25 もしかして、とんでもないパーティなのでは?
それから数日。
リゼット、オルフィナ、アイリスの三人は、アイリスのセリアでの新生活の準備に忙しかったようだ。
ついでに町を案内したり、名物を食べ歩いたり。
その間――。
俺は、一人放置されていた。
「…………」
まあ、一人は嫌いではないし、まったく構わない。
スケッチブック片手に町を散策したり、部屋で絵を描いたり。
俺なりに有意義な時間を過ごしていた。
そして数日後。
ほとぼりが冷めた頃、リゼットから連絡が入った。
『アイリスのパーティ加入記念に、みんなで依頼に行くわよ。いい感じのを選んでおいてちょうだい』
「なるほど」
俺は早速ギルドへ向かい、依頼書を物色した。
そこで目に留まったのが――。
『月白草の採取』
「ああ、これか」
あの吊り橋の先にある群生地だ。
前回訪れたのは秋だった。
春のこの時期なら、あの山々もまた違った顔を見せてくれるだろう。
それに――。
あの景色を、アイリスにも見せてやりたい。
そう思った。
三人に提案すると、すぐに決まった。
◇
そして当日の朝。
三人が俺の宿まで迎えに来てくれた。
途中で一泊する予定なので、俺の背中には四人分の大荷物がある。
「では、出発するか」
「ええ」
「行きましょう」
「はい」
宿を出る。
すると――。
リゼットが当然のように俺の左手を握った。
オルフィナも当然のように右手を握る。
「…………」
いつもの形だ。
ところが。
「…………」
アイリスが、じっとこちらを見ていた。
「どうした?」
「…………」
俺の右手を見る。
オルフィナ。
左手を見る。
リゼット。
そして――。
「……私の場所は?」
「…………」
「…………」
リゼットとオルフィナが顔を見合わせた。
「そういえば、ないわね」
「ないですね」
「…………」
「…………」
「じゃあ、行きましょうか」
「ちょっと待ちなさい!」
歩き出そうとしたリゼットを、アイリスが止めた。
「不公平はよくないわ」
「まあ、それもそうね」
「では、どうしましょう?」
「…………」
何を言っているんだ?
アイリス。
お前は別に、一人で歩けるだろう?
怪訝な顔をする俺をよそに、三人はああでもない、こうでもないと話し始めた。
「…………」
どうやら簡単には決まりそうにない。
新生四人パーティ。
その船出は、のっけから頓挫した。
「…………」
仕方ない。
俺も考えるか。
そして――。
「あっ」
名案が浮かんだ。
◇
山道。
先頭を歩くのは三人。
真ん中にオルフィナ。
その右手をアイリスが握り、左手をリゼットが握っている。
俺はその後ろを、一人悠々と歩いていた。
「…………」
そう。
そもそも、手をつないでいた理由はオルフィナが迷子にならないためだ。
ならば――。
俺が手をつなぐ必要など、最初からなかったのだ。
「…………」
なんで、もっと早く気づかなかったのだろう。
我ながら、実にエレガントな解決方法である。
これなら誰も不公平ではない。
完璧だ。
「…………」
「…………」
「…………」
ところが。
前を歩く三人から、妙に重たい空気が漂っている。
「ん?」
どうやら三人とも、何か不満があるらしい。
「…………」
なぜだ?
