第七十六話 鬼面の鉢金(第二章完結)
ヴィヴィたちが鈴の都へ入った日の夜。
鷹継は、城の一室へサイゾウを呼び出していた。
机を挟んで向かい合う二人の間には、酒も料理も置かれていない。
「ヴィオレッタ・ヴァレンシュタイン。いや、《悪姫》ヴィヴィと呼ぶ方がよいか」
鷹継が尋ねる。
「彼女はどうであった?」
「どう、とは?」
「剣の腕、指揮官としての能力、その人となり。そなたが見たものを、すべて話せ」
サイゾウの顔から、普段の軽薄な笑みが消えた。
「剣の腕は一流です。ヴァルグラムと渡り合ったんも、魔法の力だけやありません。相手の足運びや癖を見て、すぐに剣筋を変える。正面から戦うこともできますが、本領は何でもありの殺し合いでしょうな」
「そなたと比べて、どちらが強い」
「条件次第です」
「便利な言葉だな」
「正面から刀を交えるなら、ワシにも勝ち目はあります。せやけど、戦場で敵として遭うたなら、二度と顔を合わせんうちに殺されとるかもしれません」
鷹継が僅かに目を細める。
「そこまでか」
「あの人は、自分が強いからいうて、すぐに剣を抜いたりはしません。敵の兵を減らし、噂で不安を煽り、馬を弱らせ、戦う場所まで選ぶ。本人が剣を抜く頃には、勝つための策の大半が終わっとります」
「指揮官としても優秀ということだな」
「兵を動かすだけやありません。敵が何を考え、どの手を選ぶかを読むのが上手い。ヴァルグラムが並の将軍やったら、もっと早く決着しとったでしょう」
「弱点は」
サイゾウは少し考えてから答えた。
「自分を使うことに躊躇がない。部下には無理をさせんくせに、自分は一番危険な役目を平気で引き受けます。今回も、ヴァルグラムを引きつけるため、自分から斬り合いに行きました」
「いずれ、それが命取りになるか」
「その前に、止める者を置ければええんですけどな」
「性格はどうだ」
「警戒心が強うて、他人を簡単には信用しません。敵には容赦がなく、必要とあれば汚い手も平然と使う」
サイゾウはそこで言葉を切った。
「あれで、人情に厚いところがあります。こちらから協力を惜しまなければ、まず間違いなく裏切りません」
「まず間違いなく、か」
「絶対などと言う忍は、長生きできませんので」
鷹継の口元に笑みが浮かぶ。
「倭国へ害をなす可能性は」
「こちらから敵に回さん限りは、低いでしょう。ただし、利用した末に切り捨てようとすれば、話は別です。こっちが動くより先に意図を見抜いて、二度と立ち上がれんように潰しに来ます」
「受けた恩も、受けた仇も忘れぬか」
「そういう人です」
鷹継は腕を組み、しばらく目を閉じた。
やがて決断を下すと、迷いのない目でサイゾウを見る。
「ならば、最大の謝辞をもって礼を尽くそう」
♢
翌朝、私たちは城の大広間へ呼び出された。
正面の一段高い場所には、鷹継が座っている。
左右には玄斎と庵。その下には、倭国の重臣たちが並んでいた。
七都市同盟から集められた特殊部隊の者たちも、部隊ごとに整列している。
モカだけは大広間へ入れなかった。
扉より身体が大きいのだから仕方がない。
今頃は中庭で、リリたちと待っているはずだ。
「面を上げよ」
鷹継の声が大広間へ響く。
「此度の王国軍による侵攻は、倭国だけの力で退けたものではない。七都市同盟より馳せ参じた者たち。そして敵地へ入り、情報を集め続けた《忍》の働きがあってこその勝利である」
鷹継が立ち上がる。
「国主として、皆に礼を申す」
一国の主が、私たちへ深く頭を下げた。
それに続き、重臣たちも一斉に頭を下げる。
広間に並ぶ特殊部隊の者たちが、戸惑ったように互いの顔を見た。
私も少し驚いた。
国主という立場にありながら、他国の兵へ頭を下げるのは簡単なことではない。
「各々への褒賞については、既に七都市同盟へ使者を送ってある。倭国からの謝礼も、帰還の際に渡そう」
鷹継は顔を上げると、こちらへ目を向けた。
「ヴィヴィ殿。前へ」
私だけ?
嫌な予感を覚えながら、鷹継の前まで進む。
近くに控えていたサイゾウが、細長い木箱を運んできた。
「此度の策を立て、各部隊をまとめ、王国軍を退ける道筋を作った最大の功労者は、そなただ」
「私一人で成し遂げたことではないわ」
「分かっておる。だが、誰もが同じ働きをしたと言えば、それもまた功を立てた者への侮辱となろう」
返す言葉が見つからなかった。
鷹継が木箱の蓋を開ける。
中に収められていたのは、黒鉄で作られた額当てだった。
額の左右から、細く鋭い二本の角が伸びている。
「《鬼面の鉢金》だ」
鷹継が、それを両手で持ち上げた。
「倭国に大きな功績を残し、力と知恵を認められた者だけに授けられる。二千年を超える倭国の歴史においても、これを授かった者は僅かしかおらぬ」
広間が僅かにざわめく。
「他国の者へ授けるのは、そなたが初めてだ。受け取ってくれるか」
ここまで言われて断れば、国主の顔を潰すことになる。
何より、戦場で使えそうな品だ。
「ありがたく頂くわ」
片膝をつくと、鷹継が鉢金を私の額へ着けた。
二本の角が視界の上へ僅かに覗く。
見た目ほど重くはない。頭を振ってもずれず、締めつけも感じなかった。
「なかなか似合うとりますな」
隣で、サイゾウが笑っている。
「褒められている気がしないわね」
「褒めてますがな。鬼のようなあんさんには、よう似合いますわ」
サイゾウが鉢金の側面を指差した。
「そこにある突起へ触れてみてください」
「これ?」
指で押し込む。
カチリ、と小さな音がした。
次の瞬間、鉢金の内側から黒い金属板が滑り出した。
カシャッ!
