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元傭兵のおっさん。追放された悪役令嬢に転生したので、もっと悪逆非道に生きてみた~物語は語られない所でも動いている~  作者: ななよん
第2章 遠征編

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第七十五話 鈴の都へ

※毎朝4:00頃に投稿中!

挿絵(By みてみん)

 王国軍への追撃は、国境の手前で終わった。


 最後尾を守るヴァルグラムの部隊が王国側へ退いたのを確認すると、鷹継は右手を上げた。


「全軍、止まれ! これより先へは一歩も入るな!」


 号令を受け、倭国兵たちが一斉に足を止める。


 国境の向こうでは、王国軍が隊列を整えながら遠ざかっていく。


 こちらへ背を向けてはいるが、敗走する軍の動きではない。


 最後尾を守る兵たちは盾を構えたまま、一定の速度で後退していた。


 追えば、まだ削れる。


 だが、欲を出せば反撃を受けるだろう。


 ヴァルグラムも、こちらが国境を越えるかどうかを見ているはずだ。


「弓を下ろせ!」


 鷹継の命令で、倭国兵たちが構えていた弓を下ろした。


 しばらくすると、王国軍の姿は街道の先へ消えていった。


 倭国へ攻め込んだ三万の軍勢は、多くの兵と兵糧を失い、目的を果たせないまま王国へ撤退した。


 倭国軍の中から、歓声が上がる。


「勝ったぞ!」


「王国軍を追い返した!」


「我らの勝利だ!」


 一人が叫ぶと、それに呼応するように声が広がっていった。


 兵たちは互いの肩を叩き、弓を掲げる。


 地面へ座り込み、天を仰いでいる者もいた。


 国境を越えた王国軍が、再び引き返してくる様子はない。


 少なくとも、今回の遠征は終わった。


「ヴィヴィはん!」


 聞き覚えのある声に振り向く。


 サイゾウが両腕を大きく振りながら、こちらへ走ってきていた。


「やりましたなあ! 王国軍が尻尾を巻いて逃げていきよったで!」


「そうね。予定通りの結果ね」


「もうちょい一緒に喜んでもええんと違います?」


「喜んでいるわよ。これでもね」


 誰も死なずに済んだ。


 重傷者は三人いるが、フィナの診立てでは命に別状はないらしい。


 それだけでも十分な成果だ。


 もっとも、戦いがすべて終わったわけではない。


 ヴァルグラムは生きている。


 兵糧の多くを失い、馬も限界を迎えていたから退いただけだ。


 次に戦うときは、今回と同じ手は通用しないだろう。


「どうかしたんか?」


「別に。あの黒い将軍は厄介だったと思っていただけよ」


「そら、ヴァルグラムいうたら王国でも有名な将軍や。あれと斬り合って無傷なんやから、ヴィヴィはんの方がよっぽど厄介やと思いますけどな」


「褒め言葉として受け取っておくわ」


 ヴァルグラムとの斬り合いを思い出す。


 大剣を軽々と振り回す膂力だけではない。


 速さも、技術も、戦場での判断力も高かった。


 策を潰すために引きつけた相手だったのに、私も少し楽しんでいた。


 もう一度戦いたい。


 そう思ってしまった時点で、私も人のことは言えないか。


「ヴィヴィ殿」


 鷹継が数人の兵を連れて歩いてきた。


 間近で見ると、随分と大きい。


 年齢は三十前後だろう。国主と聞いていたから、もっと近寄り難い男を想像していた。


 燃える村へ向けて嬉々として火矢を放っていた姿しか見ていないので、威厳より先に物騒という印象が浮かぶ。


「このたびの助力、倭国国主として礼を申す。そなたたちがおらねば、我が軍にも少なくない被害が出ておっただろう」


「私たちは七都市同盟から依頼を受けて動いただけよ。礼なら、そちらへ伝えてちょうだい」


「それでも、命を懸けて戦ったのはそなたたちだ。礼を言われておけ」


「そういうことなら、遠慮なく」


 鷹継が豪快に笑う。


「話に聞いておったとおり、面白い娘だな」


「サイゾウから、どんな話を聞いたのかしら」


 私が横を見ると、サイゾウがそっと視線を逸らした。


「そない怖い顔で見んといてください。ほんのちょびっと、脚色しただけですやん」


「あとで詳しく聞かせてもらうわ」


「ほら、鷹継はん。まだ戦後の仕事が残っとりますやろ。はよ行きまひょ」


「わしを盾に使うでない」


 逃げようとしたサイゾウの首根っこを、月夜が掴んだ。


「どこへ行くつもりですか」


「国主様のお手伝いを――」


「私たちには、撤収の準備があります」


 反対側へ逃げようとしたところを、今度は睦月に塞がれる。


「負傷者の搬送。武器と物資の確認。各部隊からの報告も集めなければなりません」


「勝ったあとくらい、ゆっくり喜ばせてくれてもええやろ……」


「働きながら喜んでください」


「鬼や……」


 両側から引きずられていくサイゾウを見送り、鷹継が唸る。


「妻とは、あのように頼もしい者がよいのかもしれぬな」


「本人たちに言ってみたら?」


「なぜだろうな。死地へ向かうより恐ろしく感じる」


 戦場へ自ら出てくる男が、何を言っているのだろう。


             ♢


 王国軍が国境を越えたという知らせは、すぐに周辺の村々へ届けられた。


 山や森へ避難していた村人たちも、少しずつ戻り始める。


 焼けた村では、倭国兵が倒壊した家屋を片づけ、井戸や馬房に異常がないかを調べていた。


 私たちも、撤収前に村の復旧を手伝うことになった。


