16 無能戦士、迷子の神官と再会する(前編)
この絵は、いつしか《春日のセリア》と呼ばれるようになった。
ギルドを訪れる冒険者たちの間でも、なかなか好評らしい。
そして、受付嬢から俺が描いたと聞かされると、皆一様に驚くという。
まあ、それもそうだろう。
俺みたいな大男が、部屋にこもってちまちまと絵を描いている姿など、誰も想像できないに違いない。
さて。
《春日のセリア》を描き上げた俺は、さっそく次の絵に取りかかった。
題材は、ワイバーン退治の帰り道。
あの夜の野営で見た風景だ。
満天の星。
月明かりに青白く照らされた森。
静かに燃える焚き火。
そして、その向こうで楽しそうに話す、小柄な少女。
俺にとって、残しておきたい情景だった。
それから一か月ほど。
「…………よし」
絵は完成した。
題して――。
《焚火の少女》。
◇
「…………」
完成した絵を、リゼットの執務室へ持っていった。
「どうだ?」
「…………」
リゼットは黙ったまま、絵を見つめている。
「リゼット?」
「これ……」
「ん?」
「この女の子、わたしよね?」
「ああ」
「…………」
また黙った。
「気に入らなかったか?」
「違うわよ!」
勢いよく振り返る。
「これ、わたしに頂戴!」
「ああ。そのつもりで持ってきた」
「本当!?」
「ああ」
「…………」
リゼットは再び絵を見る。
焚き火。
星空。
月夜の森。
その中に描かれた、自分の姿。
「ありがとう、ガルド……」
「ああ」
なぜか声が震えている。
そのうち、目元まで拭い始めた。
「おい。泣くほどか?」
「うるさいわね!」
「…………」
喜びすぎだろう。
大げさな奴だ。
こうして《焚火の少女》は、リゼットの執務室に飾られることになった。
◇
季節は巡り、秋。
リゼットは、わずか数か月でC級冒険者に昇格した。
「見て! C級よ!」
「早いな」
「遅いわ」
「え?」
「わたしはS級を目指してるのよ。まだC級なんて遅すぎるわ」
「十分早いだろ」
普通ならC級まで早くても二年。
驚異的な速さなのだが、本人はまるで納得していなかった。
それでも、この頃には――。
俺とリゼットのコンビは、セリアの冒険者たちの間ですっかり知られる存在になっていた。
◇
冒険者の噂というものは、広まるのが早い。
どこそこの冒険者が強い。
あのパーティが大物を倒した。
誰それがS級に昇格した。
ギルドでは、いつもそんな話で持ちきりだ。
そして――。
そんな冒険者たちの間で、知らない者はいないほど有名なパーティがある。
S級冒険者パーティ《疾風の刃》。
大魔術師モルゾフ。
大神官アルフレット。
そして――。
若くして剣聖と呼ばれる、アイリス。
三人とも、冒険者なら誰もが知る有名人だ。
特にアイリスは、その美貌と華麗な剣技から、各地にファンクラブまであるらしい。
「…………」
あのアイリスに、ファンクラブ。
幼馴染としては、なんとも不思議な気分である。
そんな《疾風の刃》は現在、王国を離れ、隣国で行われる国家規模の依頼に参加しているらしい。
セリアのギルドでも、たびたび話題になっていた。
その依頼の内容なのだが――。
魔獣王グランザの討伐。
グランザは、《オーバーロード》と呼ばれる魔物だ。
オーバーロード。
単に強い魔物という意味ではない。
圧倒的な力を持つだけでなく、多数の魔物を従え、軍勢として統率する力を持つ存在。
いわば、魔物たちの王だ。
そして、魔獣王グランザが率いる魔物は――。
およそ十万。
「…………」
もはや、魔物討伐という規模ではない。
実際、グランザの軍勢は隣国へ侵攻し、すでに人間の国と戦争状態に入っているという。
そこで隣国は、周辺二か国へ援軍を要請。
三国共同で、およそ十万の討伐軍が組織された。
人間十万。
対するは、魔物十万。
近く、両軍による大決戦が行われるらしい。
だが――。
人間側には、もう一つ重要な作戦がある。
魔獣王グランザ本人の討伐だ。
いくら配下の魔物を倒しても、グランザが生きていれば、再び魔物を集めて軍勢を作りかねない。
そこで三国は、各地の冒険者ギルドへ協力を要請。
名だたるS級冒険者パーティを招集した。
十万の軍勢同士が正面からぶつかっている間に、彼らが敵陣へ突入。
魔獣王グランザを直接討ち取る。
それが今回の作戦だ。
そして――。
その討伐隊の一つに選ばれたのが、
アイリスたち《疾風の刃》だった。
冒険者仲間はもちろん、世間も救国の戦士たちへ熱い声援を送っている。
だが、俺個人としては――。
ただただ、アイリスが心配だった。
剣聖だろうがなんだろうが、まだ十代の少女だ。
何も、命を懸けてまで戦わなくてもいいんじゃないか。
アイリスは昔から努力家だった。
才能にも恵まれていた。
誰よりも剣を振った。
周囲からも期待された。
そして、その期待に応え続けるように、前へ、前へと進んでいった。
俺には、そう見える。
別に、田舎でのんびり暮らしたっていいじゃないか。
平和に、楽しく。
そんな生き方だってあるはずだ。
ただ――。
アイリスが剣の道を歩み始めた、そのきっかけ。
それを作ったのは、俺なのかもしれない。
そう思うと、
「もう十分だ。危ないことなんてやめろ」
そんなことを、俺は今まで一度も口に出せずにいた。
◇
それから、しばらく経ったある日の深夜。
宿屋の部屋で眠っていると――。
ドンドンドン!
一階から響く扉を叩く音で、目を覚ました。
「……なんだ?」
こんな夜更けに何事だろう。
俺は大剣を手に、一階へ降りた。
ちょうど宿の主人が扉を開けたところだった。
「す、すみません……」
そこに立っていたのは、一人の少女。
白い神官服に、胸元の聖印。
手には立派な杖。
そして――。
全身、泥だらけだった。
神官服の裾には泥がべったりとつき、髪には草や木の葉まで絡みついている。
「どうしたんだい、こんな夜中に?」
「その……道に迷ってしまいまして……」
少女が申し訳なさそうに頭を下げる。
「…………」
見間違うはずもない。
こんな夜中に、全身泥だらけになるまで道に迷う神官など、俺は一人しか知らない。
「オルフィナ?」
「……!」
少女が顔を上げた。
俺を見る。
一瞬、驚いたように目を見開き――。
ぱっと、満面の笑みを浮かべた。
「ガルド!」
そして、嬉しそうに言った。
「あなたに会いに来ました」