幾つもの部品が連動し、折り畳まれていた面が瞬時に展開する。
額から鼻先までを、黒い鬼の面が覆った。
目の周りまで覆われているのに、視界は狭くならない。
むしろ、周囲の輪郭が先ほどより鮮明に見えた。
「倭国のカラクリ職人と魔法師が作った品です。その鬼面が下りとる間は、幻視、幻惑、魅了といった精神へ干渉する魔法を防いでくれます」
「随分と高価そうね」
「値段をつけられる品ではないな」
鷹継が答える。
もう一度側面へ触れる。
カシャッ!
鬼面が折り畳まれ、額当ての中へ収まった。
面白い。
何度か動かしてみたくなるが、重臣たちの前で遊ぶのはやめておこう。
「それと、もう一つある」
鷹継が大広間の扉を見る。
「中庭へ参ろう。そなたの相棒にも、礼をせねばならぬ」
♢
中庭へ出ると、モカは芝生の上で横になっていた。
頭の上では、リリが昼寝をしている。
シャルたちは尻尾へ抱きつき、一緒になって揺れていた。
「モカ」
私が呼ぶと、片目だけを開ける。
「グルゥ?」
サイゾウの部下たちが、大きな布に包まれた品を運んできた。
布を外すと現れたのは、白銀の額当てだった。
中央には、後ろへ反るような黒い角が一本伸びている。
モカが起き上がり、鼻先を近づけた。
「お前にも褒美だそうよ」
「グルルル……」
警戒している。
昨日、身体を洗うために追い回したことを、まだ根に持っているらしい。
リリたちが宥め、五人がかりで額当てを装着する。
白い毛に、白銀の装具と黒い一角。
モカが顔を上げると、中庭にいた兵たちが息を呑んだ。
「ほう。まさしく羅刹だな」
鷹継が満足そうに頷く。
「本人は気に入ったのかしら」
モカは頭を左右へ振った。
だが、額当ては外れない。
今度は前脚で角へ触れようとしたが、届かなかった。
「グルァッ!」
その場で何度も回り始める。
角を追いかける犬のような動きだった。
周囲の兵たちが、必死に笑いを堪えている。
「笑えば噛まれるわよ」
全員の顔から笑みが消えた。
モカはしばらく格闘したあと、諦めたように地面へ伏せた。
その一角へ、リリが腰を下ろす。
「リリの椅子なのです!」
「そういう物ではないと思うけど」
♢
その日の午後、特殊部隊の解散が正式に告げられた。
各小隊は倭国から受け取った謝礼と物資を荷馬車へ積み、それぞれの都市へ帰っていく。
シャル、シル、シュル、シェルも、自分が所属する小隊と共に出発した。
「また遊ぶのー!」
「モカも元気でねー!」
「次はお風呂に入るのー!」
「ごしごしするのー!」
「グルルルル……」
最後の言葉だけは理解したらしい。
モカが牙を見せると、四人は笑いながら飛び去っていった。
サイゾウたちは、しばらく倭国へ残るという。
「王国ん中に置いとる店や連絡網を、整理せなあきませんので」
「サイゾウさまー、置いていきますよー?」
月夜の声が飛んでくる。
「ほな、また!」
サイゾウは慌てて走り去っていった。
私たちも鈴の都を出る。
向かう先は、自由都市トラペジア。
随分と長く離れていたが、ようやく帰れる。
城門を抜けると、大勢の人々が街道の両側へ集まっていた。
「悪姫羅刹!」
「倭国を救った悪姫羅刹だ!」
歓声に応え、モカが一角を掲げて吠える。
「グルァァァァッ!」
リリがその頭上で両手を振っていた。
私は額の鉢金へ触れる。
カチリ。
カシャッ!
黒い鬼面が、顔の半分を覆う。
歓声が一段と大きくなった。
国外へ追放された悪役令嬢。
国を救った悪姫羅刹。
人は私を、好き勝手な名で呼ぶ。
悪姫と呼ぶなら、それでいい。
私は王国にとっての悪姫となって、必ず報いを与えよう。
第二章・了
ここまで読んで頂き、ありがとうございました!
「続きが読みたい!」「面白かった!」と思っていただけたら、
ページ下部にある**【★★★★★】評価や【ブックマーク】、【いいね】**を押していただけると更新の励みになります!
特に★評価とブックマークは作品のランキングに直結するため、応援していただけると本当に嬉しいです!