まったく、よく分からん。
◇
それでも、春の森はすがすがしく、歩いていてとても気持ちがいい。
木の葉の隙間から差し込む日差しは柔らかく、きらきらと光っている。
小鳥たちのさえずりが、辺りを賑やかに彩る。
そんな森を歩いているうちに、三人の表情も次第に柔らかくなってきた。
「ねえ、ガルド」
前を歩くアイリスが振り返る。
「ああ?」
「リゼットの家のリビングに飾ってある《吊り橋の三人》、見たわよ」
「ああ」
「とても素敵な場所ね。あそこに連れて行ってくれるんでしょう?」
「ああ、そうだ。あの景色は、ぜひお前にも見てもらいたいと思ってな」
「ありがとう、ガルド」
アイリスが嬉しそうに笑う。
そして、辺りを見回した。
「それにしても……」
「ん?」
「私、こんなに楽しい依頼、いつぶりかしら?」
「…………」
そうか。
アイリスにとって、依頼といえば、命を懸けるような危険なものばかりだったのだろう。
大して儲からなくても、楽しい依頼だってたくさんある。
これから、いくらでも経験すればいい。
急ぐ必要はない。
時間なら、たっぷりあるのだから。
「それに――」
アイリスが続ける。
「リゼットの執務室に飾ってある《焚火の少女》も見たわ」
「ああ」
「素晴らしい絵だった。リゼットがすごく生き生きと描かれていて」
「ああ。ありがとう」
「ふふん」
なぜかリゼットが得意げに胸を張る。
「それから、ギルドに飾ってある《春日のセリア》も見たわよ」
「ああ」
「あれもすごく素敵。オルフィナが楽しそうなのが、絵を見ているだけで伝わってきたわ」
「ありがとう」
「ふふ」
今度はオルフィナが嬉しそうに微笑む。
「…………」
アイリスが二人を見る。
リゼット。
オルフィナ。
そして、俺を見る。
「……私の絵も、また描いてほしいな」
「え?」
「まあ、アイリス」
オルフィナが微笑む。
「大丈夫です。いずれガルドは描いてくれますよ」
「そうよ」
リゼットも余裕たっぷりに頷く。
「あわてない、あわてない」
「…………」
アイリスの眉がぴくりと動いた。
「あなたたち、その余裕の表情、ちょっとむっとするわね」
「ふふん」
「ふふ」
「…………」
なんだ。
また始まったぞ。
「まあまあ。必ず描く。描くから仲良くしろ」
「……分かったわ」
「仕方ないわね」
「はい」
「…………」
まったく。
三人の娘を持つ父親というのは、こんな気分なのだろうか。
俺は小さくため息をついた。
◇
森は次第に深くなっていく。
ガサガサッ!
「ん?」
前方の茂みが大きく揺れた。
次の瞬間――。
「グルルルル……」
のっそりと、巨大な鹿が姿を現した。
赤い目。
口から突き出した鋭い牙。
低い唸り声。
「鹿ハイロードか」
俺はすかさず三人の前へ出る。
同時に、アイリスも剣を抜き、俺の隣に並んだ。
「…………」
周囲からも気配を感じる。
五体――いや、六体か。
囲まれている。
冬眠から目覚めたばかりなのだろうか。
どいつも腹を空かせているようで、殺気立っている。
「…………」
俺は正面の鹿ハイロードと睨み合う。
その間に、背後ではリゼットとオルフィナが陣形を整えていた。
「今夜も鹿鍋ですね」
オルフィナがぽつりと言った。
刹那――。
オルフィナが即座に二人へ加護を飛ばす。
「《素早さ向上》」
「《素早さ向上》」
「《魔力向上》」
その瞬間には――。
もう、アイリスの姿が俺の隣から消えていた。
「え?」
すでに一体目の鹿ハイロードの懐へ潜り込んでいる。
一閃。
首が飛んだ。
さらに二閃。
左右の二体が、仲間の首が落ちたことに気づくより早く、その首を宙へ舞わせた。
「…………」
速い。
いや、速いなんてもんじゃない。
一方、リゼットは――。
「《大火球》!」
三発の《大火球》を、ほとんど間を置かずに撃ち放つ。
ドオオン! ドオオン! ドオオン!
背後にいた三体の鹿ハイロードが、ほぼ同時に火だるまになる。
「…………」
一瞬の出来事だった。
俺は、立っていただけだった。
「さすがね、アイリス」
リゼットが感心したように言う。
「あなたたちもね」
アイリスが剣を鞘へ収める。
三人は互いの健闘を称え合っている。
「…………」
俺だけ、身構えたままだ。
「…………」
もしかして。
これは、とんでもないパーティなのでは?
今更ながら、俺はようやくその事実に気づいた。




