第21話.セシル・ダイオプサイトの実妹
名前に関するあれ以来、旦那様が誰が見てもそうと分かるほどに柔らかく微笑まれるようになりました。
それが大変心臓に悪いのですッ!!
お顔がお綺麗すぎてッ!!
胸を押さえて眠りに就く日が増えました。わたくし、もしかしたら早死にするかもしれませんわ……心臓を酷使しすぎていますもの……
そんなふうに将来の身体について憂いておりましたある日のこと、アデールが一枚の招待状を運んできました。
深い瑠璃色の封筒に重厚な金の封蝋。オブシティア貴族に関する知識が少しでもある者であれば送り主が一目で分かります――ラピスラズリ家からの招待状です。
旧色位において王家の漆黒に次ぐ濡羽を戴いていた、現制度における公爵家。神話の時代の神秘を未だその血に受け継いでいる、オブシティア王国の柱の一つから招待状が来るなんて、普通なら驚くことですが……実はわたくし、身に覚えがございますの。
封筒から取り出した招待状を開きます。封筒の瑠璃色に映える柔らかなクリーム色の紙に、流麗な文字が綴られておりました。わたくしの他には誰も招かないらしい、極々小規模で私的なお茶会への招待です。
差出人の名は、ジゼル・ラピスラズリ。
ラピスラズリ家に嫁ぐまでの名は、ジゼル・ペリドットと言いました。
わたくしの、実の妹です。
――――――
ジゼルは、姉のわたくしよりよっぽど優秀な娘でした。
ペリドット家でも、百年に一人と言われる隕石ペリドットの瞳を持って生まれた彼女は、歴代の隕石たちと同じく非常に聡明でした。
その優秀さにはベランジェール様も驚かれるほど。何をやらせてもお手本以上にこなすのですから、きっと自慢の生徒だったでしょう。
ペリドット家の隕石は、古くは魔眼とも言われ、人々を惹き付けることで有名です。持ち合わせる聡明さも相まって、民衆からの好感度を重要視する高位貴族たちから、ひいては王家からも求められてきた歴史があります。
そして何より、ジゼルは身内の贔屓目を抜きにしても本当に美しい少女でした。
何をおいてもそう、あの隕石ペリドットの瞳と言ったら。ペリドットの黄緑に、見る角度で色を変える虹色の斜線が走る、まさに魔性の色彩。自然光の下で見ても、シャンデリアの明かりの下で見ても、思わず見入ってしまう瞳なのです。
そして、瞳以外の容貌も本当に美しくて。わたくしと並ぶと、大体は似ているはずなのに野辺のたんぽぽと大輪の薔薇ほども違いますの。
何が違うのかと言われますと言葉にするのは難しいのですが……内から溢れるような気品、華やぐ雰囲気、空気そのものを掌握する存在感、そう言ったものの影響なのではないかしら。
わたくしの中で、最も美しい男性は旦那様ですが、最も美しい女性はジゼルなのです。
さて、そんなジゼルも歴代の隕石たちと同じく、幾つもの縁談がペリドット家より上位の貴族家から舞い込みました。
その中で、相手の年もジゼルと近く、穏やかで優しげだとジゼル自身も好感を持ったラピスラズリ家の御嫡男様との婚約が決まりました。
わたくしが屋敷に引き込もって好き勝手に物語を書いている間に、妹はきっちり婚約者と交際を重ねて、着実に仲を深めていったのですから、わたくしの不出来さが際立ちます。
そうして十六歳の冬に結婚。妹が華やかな結婚式を挙げる傍ら、一つ上のわたくしには婚約者のこの字すらございませんでしたわ。
そんなジゼルは、よくわたくしにこう言っていました。
「お姉様はそのままでいいの」
貴族の娘に生まれた以上そういうわけにはいきません。結果としてわたくしも無事、他家に嫁いだわけですから良かったですわ。本物の親不孝ものにならずに済みました。
「ダイオプサイト侯爵……?! お姉様が?!」
わたくしの嫁ぎ先を知ったジゼルはそれはもう動揺したそうです。
