7.開かれたパンドラ
逃げるように舞い戻った『ラッキースター号』の船内は、外の猥雑な喧騒から遮断されている分、ひどく息苦しい沈黙に支配されていた。
レイはキャビンに入るなり、血の匂いが染み付いた防風コートを乱暴に脱ぎ捨て、壁際のパイプ椅子に深く腰を下ろした。彼がまとっている空気は、路地裏で暗殺者たちを始末した時よりもさらに冷たく、そして張り詰めている。
暗殺者の首筋にあった『No.31』の刺青。
あれは間違いなく、自分がこの世界の片隅でただのジャンク屋として生きることを、過去の亡霊が許さないという明確なメッセージだった。
「……随分と早いお帰りだったな。しかも、物騒なオマケの匂いまでつけてさ」
貨物室での修理作業を一段落させ、オイルまみれの手をウエスで拭きながらキャビンに入ってきたトビーが、レイとセリアのただならぬ様子を見て顔をしかめた。
「ちょっとした野良犬に噛みつかれそうになっただけだ。始末はつけた」
レイは目を閉じたまま、感情のない声で短く切り捨てた。
「野良犬って……ここはステーションの中だぞ? どんだけ鼻が利く猟犬なんだよ」
トビーは呆れたように肩をすくめ、セリアがテーブルに置いた買い物袋から、合成タンパク質のブロックを無造作に取り出して齧り付いた。「まあいい。腹ごしらえが済んだら、すぐに出港の準備をする。船の足回りはなんとか誤魔化せるレベルまで直した」
「……待って。その前に、一つだけ確認させて」
それまで青白い顔で黙り込んでいたセリアが、不意に顔を上げ、決意を秘めたエメラルドグリーンの瞳で二人を見据えた。
彼女は自分のカーゴパンツのポケットから、厳重なチタンケースに収められた親指ほどの大きさの記憶媒体を取り出した。
「それは……あんたの親父さんが遺したっていう、特大の爆弾か」
トビーが口をもごもごとさせながら、興味深そうに身を乗り出す。
「ええ。地球の特務機関に届けるための、連邦政府の『黒い歴史』の証拠。……でも、私自身はまだ、このデータの中身を完全に把握していないの。父は、私を危険に巻き込まないために、第一層のプロテクトすら解かずにこれを託したから」
セリアは、その小さな金属の塊を両手で包み込むように握り締めた。
「連邦の特殊部隊に命を狙われ、暗殺者まで放たれている。自分が何を運んでいるのかも知らないまま、あなたたちをこれ以上危険に巻き込むわけにはいかないわ。今、ここでロックを解除する」
「……好きにしろ」
レイは壁に頭を預けたまま、薄く目を開けてそう呟いた。「中身が何であれ、俺の護衛任務の契約金が変わるわけじゃない」
セリアは小さく頷くと、キャビンのテーブルに備え付けられていた旧式のホログラム端末に、メモリードライブを差し込んだ。
ピピッ、という無機質な電子音が鳴り、空間に青白い半透明のウィンドウが浮かび上がる。
セリアの細い指先が、空中に投影されたキーボードを流れるような速度で叩き始めた。彼女が養父から教え込まれていた高度な暗号解読のアルゴリズムが、幾重にも掛けられた軍事レベルのファイアウォールを次々と突破していく。
キャビン内に、タイピングの音と、トビーが固唾を呑んで見守る息遣いだけが響き渡る。
レイは興味がないふりを装いながらも、その青白い光の羅列を視界の端でじっと捉えていた。
やがて、ひときわ高い承認音が鳴り響いた。
『――アクセス承認。第一層プロテクト、解除。アーカイブを展開します』
システム音声と共に、ホログラムのウィンドウが大きく四方に広がり、無数のテキストデータと画像ファイルが空中にぶちまけられたように表示された。
「……こ、これは……」
画面の先頭に表示された数行の公文書を見た瞬間、セリアの顔色からサーッと血の気が引いた。
そこにあったのは、連邦軍の中枢会議で交わされた、極秘の議事録と承認スタンプの数々だった。
「連邦軍の……裏帳簿? アウターズとの紛争宙域における、非公認の無差別爆撃の記録……。それに、兵器開発のための民間コロニーからの資源強制徴収……」
セリアの声が、震えを帯びていく。
平和と正義の象徴であるはずの地球連邦。その輝かしい大義の裏側で、彼らがどれほど冷酷に、宇宙移民たちの命と尊厳を擦り潰して利益を貪ってきたか。文字と数字の羅列が、血の臭いを伴って現実の悪意を突きつけてくる。
