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第4話 侵入者

カクヨムでは1話先行して公開中

https://kakuyomu.jp/works/11054822663715888245


毎日7時と20時に投稿予定

 ルクスは、グラウスの隣に立っていた。


 目には何も映らない。


 それでも、洞窟の外にいる人間たちの位置は分かる。


 一人は正面。


 右手に剣を持っている。


 一人は左側。


 杖を握り、魔力を集めている。


 もう一人は岩陰に隠れ、弓を構えていた。


 そして最後の一人は――。


「後ろ」


 ルクスが呟いた。


 グラウスの翼が、瞬時に翻る。


 直後、洞窟の天井から何かが落ちてきた。


 金属の刃が、グラウスの翼を狙って振り下ろされる。


 グラウスは翼で刃を弾き飛ばした。


 男の体が吹き飛び、洞窟の壁に激突する。


「なっ……!」


「四人ではない。五人いる」


 ルクスは言った。


 グラウスが低く唸る。


「よく見ている」


「見てない。感じてる」


「今はどちらでもよい」


 グラウスが一歩前へ出た。


 その足音だけで、洞窟の床に細かな亀裂が走る。


「人間どもよ。ここは我が住処だ。何の許しがあって踏み込んだ」


 洞窟の外から、男が叫んだ。


「古竜グラウス! 貴様の首には王国から賞金がかかっている!」


「王国?」


「抵抗しなければ、そこの子どもも傷つけずに連れていく!」


 ルクスは、男たちの魔力の揺らぎを感じ取った。


 言葉と力の流れが合っていない。


 剣を持つ男の魔力は、ルクスへ向いている。


 杖を持つ女の魔力も、グラウスではなくルクスの周囲を探っている。


 弓を持つ男は、グラウスの翼ではなく、ルクスの頭を狙っていた。


「嘘」


 ルクスが言った。


「全員、僕を狙ってる」


 グラウスの気配が、一瞬で変わった。


 空気が震える。


 洞窟の奥から、恐ろしいほど濃い魔力が押し寄せてきた。


「なるほど」


 グラウスは静かに言った。


「私ではなく、この子が目的か」


「黙れ、化け物!」


 男が剣を振り上げる。


 同時に、杖を持った女が呪文を唱え始めた。


 魔力が集まる。


 空気が乾く。


 火の魔法だ。


 ルクスには、魔法の形が見えていた。


 女の胸元から右腕へ流れ、杖の先端で渦を巻いている。


 だが、魔力の流れが不安定だった。


 無理に押し込んでいる。


 このまま放てば、炎はまっすぐ飛ばない。


「グラウス。右の女、魔法が暴れる」


「分かった」


 グラウスが口を開いた。


 炎が放たれる。


 女の魔法とぶつかり、洞窟の入口が爆発した。


 熱風が押し寄せる。


 ルクスは吹き飛ばされそうになったが、足を踏ん張った。


 背後には壁がある。


 逃げる場所はない。


 爆発の中から、剣を持った男が飛び込んできた。


「死ね!」


 剣が振り下ろされる。


 ルクスは、剣の動きを見ていなかった。


 剣が動く前に生じた空気の揺れを読んでいた。


 右肩が動く。


 腰が沈む。


 魔力が腕へ流れる。


 次に来るのは、斜め上からの斬撃。


 ルクスは一歩、前へ出た。


 剣が背中をかすめる。


 男の息が乱れた。


「なぜ避けられる!」


 ルクスは答えなかった。


 男の足元へ棒を突き出す。


 狙ったのは足ではない。


 地面と男の体を繋いでいる、魔力の流れだった。


 棒が触れた瞬間、男の重心が崩れる。


「う、うわっ!」


 男は前のめりに倒れた。


 ルクスは剣を拾おうと手を伸ばす。


 だが、その手を弓矢が狙っていた。


「ルクス!」


 グラウスの声が響く。


 矢が放たれた。


 ルクスには、その矢の軌道が分かった。


 まっすぐではない。


 風の魔法で、途中から曲がる。


 左へ避ければ、矢も曲がる。


 右へ避ければ、洞窟の壁に当たる。


 ならば――。


 ルクスは、その場にしゃがみ込んだ。


