23 無能戦士、幼馴染を引き止める
そんな二人をよそに、アイリスが口を開いた。
「ガルド」
「ああ」
「《疾風の刃》は解散したわ」
「ああ。噂には聞いている」
俺はアイリスを見る。
「魔獣王グランザを討ち取ったことも。やはり、お前はすごいな」
「……ありがとう」
アイリスが少しだけ笑った。
「でも、本当に厳しい戦いだった。正直、もう駄目だと思ったことは何度もあったわ」
「…………」
「今、こうして五体満足でいられることが不思議なくらい」
「そうか……」
改めて、アイリスの姿を見る。
「お前が無事で、本当によかった」
「…………」
アイリスが少し目を見開いた。
そして、ふっと表情を緩める。
「ありがとう、ガルド」
「ああ」
「これからのことは、まだ何も考えてないの」
「そうなのか?」
「ええ。でも――」
アイリスがまっすぐ俺を見つめた。
「真っ先に、ガルド、あなたに会わないといけないと思った」
「俺に?」
「会って、ちゃんと謝らないといけないと思って」
「…………」
「最後の日、私はあなたにひどい態度をとった」
アイリスが俯く。
「私が《疾風の刃》に誘ったのに……本当に、ごめんなさい」
「そんな」
俺は首を振った。
「謝る必要なんてない。ふがいない俺が悪かったんだ。俺こそ、お前の期待に応えられなかった」
「違うの、ガルド」
「ん?」
アイリスが、ゆっくりとかぶりを振った。
「わがままに付き合わせたのは、私の方よ」
「…………」
「あなたがいつか、本当の力に目覚めるって」
アイリスは、ぽつりぽつりと言葉を続ける。
「あなたの実力は、こんなものじゃないって」
「…………」
「昔、私を守ってくれたガルドは、本当はもっと強いんだって」
アイリスが膝の上で手を握る。
「ずっと、そう思ってた」
「…………」
「でも、本当は……途中で気づいていたのかもしれない」
「何をだ?」
「全部、私に都合のいい思い込みだって」
「…………」
「それでも、認めたくなかった」
アイリスが顔を上げた。
「だって――」
まっすぐに、俺を見る。
「私は、あなたと一緒にいたかったから」
「…………」
「あなたを《疾風の刃》に置いておくための、口実が欲しかっただけなの」
「アイリス……」
「ごめんなさい」
アイリスは深々と頭を下げた。
「私のわがままに、ずっと付き合わせてしまって」
「…………」
誰も何も言わない。
先ほどまで遠巻きにこちらを見ていた冒険者たちも、今は静まり返っている。
やがて、アイリスが顔を上げた。
「今回の戦いでね」
「ああ」
「何度も、死ぬかもしれないって思った」
「…………」
「そのたびに思ったの」
アイリスが少しだけ寂しそうに笑う。
「ガルドに謝ることができないまま死ぬのが、何よりも嫌だって」
「…………」
「だから、生きて帰ってこられたら、真っ先にあなたに会いに行こうって決めてた」
「そうだったのか」
「ええ」
そして、アイリスは俺の左右を見る。
リゼット。
オルフィナ。
二人を順番に見て――。
ふっと笑った。
「でも、安心した」
「ん?」
「あなたがここで仲間に恵まれて、楽しそうにしているのを見られて」
「…………」
「本当によかった」
アイリスが静かに立ち上がった。
「アイリス?」
「これで、やっと言いたかったことを言えた」
どこか吹っ切れたような顔をしている。
「じゃあ、私は行くわ」
「…………」
「ガルド」
アイリスが微笑んだ。
「あなたに会えてよかった」
◇
「待て、アイリス」
「?」
立ち去ろうとしたアイリスが足を止め、振り返る。
「これから、お前はどうするつもりだ?」
「……まだ何も決めてないわ」
「おそらく、また新しいパーティを作るのだろう」
「そうかもしれないわね」
「それこそ、また王国に名を轟かせるようなパーティを」
「…………」
「そして、また最難関と呼ばれるような依頼に挑むのかもしれない」
「ええ。そうね」
アイリスなら、きっとそうする。
新しい仲間を集めて。
新しい目標を見つけて。
また、誰よりも前へ進んでいく。
そして、いつか――。
今度こそ、本当に帰ってこなくなるかもしれない。
「…………」
嫌だ。
そう思った。
アイリスがどれだけ強くても関係ない。
