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見掛け倒しの無能戦士、追放されたので大好きな絵を描いて暮らします ~ところで、お前たち、なぜ俺についてくる?~  作者: しばたろう


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12 無能戦士、天才魔術師を絵に描く

 朝日の光で、俺は目を覚ました。


「…………朝か」


 明け方までは見張っていたのだが、その後、少し眠ってしまったらしい。


 見ると、俺の身体にはきっちりと毛布が掛けられていた。


「…………」


 リゼットが掛けてくれたのだろうか。


 その本人の姿がない。


「リゼット?」


 俺は辺りを見回した。


 焚き火はほとんど消えている。


 昨夜、リゼットが描いた獣避けの魔法陣も、綺麗に消されていた。


 だが、どこにも姿がない。


「どこに行った?」


 そのとき。


 パシャ。


「ん?」


 遠くから水音が聞こえた。


 池の方だ。


 パシャ、パシャ。


「…………」


 何かいる。


 俺は念のため大剣を手に取り、音を立てないよう池へ向かった。


 近づくにつれ、水音がはっきりしてくる。


 茂みの陰から、そっと池の様子を窺った。


「…………」


 池の中に、人影があった。


 リゼットだ。


 どうやら水浴びをしているらしい。


「…………!」


 まずい。


 俺はすぐに目を逸らし、その場を離れようとした。


 そのときだった。


 朝日が、前方の滝を照らした。


「…………」


 思わず足が止まった。


 青々とした木々に覆われた崖。


 そこから流れ落ちる滝が朝日を受け、きらきらと輝いている。


 水面に弾ける白い飛沫。


 透明な水にも無数の光が反射していた。


 そして、その雄大な景色の中にぽつんと佇む、小さな人影。


「…………」


 綺麗だ。


 純粋に、そう思った。


 まるで最初から、一枚の絵として切り取られるために存在しているような風景だった。


 この景色を――。


 絵にしたい。


 気づけば、俺はもう一度その景色を目に焼き付けようとしていた。


 そのとき。


 パキッ。


「…………」


 足元で枝が折れた。


「…………」


 リゼットが振り返った。


 目が合う。


「…………」


「…………」


 一瞬の沈黙。


 リゼットが、ざぶんと肩まで水に沈んだ。


「ガルド……?」


「すまん!」


 俺は身を翻した。


「《火球》!」


「うおおおっ!?」


 火球が俺の右側を通過する。


 ドンッ!


 前方の木に激突した。


「待て! 話を――!」


「《火球》!」


「ひぃっ!」


 今度は左。


 ドンッ!


