15 無能戦士、天才魔術師に絵を拒否される
それから、ほどなくして。
俺はまた、ギルドで助っ人を頼まれた。
「熊ロードの大群を討伐する?」
「ああ。三十……多ければ五十匹はいる。戦力が足りないんだ。ガルド、手を貸してくれないか?」
「…………」
いつもの俺なら、即座に断るところだ。
だが――。
ふと、一人の顔が浮かんだ。
「仲間を一人連れていってもいいか? 一級魔術師なんだが」
「一級魔術師!?」
「ああ」
「もちろんだ! 黒のガルドに一級魔術師まで加わるなら、鬼に金棒だ!」
鬼に金棒。
俺はともかく、金棒の方は間違っていない。
◇
「やるわ!」
リゼットは即答した。
「熊ロードが三十から五十匹だぞ?」
「ちょうどいいじゃない」
少し前まで鹿ロード一匹を前に泣いていた少女とは思えない。
「ガルドも一緒なんでしょう?」
「ああ」
「なら大丈夫よ」
にかっと笑う。
「全部わたしが倒すわ」
頼もしい。
こうして俺たちは、熊ロード大討伐へ参戦することになった。
◇
討伐地点は、隣町の城門前。
最近、熊ロードの群れが山から下り、城壁付近まで迫ってきているらしい。
集められた冒険者は、俺たちを含めて十二人。
戦士四人。
魔術師三人。
神官二人。
弓兵三人。
対する熊ロードは、三十から五十匹。
かなりの大仕事だ。
「…………」
俺の後ろには、リゼットがぴたりとくっついている。
「おい、ガルド」
まわりの戦士が声をかけてくる。
「戦場に子供連れてきて大丈夫か?」
「嬢ちゃん、パパから離れるんじゃないぞ」
リゼットが頬を膨らませる。
「失礼しちゃうわ」
まあ、仕方がない。
冒険者になったばかりのリゼットは、ここではまだ無名なのだ。
そのとき――。
「来たぞ!」
斥候の声が響いた。
前方から土煙が上がる。
ドドドドドド……。
地響きとともに、熊ロードの大群が姿を現した。
「前衛、構えろ!」
俺を含む四人の戦士が前へ。
その後ろに魔術師、神官、弓兵が陣取る。
「《剛力の加護》!」
「《守護の加護》!」
神官の支援魔法が飛ぶ。
「放て!」
矢と火球が一斉に放たれた。
ドンッ!
ドンッ!
「グオオオオッ!」
何匹かの熊ロードが倒れる。
だが、群れは止まらない。
「前衛! 行くぞ!」
「おおっ!」
三人の戦士が駆け出した。
俺は――。
「…………」
その場に立っていた。
「ガルド! 何してる!」
出たら死ぬ。
俺は大剣を構え、熊ロードを睨みつける。
刹那――。
「《火球》!」
ゴオッ!
俺の肩越しを炎が駆け抜けた。
ドンッ!
正面の熊ロードが吹き飛ぶ。
「今だ!」
戦士が駆け寄り、とどめを刺す。
「《火球》!」
ドンッ!
「《火球》!」
ドンッ!
「《火球》!」
ドンッ!
次々と熊ロードが吹き飛んでいく。
「なんだ、あの娘!?」
「全然外さねえぞ!」
リゼットの火球は、恐ろしいほど正確だった。
「リゼット、大丈夫か?」
「誰に聞いてるの?」
背後から、得意げな声。
「ガルドはそのまま立ってて」
「ああ」
「あとは、わたしが全部焼くから」
「《火球》!」
ドンッ!
