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見掛け倒しの無能戦士、追放されたので大好きな絵を描いて暮らします ~ところで、お前たち、なぜ俺についてくる?~  作者: しばたろう


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20/33

20 無能戦士、本当の吊り橋効果を知る

 午後。


 俺たちは、ようやく山頂近くまでたどり着いた。


 目の前には、深い谷が広がっている。


「おそらく、この辺りだと思うのだが」


 足を止め、辺りを見回す。


「あれじゃない?」


 リゼットが右前方を指差した。


「ん?」


 指差した先。


 谷を挟んだ向こう側の崖、その中腹に――。


 銀白色に輝く一帯があった。


 風が吹くたび、きらきらと揺れている。


「月白草ですね」


 オルフィナが嬉しそうに言った。


「ああ。間違いなさそうだ」


 どうやら、目的の月白草(げっぱくそう)を見つけたようだ。


 銀白色の花だけあって、遠目にもよく目立つ。


 探し回る手間が省けたのはありがたい。


 問題は――。


「あそこまで、どうやって行くかだな」


「あれじゃないですか?」


 今度はオルフィナが左前方を指差した。


「…………」


 そこには、対岸へと続く一本の吊り橋が架かっていた。


「あれを渡るの!?」


 リゼットが絶句した。


「どうやら、そのようだな」


 俺たちは吊り橋の近くまで行ってみた。


「…………」


 細い。


 人一人が通るのがやっとだ。


 木の板を縄で繋いだ簡素な造りで、風が吹くたび、


 ギシ……。


 ギシギシ……。


 不安になる音を立てながら揺れている。


 長さは百メートルほどだろうか。


 橋の下を覗き込む。


「…………」


 遥か下。


 谷底に細い川が流れているのが見えた。


 落ちたら、まず助からないだろう。


「…………」


 これが本当の吊り橋効果というやつか。


 受付嬢め。


 まさか、ここまで計算していたのか?


「あら。面白そうですね」


「え?」


 オルフィナが一人、吊り橋へ向かっていく。


「おい。慎重に――」


 タッタッタッ。


「…………」


 俺の忠告など気にも留めず、オルフィナは軽い足取りで橋へ踏み出した。


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 ギシッ。


 ギシギシッ。


 そのたびに吊り橋が大きく揺れる。


「…………」


 見ているだけで心臓に悪い。


 数メートルほど進んだところで、オルフィナがくるりと振り返った。


「大丈夫そうです。早く来てください」


「あ、ああ」


 仕方ない。


 覚悟を決めるか。


 俺が吊り橋へ足を踏み出そうとした、そのとき――。


 くいっ。


「ん?」


 後ろから服の裾を引っ張られた。


 振り返る。


「…………」


 リゼットだった。


 顔が青い。


「どうした?」


「わ、わたし……」


「ああ」


「無理!」


「…………」


 泣きそうな顔をしている。


 まあ、怖いわな。


 俺だって怖い。


「分かった。手を引いてやる」


「…………うん」


「目を閉じて、ゆっくりついてこい」


 俺が手を差し出す。


 すると――。


 ぎゅっ!


