22 無能戦士、幼馴染と再会する
月白草の依頼以来、俺とリゼット、オルフィナの三人は、基本的に一緒に依頼をこなしている。
事実上の三人パーティだ。
もっとも、パーティ名はまだない。
リゼットとオルフィナも、あれ以来、仲良くやっていると思う。
ひとつ驚いたことがある。
オルフィナが、リゼットと一緒に暮らし始めたのだ。
リゼットは王立セレスティア魔術学院の敷地内にある、職員用の家で暮らしている。
そこに今、オルフィナが居候している。
きっかけは、オルフィナが俺と同じ宿に泊まっていることをリゼットが知ったことだった。
『いつまでも宿暮らしなんて、お金がもったいないでしょ。それに女の子一人じゃ物騒だし!』
そう言って、遠慮するオルフィナを半ば強引に自分の家へ招き入れたのだ。
「…………」
月白草の依頼に出る前は、あれだけ張り合っていた二人なのだが。
俺の心配をよそに、そこまでオルフィナのことを思ってくれていたとは。
リゼット。
お前は、いいやつだ。
◇
吊り橋で心に誓った絵の制作は、すぐに始めた。
構図はこうだ。
谷底から見上げた視点。
足元には、渓谷を流れる川。
深い影に覆われた崖では、月白草の群生が淡い銀色の光を放っている。
その上には、西日に照らされ、赤や黄色に輝く山々。
そして、奥には一本の吊り橋。
雄大な自然の中に、あえて人工物である吊り橋を入れることで、かえって自然の大きさが際立つ。
その吊り橋の上には、寄り添うようにして渡る三人の姿を小さく描いた。
「…………」
もちろん、俺は谷底からこの景色を見たわけではない。
だが、不思議なことに、その風景は鮮明に頭の中に浮かんでいた。
題して――。
《吊り橋の三人》。
「…………」
なお、題名をリゼットに伝えたところ、
「ガルド。あんた、絵のセンスはすごいけど、命名センスはまるでダメね」
だそうだ。
ほっといてくれ。
◇
絵は一か月ほどで完成した。
せっかく三人を描いた絵なので、リゼットの家に飾ってもらうことにした。
リゼットとオルフィナは大喜びしてくれた。
ただ、どちらの寝室に飾るかで散々揉めたあげく、妥協案としてリビングに飾ることになったらしい。
「…………」
最初からそうすればいいのではないだろうか。
まあ、二人とも気に入ってくれたのなら何よりだ。
◇
それからも、俺たち三人の穏やかな日々は続いた。
やがて冬も終わり――。
寒さも和らぎ、春の兆しが見え始めた頃。
セリアに大きな吉報がもたらされた。
S級冒険者パーティ連合が、魔獣王グランザを討ち取ったのだ。
王国軍とグランザ軍が激突する中、S級冒険者たちは敵陣深くへと侵入。
魔獣王グランザの討伐に成功したらしい。
王を失った魔物軍は統率を失い、王国軍によって壊滅。
戦いは、人間側の大勝利で幕を閉じた。
「…………」
俺が真っ先に確認したのは、《疾風の刃》のこと。
なかでも――。
アイリスの安否だった。
幸い、無事らしい。
「…………」
よかった。
本当に、よかった。
ただし、S級冒険者たちも無傷では済まなかった。
《疾風の刃》では、大魔術師モルゾフが負傷。
命に別状はないものの、冒険者を続けられる状態ではなく、そのまま引退することになったそうだ。
一方、大神官アルフレットは、今回の功績を高く評価された。
王都の聖ルミエル大神殿から大司祭への就任を要請され、それを引き受けることになったらしい。
モルゾフは引退。
アルフレットは大司祭へ。
そして――。
《疾風の刃》は、自然と解散することになった。
◇
世間は、この朗報に沸いた。
セリアも連日のようにお祭り騒ぎだ。
酒場では乾杯の声が響き、町のあちこちで魔獣王討伐を祝う催しが開かれている。
だが――。
俺は、アイリスのことが気がかりだった。
アイリスは、これからどうするのだろう。
故郷へ帰るのか。
それとも、またどこか遠くへ行ってしまうのか。
「…………」
もう一度、会いたい。
俺が《疾風の刃》を追放された、あの日。
俺たちは、まともに言葉を交わすことさえできなかった。
あんな別れ方は嫌だ。
もう一度会って、ちゃんと謝りたい。
そして、ちゃんと礼を言いたい。
それから――。
今度こそ言ってやりたい。
『もう、いいんじゃないか』
たとえ、また激怒されたとしても。
◇
それから、しばらく経ったある日の夕方。
俺たちは今日の依頼を終え、セリアの冒険者ギルドへと戻ってきた。
俺の右手はオルフィナに、左手はリゼットに握られている。
なので、扉を開けるのは二人の役目だ。
バーン!
今日も景気よく、ギルドの扉が開いた。
「…………」
だが。
ギルドへ足を踏み入れた瞬間、異変に気づいた。
いつもなら、
「よお、ガルド」
「今日も三人、仲よさそうだな」
などと声をかけてくる冒険者たちが、揃って「あっ」という顔で固まっている。
「ん?」
受付へ目をやると、受付嬢も口をあんぐりと開けていた。
そして、その前には――。
見覚えのある後ろ姿。
赤毛のポニーテール。
赤いマント。
腰には細身の剣。
「…………」
まさか。
その人物が、ゆっくりと振り返った。
「アイリス……」
見間違えるはずがない。
アイリスだった。
アイリスも俺を見つめる。
そして、俺の右手を握るオルフィナへ。
反対側で、左手を握るリゼットへ。
「…………」
「ガルド……あなた……」
一拍。
「奥さんと、子供まで?」
◇
その瞬間、受付嬢が受付から飛び出してきた。
「つい先ほど、アイリス様がガルドさんを訪ねてこられたんです! ガルドさんなら依頼に出ていますが、そろそろ戻られますよー、とお話ししていたところでして!」
「…………」
えらい早口だ。
「まあまあまあ。積もる話もあるでしょうから、どうぞあちらへ!」
受付嬢に促され、俺たちはギルド中央のテーブルへ移動した。
◇
俺がリゼットとオルフィナに挟まれる形で座り、その向かいにアイリスが座る。
「…………」
なんだろう。
この緊張感は。
アイリスと二人は、先ほどから黙って互いの顔を見ている。
ふと周囲を見ると、冒険者たちが遠巻きにこちらを見ていた。
受付嬢まで混じっている。
「…………」
なんだ。
何をそんなに気にしている。
仕方ない。
俺から話を始めるか。
「アイリス。彼女はリゼットだ。一級魔術師にして、王立セレスティア魔術学院の講師だ」
リゼットがぺこりと頭を下げる。
「そして、こちらは神官のオルフィナ。聖ルミエル大神殿からやってきた」
オルフィナも続いて頭を下げた。
「今は、この二人とパーティを組んでいる」
「…………」
アイリスは黙って二人を見る。
いつものリゼットなら何か言いそうなものだが、今日は妙におとなしい。
オルフィナも同様だ。
さすがに、魔獣王を討ち取ったS級冒険者を前にしては、二人も少し緊張しているらしい。
「リゼット、オルフィナ。彼女は《疾風の刃》のアイリス。俺の故郷の幼馴染だ」
「幼馴染!?」
なぜかリゼットが、その言葉に食いついた。
「ん?」
「な、なんでもないわ」
そう言うと、リゼットはオルフィナへ顔を寄せ、小声で囁いた。
「オルフィナ。幼馴染は、まずいわ」
「ええ。これは手ごわいですね」
「…………」
一体、何の話をしているんだ?