「……ふざけんなよ」
横でデータを見ていたトビーの声が、地を這うような低い怒りに震えた。
彼は空中に浮かぶ画像データの一枚――連邦の非正規部隊によって焦土と化した辺境コロニーの凄惨な写真を、憎悪を込めて睨みつけていた。
「『アウターズの過激派によるテロ』だって、連邦のニュースじゃ報道されてた事件だ。……全部、連邦軍の自作自演じゃねえか。反連邦の気運を高めて、軍事予算を倍増させるための、ただのマッチポンプ……! 俺の家族が死んだコロニーの爆撃も、こいつらの仕業だったってのかよ!」
トビーが激昂し、拳をテーブルに叩きつけた。ガタンッ、と鈍い音が響き、マグカップが揺れる。
家族を理不尽な戦争で奪われた少年からすれば、このデータは吐き気を催すほどの欺瞞の塊だった。
「……トビー……」
セリアはかける言葉を見つけられず、ただ悲痛な顔で彼を見つめた。彼女の信じていた「正義」は、今この薄暗いキャビンの中で、完全に音を立てて崩れ去っていた。
「……驚くことじゃない」
重苦しい沈黙を破ったのは、レイの氷のように冷たい声だった。
彼は腕を組み、空中に浮かぶ惨劇の記録を、まるで出来の悪い映画でも見るかのような無感動な瞳で眺めていた。
「絶対的な権力を維持するためには、血を流すための排水溝が必ず必要になる。光が強ければ強いほど、影は濃く、そして腐敗する。連邦の連中が綺麗事の裏で手を汚していることなんて、このコロニーの最下層で泥水をすすってる人間なら、誰だって知っている現実だ」
「レイ! あなたは、この惨状を見ても何も感じないの!?」
セリアが、非難めいた声を上げる。
「感じてどうなる」
レイは冷酷に言い放った。「怒ったところで死んだ人間は生き返らない。正義を振りかざしたところで、結局は別の誰かが血を流すだけだ。俺は、そんな無意味な感傷には一切の興味がない」
徹底的な虚無。
彼の言葉は、セリアの心に冷たい刃のように突き刺さった。どうしてこの人は、これほどまでに世界に対して絶望し、心を閉ざすことができるのか。
セリアは涙を堪え、再びホログラムの端末に向き直った。
「……まだ、奥にファイルがあるわ。この裏帳簿の資金が、最も多く流れているプロジェクト……『極秘軍事研究』の項目……」
セリアの指先が震えながら、一つの黒塗りのフォルダを開く。
そこに展開されたのは、先ほどの爆撃記録すらも生ぬるく感じるほどの、狂気に満ちた「実験記録」の数々だった。
「……なによ、これ……。人間の、脳波データ? 遺伝子操作のアルゴリズム……?」
空中に、無数の被験者のカルテが浮かび上がる。
年齢、性別、適合率。そして、そのほとんどのカルテに『廃棄(DISCARDED)』という冷酷な赤いスタンプが押されている。
「……『大戦末期における、局地戦術用・生体CPUの最適化実験』……」
セリアは、画面の端にある概要説明を、掠れた声で読み上げ始めた。
「……戦災孤児や難民から、特定の遺伝子配列を持つ対象を抽出。……前頭葉への物理的な干渉と、薬物投与による記憶野の強制フォーマット……」
その言葉が紡がれるたび、レイの耳の奥で、ジリジリという不快なノイズが鳴り始めた。
「……感情と恐怖の完全な切除。痛覚の麻痺。……対象をモビルスーツの演算デバイスの一部としてシステムに直結させる、非人道的なリンク技術……」
ドクンッ、と。
レイの心臓が、肋骨を突き破らんばかりに大きく跳ねた。
(やめろ……)
「……この計画により生み出された被験体は、極めて高い戦闘能力を獲得するが、自我の崩壊率が90パーセントを超える……。彼らは兵士ではなく、連邦の使い捨ての『部品』として……」
(それ以上、読むな……ッ!)
レイの視界が、ぐにゃりと歪んだ。
ホログラムの青白い光が、血のような赤色に反転する。
ステーションの環境音も、トビーの息遣いも、すべてが分厚い水の底に沈んだように遠ざかり、代わりに「金属の手術器具が擦れる音」と、「子供たちの狂ったような泣き叫ぶ声」が、脳蓋の内側で反響し始めた。
そして、セリアの決定的な一言が、パンドラの箱の底を完全に打ち抜いた。
「……この極秘実験の名称……『プロジェクト・ナンバーズ』……」
ガシャンッ!!