「元はと言えば、私たちが燃やした村だものね」


「正確には、鷹継様の命令で倭国軍が燃やした村ですけどね」


 瓦礫を運びながら、フィナが言う。


「そうとも言うわね」


「村人の前では言わないでくださいよ」


 幸い、すべての家屋が焼けたわけではない。


 火の回りが早かった場所も、王国兵が消火のために用意していた水のお陰で、延焼を免れた家がいくつもあった。


 村人たちは家を焼かれたというのに、私たちを責めなかった。


 むしろ、王国軍を追い返してくれたと、何度も頭を下げてくる。


 用意していた干し肉や野菜まで差し出された。


 受け取るわけにはいかないと断ったのだが、鷹継が笑いながら受け取り、その場で兵と村人へ配ってしまった。


 村人にとっては、断られるより、その方がよかったらしい。


 夕方には村の広場へ鍋が並び、小さな宴が始まっていた。


 その少し離れた場所では、別の戦いが起きている。


「モカ、いい加減に諦めなさい」


「グルルルル……」


 水桶を前にしたモカが、全身の毛を逆立てていた。


 白い毛には返り血と泥がこびりついている。


 このまま連れて歩けば、魔獣ではなく血まみれの化け物だ。


「リリ、そっちを押さえて」


「分かったのです!」


「シャルたちは後ろへ回って」


「「「「はーい!」」」」


 妖精たちがモカの周囲を取り囲む。


 逃げ道が塞がれたと悟ったモカが、じりじりと後退した。


「グルゥ……」


「そんな悲しそうな顔をしても駄目よ」


 私が一歩近づく。


 モカが一歩下がる。


 さらに近づくと、モカが勢いよく身を翻した。


「今よ!」


 妖精たちが一斉に飛びかかる。


「洗浄開始なのです!」


「背中を押さえるのー!」


「尻尾が逃げるー!」


「お水をかけるよー!」


「ごしごしするー!」


「グルァァァァッ!」


 モカの咆哮が村中へ響き渡った。


 近くにいた兵たちが反射的に武器へ手を伸ばす。


 だが、水桶から逃げ回るモカの姿を見ると、誰もが静かに手を離した。


「あれが、昨夜は王国兵を薙ぎ倒していた魔獣なのか……」


「血まみれで馬房の屋根を突き破ったときは、羅刹かと思ったぞ」


「今は風呂から逃げる猫だな」


 兵たちの会話が聞こえたのか、モカが低く唸る。


 三人は慌てて顔を背けた。


「おい。羅刹だけではないぞ」


 別の兵が、こちらを見ながら声を潜める。


「炎の中に立つヴィヴィ殿を見たか? まるで悪姫だった」


「その悪姫の傍らに、血に濡れた羅刹か」


「悪姫羅刹……」


「ぴったりだな」


 何やら不穏な呼び名が生まれていた。


 私は聞かなかったことにして、逃げるモカへ水を浴びせる。


             ♢


 翌朝。


 倭国軍は、鈴の都へ向けて出発した。


 負傷者は荷馬車へ乗せられ、私たちも鷹継の部隊と共に街道を進む。


 王国軍が撤退したという知らせは、既に各地へ届いているらしい。


 立ち寄った町や村では、大勢の人々が街道沿いへ集まっていた。


「鷹継様!」


「お帰りなさいませ!」


「倭国万歳!」


 鷹継が馬上から手を上げると、大きな歓声が返ってくる。


 さすがは国主だ。


 民からの人気も高いらしい。


「悪姫羅刹様だ!」


 誰かが叫んだ。


 嫌な予感がした。


「王国軍を追い返した、悪姫羅刹様だぞ!」


「おお、あの方が!」


「隣に白い羅刹もいるぞ!」


 歓声が、私とモカへ向けられる。


「随分と早く広まったわね」


 隣を歩くガイルへ言うと、彼は無言で視線を逸らした。


「ガイル?」


「俺ではない」


「まだ何も聞いていないけど」


「俺ではない」


 二度言った。


 怪しい。


 モカは自分が羅刹と呼ばれていることなど分からず、沿道の子供たちへ得意げに胸を張っている。


 綺麗に洗われた白い毛が、朝日を反射して輝いていた。


 あれでは、羅刹というより大きな猫だ。


「ヴィヴィ殿!」


 隊列の前方から、鷹継が呼んだ。


「鈴の都までは、あと半日ほどだ。城へ着いたら、改めて宴を開くぞ!」


「昨日も宴をしていたでしょう」


「あれは村の宴だ。次は国主として、そなたたちをもてなす」


「断ったら?」


「城まで連れていく」


「国主が客を連行するの?」


「わしに恥をかかせるでない!」


 笑い声が周囲に広がった。


 やがて街道の先に、高い城壁が見えてくる。


 その向こうには、幾重にも反り返った屋根を持つ大きな城が建っていた。


 倭国の首都、《鈴の都》。


 城門前には、帰還する軍を迎えるため、大勢の民が集まっている。


 鳴り響く鐘。


 空へ舞い上がる無数の花びら。


 そして、誰からともなく始まった声が、瞬く間に城壁の前を埋め尽くした。


「悪姫羅刹!」


「悪姫羅刹!」


「悪姫羅刹!」


 私とモカを一組にした妙な呼び名が、鈴の都へ轟いている。


 モカが人々の声に応えるように、大きく吠えた。


「グルァァァァッ!」


 歓声が、さらに大きくなる。


 今さら違うと言っても、もう遅いだろう。


 私は小さく息を吐き、鈴の都の城門を見上げた。


第七十五話・了

ここまで読んで頂き、ありがとうございました!次の話で第二章完結になります。その後最終章である第三章に入ることになります。


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