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見掛け倒しの無能戦士、追放されたので大好きな絵を描いて暮らします ~ところで、お前たち、なぜ俺についてくる?~  作者: しばたろう


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13 無能戦士、天才魔術師と竜を討つ

 やがて――。


「おっ」


 森が途切れた。


 視界が一気に開ける。


 山の中腹。


 それまでの深い森とは違い、岩肌が剥き出しになった荒涼とした景色が広がっていた。


 そして。


「…………」


 大きな影が、俺たちの頭上を横切った。


 俺は空を見上げる。


 一つ。


 二つ。


 三つ――。


 いや。


 もっといる。


 巨大な翼を広げた赤い魔物たちが、悠々と空を旋回していた。


「…………」


 ワイバーン。


 俺でも知っている。


 今回の旅の目的。


 空を飛ぶ、竜種の魔物だ。


「リゼット」


「ええ」


 隣を見る。


 リゼットは杖を握り、空を飛ぶワイバーンを見上げていた。


 表情は少し硬い。


 今までの魔物とは、明らかに格が違う。


 リゼットも、それを肌で感じ取っているようだ。


「戻るなら、今だ」


 俺はワイバーンから目を離さずに言った。


「…………」


「どうする?」


「……やるわ」


 声が少し震えている。


「分かった」


 俺はリゼットの前へ出た。


 大剣を抜き、構える。


 そのとき――。


 バサッ!


 頭上から大きな羽音が響いた。


 ドスンッ!


「…………!」


 一体のワイバーンが、俺たちの前方へ舞い降りた。


 近くで見ると――。


 でかい。


 空を飛んでいたときとは、まるで印象が違う。


 巨大な翼。


 岩のような鱗。


 鋭い爪。


 そして、牙の並んだ大きな口。


「グルルルル……」


 ワイバーンが冷たい瞳で俺たちを見つめる。


 一歩。


 また一歩。


 二本の脚で、ゆっくりと近づいてくる。


 どうやら、俺たちを獲物として認識したらしい。


「…………」


 すー。


 はー。


 すー。


 はー。


 背後から、リゼットの深呼吸が聞こえる。


 俺はワイバーンから目を離さない。


 その姿を見ているうちに――。


 ふと、昔の記憶が蘇った。


 《疾風の刃》の仲間たちと、ドラゴンに挑んだ日のことだ。


 前衛に立つ、俺とアイリス。


 そして前方には、巨大なドラゴン。


 あいつも、こんなふうに悠々と俺たちを睨みつけていた。


「…………」


 そういえば。


 あのときのドラゴン――。


 俺をまったく怖がっていなかったな。


「…………」


 そこで、気づいた。


 そうか。


 鹿や猪とは違う。


 こいつは、俺を見ても怯えていない。


「グルルルル……」


 ワイバーンは俺を見据えたまま、さらに一歩近づいてくる。


 俺の《見掛け倒し》が――。


 効かない。


「…………」


 その事実に気づいた瞬間。


 身体が小刻みに震え始めた。


 これは――。


 非常にまずいのではないか。


 逃げなければ。


 頭ではそう思う。


 だが。


 背中には、リゼットがいる。


 ここで俺が背中を見せれば、リゼットともども襲われる。


 動くわけにはいかない。


「…………」


 額から汗が流れる。


 手のひらが汗で濡れる。


 大剣を握る手が震える。


 怖い。


 ものすごく怖い。


「グオオオオオオッ!」


「!」


 ワイバーンが咆哮した。


 そして――。


 大地を蹴った。


 速い。


「…………!」


 ああ。


 もう――。


 だめだ。


 刹那。


「《極大火球》!」


 辺り一帯が、焼けるような熱波に包まれた。


 俺のすぐ横を――。


 巨大な炎の塊が、空気を焼き、轟々とうなりを上げながら俺のすぐ横を駆け抜ける。

 

 火球などという言葉では足りない。


 まるで燃え盛る岩山だ。


 それが一直線に飛び――。


 ドオオオオオンッ!


 ワイバーンに直撃した。


「…………!」


 巨体が吹き飛ぶ。


 地面を何度も転がり、岩へ激突した。


 黒煙が上がる。


 全身を炎に包まれたワイバーンは、そのままぴくりとも動かなくなった。


「…………」


 俺は呆然と、その光景を見つめた。


 この魔法。


 知っている。


 以前、見たことがある。


 《疾風の刃》の大魔術師モルゾフ。


 あの人が、本気の戦いで使っていた魔法だ。


「…………」


 それを、この十六歳の少女が――。


 そのとき。


「グオオオオオオッ!」


「!」


 頭上から咆哮が響いた。


 見上げる。


 別のワイバーンが、翼を畳んで急降下してきていた。


 一直線に――。


 俺たちへ向かって。


「あ」


 思わず、間抜けな声が出た。


 速い。


 もう目の前――。


「《極大火球》!」


 ゴオオオッ!


 今度は俺の頭上を、巨大な火球が轟音と熱風を引き連れて駆け抜けた。


 そして――。


 急降下してきたワイバーンへ、寸分違わず直撃する。


 ドオオオオオンッ!


 空中で炎が弾けた。


 ワイバーンが燃える塊となって墜落する。


 ズズンッ!


