21 無能戦士、三人で一夜を過ごす
吊り橋を渡り終えた頃には、太陽はずいぶんと傾いていた。
西の空が、赤く染まり始めている。
「今日はここまでだな」
「そうね。暗くなる前に野営の準備をしましょう」
「ああ」
すると――。
「では」
オルフィナが嬉しそうに俺の背負った荷物を見る。
「今晩は鹿鍋ですね」
「おお」
そうだった。
「楽しみだな」
「はい!」
「…………」
リゼットだけが黙っている。
「どうした?」
「…………別に」
なぜか顔が引きつっていた。
◇
「なにこれ、おいしい!」
満天の星空の下。
静かな森に、リゼットの感嘆の声が響いた。
「そうでしょう。なんせ新鮮ですもの」
焚き火の上では、大きな鍋がぐつぐつと音を立てている。
昼間仕留めた鹿ハイロードの肉。
そこへ持参した野菜や香草を加えて、オルフィナが鹿鍋に仕立ててくれたのだ。
「ああ。特に、この肝が格別だな」
俺も舌鼓を打つ。
臭みもほとんどなく、濃厚な旨味が口いっぱいに広がる。
こんな山奥で、これほどの肉料理をいただけるとは思わなかった。
オルフィナのサバイバル技術。
素晴らしい。
「それにしても、リゼット」
「なによ?」
「あれだけ解体を怖がっていたのに、食べるのは平気なんだな」
「美味しいものは別よ」
「そういうものか」
「そういうものよ」
リゼットは平然と答えると、また肉を頬張った。
「それにしても――」
リゼットがオルフィナを見る。
「あなた、神官を辞めても生きていけるんじゃない?」
「ふふ。では、レンジャーにでも転職しようかしら」
「いいんじゃない? 少なくとも、わたしより向いてるわよ」
「考えておきます」
二人が顔を見合わせて笑う。
「…………」
吊り橋効果か。
それとも、この鹿鍋のおかげか。
どうやら二人は、少し打ち解けたようだ。
よかった。
それに――。
三人で囲む夕食は、思っていた以上に賑やかで、楽しかった。
こういうのも、悪くない。
きっと、この夜のことはずっと覚えているのだろう。
そんな気がした。
◇
「ふぅ……」
ゆっくり食事を楽しんだ頃には、三人ともすっかり眠くなっていた。
今日は朝から山道を歩き、鹿ハイロードと戦い、吊り橋を渡り、月白草を採取した。
さすがに疲れた。
「そろそろ寝るか」
「そうね」
「はい」
真夏なら毛布一枚でもなんとかなるが、秋も深まったこの時期ではそうはいかない。
今回は、きちんとテントも持ってきている。
俺がテントを組み立てていると、
リゼットが荷物の中から白い粉を取り出した。
「それは?」
オルフィナが尋ねる。
「魔物除けよ」
以前、リゼットと二人で野営したときにも使った、あの白い粉だ。
「これで地面に魔法陣を描くの」
「魔法陣?」
「そう。魔物が円の中へ入ってきたら火柱が立つわ」
「まあ。便利ですね」
「でしょ?」
リゼットが得意げに胸を張る。
「ただ……」
完成したテントを見回した。
「三人分となると、結構大きいわね」
「大変か?」
「これくらい平気よ」
そう言って、リゼットはテントの周囲をぐるりと回りながら、白い粉で大きな円を描き始めた。
やがて――。
「よし。完成!」
「おお」
「これで大丈夫なのですか?」
「ええ。魔物が円の中へ踏み込めば、それを感知して魔法陣が自動で発動するの。火柱が勝手に迎撃してくれるわ」
「すごいです、リゼット」
「ふふん」
「…………」
なんだ。
ずいぶん仲良くなったじゃないか。
これなら今夜は安心して眠れそうだ。
そう思ったのだが――。
◇
テントの中に、三人分の寝床を横並びに敷く。
「では――」
オルフィナが寝床を指差した。
「わたくしが真ん中で寝ます」
「ちょっと待ちなさい」
すかさずリゼットが口を挟んだ。
「はい?」
「真ん中は、わたしよ」
「それは嫌です。わたくしが真ん中に寝ます」
「わたしだって譲れないわ」
「わたくしもです」
「…………」
なんだ。
また始まったぞ。
いつの時代も真ん中は人気だ。
だからといって、わがままはよくない。
こういう場合は、喧嘩両成敗だ。
「俺が真ん中で寝る!」
「…………」
「…………」
一拍。
「……まあ、それなら」
「わたくしも異論ありません」
「…………」
あれ?
あっさり承諾したぞ。
まあ、いいか。
とはいったものの――。
俺は二人より、かなりでかい。
俺が真ん中に寝たら、二人とも窮屈なのではないだろうか。
「やっぱり、俺は端の方がよくないか?」
「真ん中でいいわ!」
「真ん中でお願いします!」
「…………」
声が揃った。
「そうか」
本人たちがいいと言うのなら、それでいいか。
俺は真ん中に横になる。
右にはリゼット。
左にはオルフィナ。
「…………」
思ったより狭いな。
俺の身体がでかいせいで、二人とも窮屈なはずなのだが。
「…………」
なぜか二人とも、妙に満足そうだった。
まあ、本人たちがいいならいいか。
テントの外では、焚き火が静かに燃えている。
その向こうには、満天の星。
三人で山を歩き、魔物と戦い、綺麗な景色を見て、飯を食べた。
「…………」
三人で行動するのも、悪くないな。
そんなことを思いながら、俺は目を閉じた。
こうして、俺たちの親睦を深める依頼一日目は、無事に幕を閉じた。
◇
二日目の帰り道は順調だった。
途中、またしても鹿ハイロードに遭遇した。
しかも、また三体だ。
しかし、一度戦った相手。
二人の連携は、昨日より格段に良くなっていた。
俺が鹿ハイロードと対峙している間に、オルフィナがリゼットへ立て続けに加護を付与する。
「《素早さ向上》」
「《集中力向上》」
「《魔力向上》」
三つの加護を受けたリゼットは――。
「《大火球》!」
三発の《大火球》を、ほとんど間を置かずに撃ち放った。
ドオオン! ドオオン! ドオオン!
三体の鹿ハイロードが、ほぼ同時に火だるまになる。
「…………」
――天才同士が組むと、こうなるのか。
俺は、あまりにも鮮やかな連携に、開いた口が塞がらなかった。
◇
夕方には、セリアの冒険者ギルドへ到着した。
ギルドの扉を開けると、一斉に注目を浴びた。
「ガルドたちが帰ってきたぞ!」
「おい! ガルドが二人と手ぇ繋いでるぞ!」
「どういうことだ!」
「…………」
うるさい。
騒がしい外野をかき分け、受付へ向かう。
「無事、月白草を持ち帰ってきたぞ」
「まあまあまあ」
受付嬢は目を輝かせた。
月白草よりも、なぜか俺たち三人の方を熱心に見ている。
「では――」
にっこり。
「経緯を詳しく、お聞かせ願えますか?」