わたくしたちの結婚式は両家の親だけの参列するこじんまりとしたものでしたから、ジゼルは招待されませんでしたし、わたくし自身社交界に出ていませんでしたから、あの子が嫁いでから全く会っていませんの。
星見の宴のときはジゼルの体調が悪かったそうで、ラピスラズリ公爵様だけでご参列しておられました。
旦那様と共にご挨拶は済ませましたが、公爵様から聞いたところジゼルは上手に公爵夫人の役目を果たしているそうです。
わたくしは右往左往してベランジェール様に頼りましたのに……流石、あの子らしいですわ。
招待状には『久しぶりにお会いしたい』と書かれていました。数年ぶりですもの、わたくしは何となく緊張しております。
予定は十日後。私的なお茶会であれば充分な猶予をもうけてくれたな、という日取りです。当日はアデールについてきてもらうつもりで、今から準備をしていますわ。
最後に見たジゼルの顔は、ラピスラズリ邸へ発つ日の笑顔です。
「行って参ります」
誇らしげに微笑み、使用人を数名引き連れて、ジゼルは家族に別れの挨拶を済ませ、それからわたくしの前へやってきました。
「お姉様、無理はしないで。お姉様はそのままでいいの。ね?」
そのとき自分が何と答えたか、わたくしは覚えておりません。
ただ、微笑んで小首を傾げたジゼルの瞳が本当に綺麗だったことを、よく覚えております。
――――――
十日後。
アデールを連れて降り立ったのは、高位貴族の邸宅が多く構えられている西区の中の更なる一等地の一画。広大な敷地内に瑠璃色の美しい天文台が聳え立つ、ラピスラズリ公爵邸です。
「まぁ、素敵……噂には聞いておりましたが本当に美しい天文台ですわ……」
「祈りの場も兼ねていると言うことですから、あれだけ麗しいのでしょうね」
妹が嫁いだ家ではありますが、引きこもりと悪評高かった未婚のわたくしが足を踏み入れられるような場所ではありませんでしたし、わたくし自身行ってみたい、と思ったことがありませんでした。
ペリドット伯爵家の屋敷はここから遠いですから遠目にも見たことがなくて……本当に見事な天文台です。天候に干渉する力のあるラピスラズリ家ならではの設備ですね。
ラピスラズリ家は建国以来代々王宮の気象官長を務めておられる一族。色位で濡羽を戴いていた現在の五公爵家は、他の貴族と違って神秘を操る力をお持ちです。
王国の安定した現代では、その力はあまり振るわれることはありません。しかし有事となれば、どんな時でも力を発揮できるよう特別な訓練は欠かさないと聞きます。
出迎えを受けて扉をくぐると、信じられないほど壮麗で荘厳な玄関ホールがわたくしを圧倒しました。
ダイオプサイト邸の玄関ホールも大変見事ですが、ここは文字通り格が違いますね。建国当時の流行であったパルティア様式を、未だに手入れを重ねて維持しておられるようです。
「――お姉様」
涼やかな声がかけられ、玄関ホールの作りに見とれていたわたくしは思わず肩を揺らしてしまいました。
見上げると、ホールの両側にぐるりと回り込むような形で取り付けられた階段の上に、夏らしい青のドレスを着た美しい女性が立ち、わたくしたちを見下ろしています。
まず目を引くのはその双眸。ペリドットの黄緑に虹の斜線が流星群のようにかかる魔性の瞳。これこそ彼女がラピスラズリ家から求められた理由たる、魔眼と名高き隕石ペリドットの瞳です。
そしてそんな魔眼があっても決して霞まぬ絢爛たる美貌。血縁として、あらゆるパーツの形は似ているはずなのに、わたくしとは似ても似つかない華やかさをしています。
わたくしと同じ茶色の髪を結い上げ、瑠璃色のリボンを垂らしたその美女こそ、わたくしの実の妹、今代の隕石たる娘――
「――ジゼル」
ペリドット家でも百年に一人と謳われる麗しの魔眼が、きゅ、と愉しげに細められたのでした。