 地面が揺れた。


「…………」


 二体目。


 それも、ぴくりとも動かない。


 上空を飛んでいた残りのワイバーンたちが、騒がしく羽ばたき始める。


 そして、一体、また一体と旋回をやめ――。


 遠くの空へ飛び去っていった。


「…………」


 静かになった。


 俺はしばらく、その場から動けなかった。


 やがて。


「ガルド」


「…………ん?」


 振り返る。


 リゼットが杖を構えたまま立っていた。


「はぁ……はぁ……」


 肩で大きく息をしている。


 杖を握る手も、まだ少し震えていた。


 だが――。


 その目だけは、きらきらと輝いていた。


「やったわ」


「ああ」


「わたし……」


 リゼットが倒れたワイバーンを見る。


 そして、俺を見る。


「わたし、やったわ!」


「ああ。見事だった」


「ふふっ」


 リゼットが嬉しそうに笑う。


「ガルド」


「なんだ?」


「あなたが前に立っていてくれたら、わたし――」


 一度、空を見上げた。


 先ほどまでワイバーンたちが飛んでいた青空。


 そして再び、俺を見る。


「ワイバーンにだって、ドラゴンにだって、負ける気がしないわ」


「…………」


 リゼットはそう言って、にかっと笑った。


 まだ肩は少し震えている。


 それでも。


 その顔は、とても嬉しそうだった。

 

◇


「この首を持って帰るというのか?」


「そうよ。討伐した証拠は必要でしょう?」


 リゼットは当然のように言った。


「いいから、切り取って」


「……分かった」


 俺は真っ黒になったワイバーンの首に大剣を振り下ろした。


 ガンッ!


「…………」


 硬い。


 もう一度。


 ガンッ!


 さらにもう一度。


 何度も剣を振り下ろし、ようやく首を胴体から切り離した。


 焦げたような臭いが、辺りに漂う。


「…………でかいな」


 頭だけでも、ほとんどリゼットと同じくらいの大きさがある。


 俺は首を縄で縛り、そのまま引きずって運ぶことにした。


 ズルズルズル。


「本当なら、一体丸ごと持って帰りたいんだけど」


 前を歩き始めたリゼットが、残念そうに振り返った。


「ワイバーンなんて、鱗も爪も牙も、全部いい素材になるのよ」


「全部は無理だ」


「分かってるわよ」


 俺はワイバーンの生首を引きずりながら、その後を追った。


◇


 帰り道では、不思議なほど魔物に遭遇しなかった。


「…………」


 まあ。


 ワイバーンの生首を引きずる大男に、わざわざ近づこうとする魔物もいないか。


◇


 その日の野営地も、昨晩と同じ池のほとりにした。


 焚き火を起こし、簡単な夕食を取る。


 向かいに座るリゼットは、ずっと上機嫌だった。


「ねえ、ガルド。この生首、剥製にできるかしら?」

「学院に飾るのもいいわね。でも、その前に生徒たちにお披露目しなきゃ」

「ワイバーン二体よ? 二体。わたしの武勇伝も聞かせてあげないと」


 昨日、鹿ロード一匹を前に泣いていた少女とは思えない。


「わたし、冒険者登録しようかしら。副業にちょうどいいじゃない。」


「そうか」


「それでね、学院長にも報告して――」


「うん」


 すっかり饒舌になったリゼットの話を聞きながら、俺はふと周囲を見渡した。


 月明かりが森を青白く照らしている。

 焚き火の向こうでは、小柄な少女が身振り手振りを交えながら、楽しそうに話している。


 見上げれば、満天の星。


 遠くからは、滝が水面を打つ音が静かに聞こえてくる。


 幻想的な情景だった。


 俺は、そんな景色を眺めながら、リゼットの話を聞き続けた。


◇


 やがて夜も更けた。


「ふわぁ……」


 リゼットが大きなあくびをする。


「今日は疲れたわ。もう寝る」


「ああ」


 リゼットは立ち上がると、広場の中央に毛布を敷き始めた。


 俺は少し離れたところで、自分の寝床を作ろうとする。


「ガルド」


「ん?」


「なにしてるの?」


「寝る準備だが」


「こっちよ」


「…………?」


 リゼットが自分の隣を指差している。


「あなたも毛布を持ってきなさい」


「ああ」


 言われるまま、自分の毛布を持っていく。


 リゼットの隣に敷いた。


「さて」


 リゼットが荷物から、昨日も使っていた白い粉を取り出す。


 そして地面に、さらさらと魔法陣を描き始めた。


「…………ん?」


 俺はその様子を眺める。


 昨日より、ずいぶん大きい。


 リゼットの周囲だけではない。


 俺の毛布の外側まで、白い線が伸びていく。


 やがて――。


 二人をすっぽり囲む、半径二メートルほどの魔法陣が完成した。


「よし」


 リゼットが満足そうに立ち上がる。


「いいこと?」


「なんだ?」


「夜中に寝ぼけて、この線を踏んじゃ駄目よ」


 足元の白い線を指差す。


「丸焦げになるわよ」


「…………」


 相変わらず恐ろしい魔法陣だ。


「ああ。分かった」


 俺は自分の毛布を見る。


 その周囲をぐるりと囲む白い線。


「…………」


 昨日は、この線の外だった。


 今日は、中にいる。


「ああ、いや……」


「なに?」


「俺も、この中にいていいのか?」


「当たり前じゃない」


 リゼットは何を言っているの、とでも言いたげに俺を見る。


「仲間なんだから」


「…………」


 そして、さっさと毛布に潜り込んだ。


「じゃ、おやすみ」


「ああ。おやすみ」


 ほどなくして、小さな寝息が聞こえ始めた。


「…………」


 俺はもう一度、自分の足元に引かれた白い線を見る。


 昨日は、この線の外だった。


 今日は、中にいる。


「…………」


 どうやら俺は――。


 獣から人間に昇格したらしい。

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