 矢が頭上を通り過ぎる。


 同時に、ルクスは棒を投げた。


 棒は弓を持つ男の腕に当たった。


「ぐっ!」


 弓が落ちる。


 グラウスが翼を振った。


 風の塊が洞窟の外へ走り、人間たちをまとめて吹き飛ばす。


 木々が折れ、土が舞い上がった。


 森に静けさが戻る。


 ルクスは荒く息を吐いた。


 頬の傷から、血が流れている。


「ルクス!」


 グラウスが駆け寄ってきた。


 大きな手が、ルクスの体を持ち上げる。


「怪我は?」


「頬だけ」


「痛むか」


「少し」


 グラウスは、ルクスの頬に指を当てた。


 指先から、温かな魔力が流れ込んでくる。


 傷の周囲がじんわりと熱くなり、血が止まった。


「治癒魔法?」


「そうだ」


「僕にも使える?」


「いずれ教える」


「今は?」


「今は無理だ。お前はまだ、自分の体の魔力すら完全に理解していない」


 ルクスは、洞窟の外へ顔を向けた。


 倒れた人間たちのうち、何人かはまだ動いている。


「助けるの?」


 グラウスは答えなかった。


「人間は、僕たちを殺しに来た」


「そうだ」


「じゃあ、殺すの?」


 長い沈黙が落ちた。


 やがてグラウスは、低い声で言った。


「殺すことは簡単だ」


 その声には、千年を生きた者の重みがあった。


「だが、簡単だからという理由で命を奪えば、いつか自分も同じものになる」


 ルクスには、その言葉の意味がまだよく分からなかった。


 けれど、グラウスが人間たちを殺さなかった理由は分かった。


「じゃあ、どうするの?」


「帰す」


 グラウスは洞窟の外へ歩いていく。


「二度とこの森へ近づかぬよう、恐怖とともに帰してやる」


 グラウスが翼を広げた。


 森全体を覆うほど巨大な翼だった。


 そして、咆哮する。


 音ではなかった。


 大気そのものが震えた。


 地面が揺れ、木々が倒れ、雲が割れる。


 遠くにいる獣たちが、一斉に逃げ出した。


 人間たちの魔力が恐怖で乱れる。


 その流れが、ルクスにははっきりと感じ取れた。


 怖い。


 逃げたい。


 二度と来たくない。


 それぞれの感情が、魔力を通して伝わってくる。


 ルクスは初めて、人間の心に触れたような気がした。


 グラウスは人間たちを森の外へ追い出した。


 全員が逃げ去った後、洞窟には再び静けさが戻る。


「ルクス」


 グラウスが呼んだ。


「今日は、よくやった」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなった。


「僕は、役に立った?」


「ああ」


 グラウスは迷わず答えた。


「お前は私の弟子だ。もう、ただ守られているだけの子どもではない」


 ルクスは、手の中に残った木の棒を握りしめた。


 棒の先端は折れていた。


 それでも、初めて自分の力で誰かを守れた気がした。


 その夜。


 グラウスは、洞窟の奥から一本の古びた杖を取り出した。


「明日から、魔法を教える」


 ルクスは顔を上げた。


「魔法を?」


「ああ。剣術だけでは、お前の力を活かしきれぬ」


 グラウスは杖をルクスの手に握らせた。


「まずは、自分の中にある魔力を知ることから始める」


 杖は、木の棒よりも重かった。


 表面には、細かな刻印が刻まれている。


 ルクスが指でなぞると、杖の中から微かな震えが返ってきた。


 まるで、眠っている何かが目を覚ますように。


「この杖、変」


「分かるのか?」


「中で、何かが動いた」


 グラウスは、静かに息を吐いた。


「やはり、お前は……」


「何?」


「いや、まだいい」


 グラウスは杖から手を離した。


「その力が何なのかは、いずれ分かる」


 ルクスは杖を胸に抱いた。


 見えない世界の中で、初めて手にした自分の武器。


 その夜から、ルクスの本格的な修行が始まった。

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