19 無能戦士、両手に花で山を行く
季節は、すっかり秋も深まっていた。
山の木々は赤や黄色に色づき、見渡す限りの紅葉が広がっている。
降り注ぐ木漏れ日は暖かい。
その一方で、頬を撫でる風はひんやりと冷たく、火照った身体にはむしろ心地よい。
そんな秋の山道を――。
俺たちは、ざくざくと落ち葉を踏みながら歩いていた。
「おさらいだ。目的は、山頂近くの渓谷に自生する月白草の採取」
「白銀色の小さな花を咲かせる薬草でしたよね?」
オルフィナが言う。
「傷薬や回復薬の材料として、需要が高いとか」
「そうだ。ただ、日当たりの悪い渓谷の岩場にしか生えないらしい」
「一泊二日の予定か」
リゼットが空を見上げる。
「この時期、夜はかなり冷えるわよ?」
「その辺りの準備もしてきた。道も事前に調べてある。ほぼ一本道だ」
「それなら安心ですね」
「ああ。迷う心配もないだろう」
「…………」
「…………」
「…………」
しかし。
歩きづらい。
俺は背中に大剣と、三人分の荷物。
そして――。
右手には、オルフィナ。
左手には、リゼット。
なぜか二人と手を繋いで歩いていた。
出発するとき、いつものようにオルフィナの手を取ったところ、
「ずるい!」
とリゼットが騒ぎ出したのだ。
何がずるいのかよく分からなかったが、仕方なく左手を差し出した。
すると、すぐに機嫌が直った。
まあ、これでいいのだろう。
ただ――。
非常に歩きづらい。
◇
しかし――。
この季節の山は、少し気をつけなければならない。
冬を前に、動物や魔物たちの活動が活発になるからだ。
冬を越すため、どいつも餌集めに必死になる。
当然、俺たちだって格好の獲物だろう。
「…………」
しかも今の俺は、二人のいたいけな少女の手を引いて山道を歩いている。
はたから見れば、ネギを背負ったカモに見えるかもしれない。
まあ――。
実際に襲ってみれば、ネギの方がよほど危険なのだが。
そんなことを考えながら歩いていると――。
ガサガサッ!
「ん?」
前方の茂みが大きく揺れた。
次の瞬間。
「グルルルル……」
のっそりと、巨大な鹿が姿を現した。
赤い目。
口から突き出した鋭い牙。
低い唸り声。
もはや鹿とは思えない風貌だ。
「…………」
鹿ロード。
いや。
それよりも、さらに一回りでかい。
「鹿ハイロードか」
鹿ロードのさらに上位種。
かなりの強敵だ。
しかも――。
ガサッ。
ガサガサッ。
その後ろから、さらに二体。
合計三体。
「…………」
油断できない。
このクラスになると、そろそろ俺の威嚇も効かないだろう。
「二人とも、下がっていろ」
俺は二人の手を離し、すぐさま前へ出た。
大剣を抜く。
背後では、リゼットとオルフィナがさっと陣形を取った。
「グルルルル……」
「…………」
鹿ハイロードと睨み合う。
来るか。
その瞬間――。
「《大火球》!」
俺の背後から、巨大な炎の塊が飛んでいった。
ドオオオン!
中央の鹿ハイロードに直撃。
その巨体が炎に包まれ、後方へ吹き飛んだ。
だが――。
残る二体が、同時に左右へ飛び開いた。
「なに!?」
速い!
二体は俺を大きく迂回する。
俺を無視した!?
そのまま後ろの二人へ回り込んでいく。
こいつら、頭がいい!
右の一体が、オルフィナへ飛びかかった。
「《大火球》!」
リゼットの火球が直撃。
鹿ハイロードが横っ飛びに吹き飛ぶ。
だが――。
その隙を突くように、もう一体がリゼットの死角へ回り込んでいた。
「――!」
まずい!
反射的に駆け出す。
間に合わない!
「《防壁の加護》!」
ドンッ!
リゼットの寸前で、鹿ハイロードが見えない壁に激突した。
巨体が大きく弾き返され、地面を転がる。
完全に体勢を崩した。
そこへ――。
「《大火球》!」
ドオオオン!
至近距離から放たれた火球が直撃。
鹿ハイロードは炎に包まれ、そのまま地面へ崩れ落ちた。
◇
「…………」
再び、山に静寂が戻った。
どこからか、美しい鳥の鳴き声が聞こえてくる。
赤や黄色に染まった木々。
爽やかな秋風。
そして――。
ぷすぷすと煙を上げる鹿ハイロード三体。
「二人とも、無事か?」
「ええ。大丈夫よ」
「わたしも大丈夫です」
二人とも少し息を弾ませているが、怪我はないようだ。
「…………」
ふと。
オルフィナとリゼットの目が合った。
「リゼット」
「な、なによ?」
「先ほどは助けていただき、ありがとうございました」
オルフィナがぺこりと頭を下げる。
「…………」
リゼットが少し驚いた顔をした。
「あなたこそ……」
「はい?」
「わたしを守ってくれて、その……ありがとう」
少し照れくさそうに言う。
「いいえ」
オルフィナがにこりと微笑んだ。
「…………」
「…………」
先ほどまでギルドで睨み合っていた彼女たちだが。
少しだけ、二人の距離が縮まったように見える。
「…………」
なるほど。
これが受付嬢の言っていた――。
吊り橋効果というやつか。
確かに、危険を一緒に乗り越えたことで、二人は仲良くなったようだ。
あの受付嬢。
なかなか考えているではないか。
◇
「それでは――」
オルフィナが倒れている鹿ハイロードを見る。
「せっかくですから、この鹿を今晩のおかずにしましょう」
「…………」
「…………」
俺とリゼットは顔を見合わせた。
「おかず?」
「はい」
「どうするんだ?」
「解体します」
「解体!?」
リゼットが声を上げた。
「オルフィナ。あなた、鹿の解体なんてできるの?」
「はい」
「神官なのに?」
「ふふっ」
オルフィナが得意げに微笑む。
「こう見えて、サバイバルは得意なんですよ?」
「…………」
意外だ。
「巡礼中に覚えました」
「ああ……」
なるほど。
半年以上も一人で迷い続けていれば、嫌でも身につくのかもしれない。
「では、ガルド。手伝ってください」
「ああ」
オルフィナは一体の鹿ハイロードの足にロープを巻き始めた。
「これを木に吊るします」
「分かった」
言われるがまま、俺はロープを太い枝へ引っかける。
そのまま鹿ハイロードの巨体を持ち上げた。
「このくらいでいいか?」
「はい。ありがとうございます」
オルフィナは腰からナイフを取り出した。
「全部は持っていけませんから、肝臓とモモ肉だけいただきましょう」
「…………」
シュッ。
迷いなくナイフを入れる。
「…………」
すいっ。
ざくっ。
するするっ。
「…………」
手際がいい。
「あわわわわ……」
隣ではリゼットが青い顔をしていた。
しばらくして――。
「取れました」
オルフィナが、大きなモモ肉を抱えて振り返った。
にっこり。
「今晩は鹿鍋にしましょう」
「おお。それは楽しみだ」
「はい!」
「…………」
笑顔は、まるで天使だった。
ただし。
両手は血まみれ。
白い神官服にも返り血。
頬にも、赤い血が飛び散っている。
「ふ、ふぅ……」
その姿を見たリゼットが、その場にへたり込んだ。