もう、こいつが死ぬかもしれない場所へ向かうのを、黙って見送るのは嫌だった。
俺は静かに立ち上がった。
「もう、いいんじゃないか」
「え?」
「もう、無理して前へ前へと進み続けなくてもいいんじゃないか」
「ガルド……?」
「子供の頃の約束、覚えているか?」
「約束?」
「『大人になったら、一緒に冒険の旅に出よう』って」
「…………」
アイリスの目が大きくなる。
「もちろんよ」
少しだけ声が震えた。
「一日だって、忘れたことはないわ」
「ああ。俺もだ」
子供だった俺たちは、いつか二人で冒険の旅に出ようと約束した。
強くなって。
立派な冒険者になって。
世界中を旅する。
あの頃は、それが俺たちの夢だった。
「でも、今になって思うんだ」
「…………」
「あの約束で大事だったのは、冒険じゃなかったんじゃないかって」
「え?」
「一緒に強くなることでもない」
俺はアイリスの目を見つめた。
「大人になっても、一緒にいること」
「…………」
「たぶん、そういう約束だったんじゃないかって」
「ガルド……」
「だから、アイリス」
俺は言った。
「この町で、俺たちと暮らさないか?」
「…………」
アイリスは何も答えなかった。
ただ、俺を見つめている。
そのとき、なぜか右隣から妙な圧を感じた。
続いて、左隣からも。
「?」
なんだ?
まあ、今はいい。
やがて。
その瞳に、大粒の涙が浮かんだ。
「アイリス?」
「…………」
「才能があって、努力もできて、みんなから期待されて」
俺は言葉を続ける。
「ずっと前へ進み続けるお前に、こんなこと、今まで言えなかった」
「…………」
「でも、今回の戦いでお前が死ぬかもしれないと思ったとき、後悔したんだ」
「後悔?」
「ああ」
もし、あのままアイリスが帰ってこなかったら。
俺はきっと、一生後悔していた。
「なんで、あのとき言わなかったんだって」
「…………」
「だから、またお前に会えたら、今度こそ必ず言おうと思っていた」
俺は少し笑った。
「たとえ、また激怒されたとしてもな」
「怒ったりしないわよ!」
アイリスが涙を拭いながら笑った。
「まったく……ガルドは……」
「ん?」
「…………」
アイリスはもう一度目元を拭う。
「本当に、私はあなたのそばにいてもいいの?」
「ああ。もちろんだ」
「…………」
アイリスは、ゆっくりと椅子へ座り直した。
「ありがとう、ガルド」
「ああ」
「でもね、ガルド」
「なんだ?」
「今のセリフ……かなり重いわよ」
「そうか?」
「そうよ」
アイリスが俺を見つめる。
「ちゃんと責任取ってよね?」
「責任?」
「そう。責任」
「…………」
何の責任だろう。
俺はただ、この町で一緒に暮らそうと言っただけなのだが。
まあ、いい。
「まあ、俺にできることなら、責任でもなんでも取ろう」
「…………!」
ざわっ。
「?」
なぜか周囲の冒険者たちが一斉にざわめいた。
それどころか、両隣から感じていた妙な圧まで、さらに強くなった気がする。
なんだ?
「……そう」
アイリスは少し頬を赤くして、嬉しそうに笑った。
「ありがとう、ガルド」
「ああ」
そのとき――。
「お話がまとまったようですのでー!」
受付嬢が一枚の紙をひらひらさせながら、小走りでやってきた。
えらく嬉しそうだ。
「アイリス様! ひとまず、このギルドへの滞在登録だけ済ませてもらえますでしょうかー」
「…………」
アイリスが受付嬢を見る。
「用意がいいわね」
「はい!」
「……分かったわ」
「ありがとうございます!」
受付嬢が満面の笑みを浮かべる。
「…………」
ふと周囲を見る。
遠巻きに見守っていた冒険者たちが、なぜか目に涙を浮かべながら、うんうんと頷いていた。
「…………」
なんなんだ、お前たちは。
まあ、いい。
とにかく。
アイリスが、ひとまずセリアに留まってくれることになった。
よかった。
本当に、よかった。
「…………」
しかし。
俺の両隣では、リゼットとオルフィナだけが真剣な顔をしていた。
リゼットがオルフィナへ顔を寄せる。
「オルフィナ。これは、まずい展開よ」
「ええ」
オルフィナも神妙な顔で頷く。
「絶体絶命ってやつですね」
「…………」
お前たち。
さっきから何の話をしているのだ?




