えさせてください」
「承知いたしました」
男は深々と頭を下げた。
「もちろん、すぐにお返事をいただく必要はございません。よいお返事をお待ちしております」
男はもう一度アイリスへ一礼すると、ギルドを後にした。
「…………」
しばし、沈黙が落ちる。
「まあ、大事なことだからな。ゆっくり考えればいい」
「……そうするわ」
アイリスは書状を畳みながら、俺をちらりと見た。
「…………」
寂しい。
だが――。
それでいい。
「…………」
俺もそろそろ――。
これからのことを考える時期なのかもしれない。