「おっと」


 手どころか、リゼットは俺の腕に抱きついてきた。


「…………」


 これでは歩きづらい。


 まあ、仕方ないか。


「行くぞ」


「う、うん」


 俺はリゼットを半ば引きずるようにして、吊り橋へ足を踏み入れた。


 一歩。


 ギシッ。


 二歩。


 ギシギシッ。


「ひっ」


「大丈夫だ」


 三歩。


 四歩。


 慎重に進む。


「…………」


 よし。


 いけそうだ。


 そのとき――。


「ん?」


 少し先にいたオルフィナが、なぜかこちらへ戻ってきた。


「どうした?」


「ガルド」


「ああ」


「わたくしも、怖くなってきました」


「…………」


 オルフィナが俺の空いている方の腕に、ぎゅっとしがみついた。


「さっき楽しそうに歩いてなかったか?」


「気のせいです」


「そうか?」


「はい」


「…………」


 そうか。


 なら仕方ない。


 右腕にはリゼット。


 左腕にはオルフィナ。


「…………」


 おいおい。


 どうなっているんだ。


 ただでさえ足場が悪いというのに、両腕の自由まで奪われてしまった。


「二人とも、あまり引っ張るなよ」


「分かってるわよ」


「はい」


 俺は二人を両脇に抱えるような格好で、そろりそろりと進んでいく。


 ギシッ。


 ギシギシッ。


 風が吹く。


 ぐらり。


「うおっ」


「きゃっ!」


 リゼットがさらに強く腕へしがみつく。


「…………」


 冷や汗が出る。


 とにかく足元だけを見て、一歩ずつ慎重に進む。


 そうして、ようやく橋の中ほどまで来たとき――。


「ああ……」


 オルフィナが声を漏らした。


「綺麗……」


「ん?」


 オルフィナの視線を追う。


「…………」


 思わず、俺も足を止めた。


 そこには――。


 雄大な山々が連なっていた。


 午後の柔らかな日差しを浴び、赤や黄色に染まった山肌が輝いている。


 その下には、深い渓谷。


 山々の明るさとは対照的に、谷底には深い影が落ちていた。


 そして、その中腹。


 月白草の群生地が、淡い銀色の光を放っている。


 光。


 影。


 紅葉。


 銀白色の花。


 そして、その雄大な自然の中を横切る、一本の吊り橋。


「…………」


 綺麗だ。


 描きたい。


 そう思った。


 この光も。


 山々も。


 崖の中腹で揺れる月白草も。


 そして――。


 俺の両腕にしがみついている二人も。


「…………」


 いや。


 この状態で絵を描くのは無理だな。


「おい、リゼット」


「な、なによ?」


「目を開けてみろ。すごいぞ」


「む、無理よ」


「いいから」


「…………」


 リゼットがおそるおそる目を開く。


 薄目で前を見る。


 そして――。


「……あ」


 目を見開いた。


「綺麗……」


「ああ」


「すごいですね」


 オルフィナも嬉しそうに笑っている。


「…………」


 三人とも、しばらく何も言わなかった。


 吊り橋の恐怖さえ忘れ、その風景に見入っていた。


◇


「よし。着いたぞ」


「はぁぁぁぁ……」


 対岸へ渡り切った瞬間、リゼットが大きく息を吐いた。


 対岸からは、谷へ下りていく獣道が続いていた。


 そこから先は、さほど苦労することもなく進むことができた。


 そして――。


「わあ……」


 オルフィナが声を上げる。


 岩肌一面に、銀白色の月白草が咲いていた。


 風が吹くたび、小さな花々が一斉に揺れる。


「こんなにあるのね」


 リゼットも目を丸くしている。


「ああ。これだけあれば十分だな」


 俺たちは手分けして、月白草を採取することにした。


 しばらくして――。


「このくらいでいいだろう」


 依頼された量に、予備を少し加えたところで手を止める。


 十分な量の月白草を確保できた。


「では、戻るか」


「…………」


 リゼットの顔が固まった。


「どうした?」


「……また、あれを渡るのよね?」


「ああ」


「…………」


◇


 再び、吊り橋。


「帰りはもう大丈夫だろう?」


「怖いわ」


「怖いです」


「…………」


 即答だった。


 まあ、一度渡ったからといって、怖いものは怖いか。


 右腕にリゼット。


 左腕にオルフィナ。


 結局、帰りも同じ格好になった。


「行くぞ」


「うん」


「はい」


 ギシッ。


 ギシギシッ。


 三人で、ゆっくりと吊り橋を渡っていく。


 そして――。


 中ほどまで来たところで、自然と足が止まった。


「…………」


 やはり、綺麗だ。


 午後の日差しは先ほどより少し傾き、山々を黄金色に染め始めている。


 先ほどとは、また違った景色だった。


「…………」


 これは絶対に描こう。


 俺はそう決めた。

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