「わざとじゃない!」


「《火球》!」


「聞いてくれえええ!」


 俺は全力で逃げた。


 左右を次々と火球が飛び抜けていく。


 昨日まで魔物を前に一発も撃てなかった女とは思えないほど、見事な連射だった。


◇


「本当にすまなかった」


 俺は地面に頭を下げていた。


 目の前には、着替えを済ませたリゼットが仁王立ちしている。


「わざとじゃなかったんだ。水音がしたから、何かいるのかと思って……」


「…………」


「許してくれ」


「…………」


 長い沈黙。


 やがて。


「……もういいわ」


「本当か?」


「何も言わずに離れたわたしも悪かったんでしょうから」


「すまない」


 俺はようやく顔を上げた。


「…………」


 リゼットと目が合う。


 顔が真っ赤だった。


「…………」


「…………」


 リゼットは、ぷいっと横を向いた。


「お腹が空いたわ」


「ああ」


「ご飯にしましょう」


「そうしよう」


◇


 俺たちは焚き火を起こし直し、並んで朝食を食べていた。


「…………」


「…………」


 気まずい。


 いつもなら何かしら喋っているリゼットも、今日は黙々とパンをかじっている。


 俺も黙って食べた。


「…………」


 だが。


 どうしても、先ほどの風景が頭から離れなかった。


 朝日に輝く滝。


 光を反射する水面。


 深い緑。


 その中にぽつんと佇む人影。


「…………」


 描きたい。


 猛烈に描きたい。


 だが――。


 言ったら、また火球が飛んでくるかもしれない。


「…………」


 それでも。


 この衝動には勝てなかった。


「リゼット」


「なに?」


「怒られるのを承知で、一つお願いがある」


「…………」


 リゼットが警戒するように俺を見る。


「今度はなに?」


「さっきの滝の風景を、絵に描かせてもらえないだろうか」


「…………」


「もちろん、お前の姿は遠景としてだ」


「…………」


「リゼット?」


「変態なの?」


「違う」


 即答した。


 リゼットがさっと俺から距離を取る。


「水浴びを覗いた直後に、その絵を描きたいなんて言い出す人を、他になんて呼べばいいのよ」


「違うんだ」


「何が違うのよ」


「俺が描きたいのは、あの風景なんだ」


「風景?」


「ああ」


 俺は先ほど見た景色を思い浮かべる。


「朝日に照らされた滝と、光を反射する水面。それに周りの緑。その中に人が一人いることで、すごく綺麗な一枚になると思ったんだ」


「…………」


「本当に、それだけだ」


 リゼットが俺の顔をじっと見つめる。


「…………」


「…………」


 長い。


 ものすごく疑われている。


 やがて――。


「……いいわ」


「本当か?」


「ただし、条件が二つある」


「なんだ?」


 リゼットが指を一本立てた。


「一つ。わたしがその絵を気に入らなかったら、その場で破り捨てること」


「分かった」


 二本目。


「気に入ったら、わたしにくれること」


「分かった」


「なら、いいわ」


「ありがとう。恩に着る」


 俺はすぐに荷物から紙と鉛筆を取り出した。


「今から描くの?」


「ああ」


 先ほどの光景は、まだ鮮明に頭の中に残っている。


 俺は紙の上に鉛筆を走らせた。


 まず、崖の輪郭。


 そこから流れ落ちる滝。


 周囲を覆う木々。


 水面。


 朝日の光。


 そして最後に――。


 その景色の中に佇む、小さな人影。


「…………」


 線を足す。


 消す。


 また描く。


 気づけば、隣にリゼットが座っていた。


「…………」


 興味深そうに、俺の手元を覗き込んでいる。


「近くないか?」


「いいから描いて」


「ああ」


 それから一時間ほど。


「…………よし」


 鉛筆を置いた。


「できたの?」


「ああ」


 リゼットがすぐに紙を覗き込む。


「…………」


 黙った。


「どうだ?」


「…………」


「気に入らなかったか?」


「違う」


 リゼットは食い入るように絵を見つめていた。


「すごい……」


「そうか?」


「綺麗……」


 その声には、先ほどまでの疑いなどすっかり消えていた。


 リゼットが絵の中を指差す。


「ねえ。これ……」


 滝と森。


 そして、その雄大な景色の中に小さく描かれた人影。


「これ、わたし?」


「ああ」


「…………」


 リゼットはまた黙って絵を眺める。


「ガルド」


「ん?」


「あんた、こんな才能があったのね」


 どうやら気に入ってくれたらしい。


「俺としても、なかなか上手く描けたと思う」


「…………」


 リゼットが絵を胸元へ引き寄せた。


「気に入ったわ」


 リゼットが俺を見る。


「この絵、わたしに頂戴」


「ああ。約束だからな」


「ありがとう」


 リゼットはもう一度、絵へ目を落とした。


 そして、とても大切なものを扱うように、そっと両手で持った。

 

◇


 俺たちは気を取り直して、再び山道を進み始めた。


「ふんふ~ん♪」


 鼻歌交じりに杖を振りながら、意気揚々と先を歩くリゼット。


 かなり上機嫌だ。


 その後ろを、大量の荷物を背負った俺が黙々とついていく。


 しばらく進んだ、そのとき。


 ガサゴソ。


「ん?」


 茂みが大きく揺れた。


 のそり。


 現れたのは、大きな猪だった。


 ただし、普通の猪ではない。


 俺の腰ほどまである巨体。


 真っ赤な目。


 口元からは鋭い牙が突き出し、低い唸り声を上げている。


 猪の魔物。


 猪ロードだ。


「ブオオオッ!」


 猪ロードが地面を蹴る。


「リゼット!」


 俺はすかさず大剣を抜き、リゼットの前へ出た。


「…………」


 猪ロードと睨み合う。


 後ろ足が、ガッ、ガッ、と地面を蹴る。


 来る。


 そう思った――。


 刹那。


「《火球》!」


 ゴオッ!


「うおっ!」


 俺の横を灼熱の炎が通り抜ける。


 ドンッ!


 猪ロードに直撃した。


「…………」


 黒い煙が上がる。


 猪ロードは、その場に倒れた。


「…………」


 早い。


 俺が剣を抜いてから、ほとんど一瞬だった。


「リゼット」


「なに?」


「もう怖くないのか?」


「怖いわよ」


 リゼットは倒れた猪ロードをちらりと見る。


 そして――。


「でも」


「ん?」


 俺の背中へ視線を向けた。


「ガルドが前にいるなら、撃てるみたい」


 リゼットが杖を肩に担ぐ。


「だから、ちゃんと前にいてね」


「ああ」


 前に立つくらいなら、俺にもできる。


◇


 さらに山道を進む。


 ガサゴソ。


「またか」


 茂みから何かが這い出してきた。


 巨大な芋虫。


 体長二メートル近い、丸太のような身体。


「…………」


 見覚えがある。


 芋虫ロードだ。


「リゼット、下がっていろ」


 俺はすかさず大剣を抜き、リゼットの前へ出た。


 そして――。


「…………」


 はたと気づいた。


 こいつには。


 俺の威嚇が効かない。


 以前、同じ魔物と遭遇したときは、俺の見掛け倒しなど完全に無視して襲いかかってきた。


 あのときは取っ組み合いになって――。


「まず――」


「《火球》!」


 ドンッ!


「…………」


 芋虫ロードが吹き飛んだ。


 ごろごろと地面を転がり、そのまま動かなくなる。


「…………」


「どうしたの?」


「いや」


 俺は大剣を鞘へ戻した。


「ガルド。行くわよ」


「ああ」


 俺は再び、大量の荷物を背負った。


◇


 それからも、何度か魔物と遭遇した。


 そのたびに俺が前へ出る。


 そして――。


「《火球》!」


 ドンッ!


 終わる。


 また現れる。


 俺が前へ出る。


「《火球》!」


 ドンッ!


 終わる。


「ふふん」


 リゼットはすっかり調子を取り戻していた。


 いや。


 絶好調と言っていいだろう。


 俺という壁が一枚あるだけで、あれほど怯えていたのが嘘のようだ。


 元々、魔術の腕だけなら一級品なのだ。


 撃てさえすれば、そこらの魔物など相手にならない。


 そうして次々と魔物を蹴散らしながら、俺たちは山を登っていった。

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