また一匹、吹き飛んだ。
「…………」
俺は剣を構えて立つ。
リゼットは、その後ろから火球を撃つ。
「なるほど……」
隣の戦士が感心したように呟いた。
「そういう戦い方なのか」
「…………」
「さすが黒のガルドだ!」
何がだ。
◇
終わってみれば、俺たちの圧勝だった。
倒された熊ロード。
逃げ出す熊ロード。
こちらには大きな被害もない。
「勝ったぞ!」
「おおおおっ!」
平原に歓声が上がった。
◇
その夜。
町の酒場で、ささやかな祝勝会が開かれた。
「リゼット先生、すごかったです!」
「こんなに可愛いのに、あんなに強いなんて!」
「先生! 俺、ファンになりました!」
「ふふん」
先ほどまで子供扱いされていたリゼットは、一転して人気者になっていた。
「まあ、たいしたことないわ」
「先生、オレンジジュースのお代わりです!」
「ありがとう」
得意げに胸を張りながら、グラスを差し出す。
「ガルド!」
「ん?」
「お前もよくリゼット先生を守ったな!」
「ああ」
「なんか、すごかったぞ。お前の背中から次々と火球が飛び出して」
「後光が差してるみたいだったな」
「子の七光りだ!」
「俺の子じゃない」
「ははははは!」
俺も変な褒められ方をした。
◇
それ以来。
俺とリゼットは、二人一組で討伐依頼の助っ人を頼まれることが多くなった。
「黒のガルドを呼べ!」
「リゼット先生も一緒か?」
「もちろんだ!」
こうして俺とリゼットは、セリアの冒険者たちの間で、ちょっとした名物コンビとなったのである。
◇
そんなある日。
とうとう、あの絵が完成した。
「…………よし」
俺は宿の部屋で、完成した画布を眺めた。
セリアの門前町を描いた風景画。
春の日差し。
遠く、小高い丘の上にそびえるアルセリア神殿。
そこへ続く、活気に満ちた街並み。
行き交う人々。
そして、その片隅には――。
満面の笑みで露店を指差すオルフィナ。
その手に引かれて歩く俺。
「うん」
我ながら、自信作だ。
特に、あの日のオルフィナの生き生きとした表情や仕草をうまく描けたことに満足している。
さて。
完成したのはいいが――。
「これ、どうしよう」
かなり大きい。
宿の部屋に置いておくには邪魔だ。
かといって、持ち歩くわけにもいかない。
「…………」
そこで、一つ名案が浮かんだ。
王立セレスティア魔術学院。
あそこなら立派な建物だし、絵を飾る場所くらいいくらでもあるだろう。
リゼットに頼んでみよう。
◇
俺は絵を担いで、学院を訪れた。
向かったのは、いつものリゼットの執務室。
「ガルド。それ、なに?」
「以前から描いていた絵が完成したんだ」
「へえ」
「よければ、学院のどこかに飾ってもらえないかと思ってな」
「見せて!」
「ああ」
包みを外す。
完成した絵を、リゼットの前へ立てかけた。
「…………」
リゼットが黙った。
「どうだ?」
「…………すごい」
絵の前まで歩いていく。
「これ、ガルドが描いたの?」
「ああ」
「…………」
リゼットは食い入るように絵を見つめた。
「すごい……。本当にすごいわ」
「そうか?」
「ねえ、ガルド!」
勢いよく振り返る。
「お願い。この絵、この部屋に飾らせて!」
「ここに?」
「ええ!」
「もちろん構わないぞ」
「本当!?」
「ああ」
「うれしい!」
リゼットは再び絵へ向き直った。
「この神殿と門前町の対比がいいわね。それに、すごく賑やかなのに、全然ごちゃごちゃして見えない」
「そこは少し苦労した」
「光も綺麗……。本当に春の午後みたい」
ずいぶん気に入ってくれたようだ。
俺としても嬉しい。
リゼットはしばらく絵を眺めていたが――。
「…………ん?」
何かに気づいた。
絵の片隅を指差す。
「ねえ。この黒服の大男って、ガルドよね?」
「ああ。その通りだ」
「じゃあ……」
その隣。
楽しそうに俺の手を引く少女を指差す。
「こっちの神官の女の人は?」
「ああ。オルフィナだ」
「…………」
「以前、二人でセリアに来たときの思い出を描いたんだ」
「…………ふーん」
「?」
リゼットが急に黙った。
「ガルド」
「なんだ?」
「わたし、やっぱりこの絵いらない」
「え?」
「ほかに飾って」
「…………」
急だな。
「じゃあ、ほかを当たってみる」
「そうして」
「ああ」
俺は絵を包み、学院を後にした。
……なぜだ。
◇
「さて……」
どうしたものか。
大きな絵を担いだまま、セリアの町を歩く。
宿へ持って帰っても、置き場所に困る。
ほかに飾ってくれそうな場所は――。
「…………」
一つしか思いつかなかった。
◇
「これを、ギルドに?」
「ああ」
セリアの冒険者ギルド。
俺は受付嬢の前に、大きな包みを置いていた。
「迷惑でなければ、どこかに飾ってもらえないだろうか」
「とりあえず、見せていただいても?」
「ああ」
包みを外す。
「…………」
受付嬢が黙った。
「どうだ?」
「…………すごい」
「…………」
リゼットと同じ反応だ。
「これ、ガルドさんが描いたんですか?」
「ああ」
「さすがですね。似顔絵でその腕前は承知していたつもりですけど……」
受付嬢が絵へ顔を近づける。
「まさか、こんな絵まで描けるなんて」
「そうか?」
「これ、本当にギルドに飾っていいんですか?」
「ああ。置き場所に困っていたんだ」
「ぜひ!」
即答だった。
「そうか。助かる」
「どこにしましょう……」
受付嬢がギルド内を見回す。
「あっ」
すぐに場所が決まった。
◇
結局。
俺の絵は、受付の頭上に飾られることになった。
「…………」
なかなか目立つ。
ギルドへ入れば、まず目に入る場所だ。
「どうですか?」
「ああ。いいんじゃないか」
「素敵ですよ」
「そうか」
これで宿の部屋も広くなる。
俺としてもありがたい。
「じゃあ、頼んだ」
「はい。大切に飾らせてもらいます」
こうして俺の絵は、セリアの冒険者ギルドで、無事に落ち着き場所を得たのである。