「……ぁ、あぁッ……!!」
レイが座っていたパイプ椅子が弾け飛び、彼は自らの頭を両手で激しく抱え込みながら、キャビンの床に転げ落ちた。
「レイ!?」
「おい、どうしたレイ!」
突然の発作に、セリアとトビーが慌てて駆け寄る。
だが、レイの肉体は彼らの声に反応することなく、強烈な電流を浴びたように床の上でビクンビクンと痙攣していた。
「あ……、がっ……あぁぁぁぁッ!!」
眼球が裏返りそうになるほどの激痛。
頭蓋骨を内側からノコギリで挽き切られるような、絶望的な破壊衝動。
レイの脳内で、今まで厳重に施されていた記憶の封印が、システム音声のような冷たい声と共に次々と解除されていく。
『――廃棄体、多数。No.07(セブン)、適合率85パーセント。実戦投入可能』
『――痛覚回路、切断。感情リミッター、セット』
『――さあ、殺せ、セブン。俺たちをこんな目に合わせた世界を、残らず焼き尽くそうぜ』
過去の幻影が、濁流となってレイの自我を飲み込んでいく。
冷酷な研究員たちの視線。
血塗られた手術台。
そして、業火の中でこちらに手を差し伸べる、あの銀髪の男の狂った笑顔。
「ちが、う……。俺は……ッ。おれ、は……レイ……だ……」
レイは床を掻き毟り、自身の喉から血が滲むほどに歯を食いしばった。
彼が必死に守り抜こうとしていた「ジャンク屋としての平穏な自分」が、圧倒的な過去の質量によって音を立てて崩壊していく。
自らが、連邦の狂気によって生み出された『化け物』であるという、逃れられない真実。
開かれたパンドラの箱から這い出した亡霊が、今、レイ・ヴァンガードという青年の精神を完全に引き裂こうとしていた。
「……レイ! レイ、息をして! しっかりして!」
どれほどの時間、意識の深淵を漂っていたのだろうか。
遠くで響いていたはずの悲痛な叫び声が、水面に顔を出した瞬間のようにはっきりと鼓膜を叩いた。
レイは薄く目を開けた。視界は白く霞み、ステーションのキャビンの天井が不規則に揺れている。自分の上半身が、誰かの細く震える腕によって必死に抱き起こされているのがわかった。
「……あ……」
乾いた唇から漏れたのは、自分でも驚くほど弱々しい、掠れた呼気だけだった。
全身の筋肉が強烈な痙攣の余波で硬直しており、指一本動かすのにも鉛のような重さが伴う。頭蓋骨の裏側には、まだ「プロジェクト・ナンバーズ」という言葉の残響が、呪いのようにへばりついていた。
「よかった……! よかった……っ」
セリアの顔が、レイの視界の中でボロボロと大粒の涙をこぼしていた。彼女の整った顔立ちは恐怖と安堵でくしゃくしゃになり、レイの冷え切った頬に、彼女の温かい涙がポタポタと落ちてくる。
その生々しい温度が、レイの意識を、狂気に満ちた過去の幻影から、強引に『今、ここにある現実』へと引き戻した。
「……離せ」
レイはセリアの腕を振り解こうとしたが、力が入らず、ただ彼女の袖を弱く掴むことしかできなかった。
「ここは……もう安全じゃない。さっきの暗殺者も、あのデータと同じ……俺と同じ『亡霊』だ。奴らは、必ずまた来る」
「でも、あなたの体が……! こんな状態で動けるはずが……」
「いいから船を出せッ!」
レイが残された力を振り絞って怒鳴ると、コンソールに張り付いていたトビーがビクンと肩を跳ねさせた。
「わ、わかったよ! 出す、すぐに出す!」
トビーは青ざめた顔でメインパネルのスイッチを乱打し始めた。
「ターミナルの管制局なんて無視だ! 磁気ロック強制解除、メインスラスター点火!」
ドォォォォンッ!!
ラッキースター号の船体が、断末魔のような軋み音を上げて激しく揺さぶられた。
正規の出港手順をすべてすっ飛ばし、係留ワイヤーを物理的に引きちぎりながら、ボロボロの密輸船は中立ステーションのドックから弾き出されるように虚空へと飛び出した。
後方で、ステーションの防衛システムがけたたましい警告のレーザーを放ち、管理当局の怒号が通信回路に乗って飛んでくるが、トビーは通信機を叩き割らんばかりの勢いで電源を落とした。
「重力圏離脱! 第4デブリ帯を抜けて、一気に地球軌道への降下ルートに乗るぜ!」
Gが船内を押し潰し、レイはキャビンの床に這いつくばったまま、奥歯を噛み締めてその重圧に耐えた。
セリアも壁のパイプにしがみつき、必死に呼吸を整えている。
船は、ステーションの周囲を漂う無数のゴミや小惑星の欠片が形成する暗礁宙域へと、無謀な速度で突入していった。
数分後。
強烈な加速Gが徐々に和らぎ、船内は再び、無重力に近い静寂空間へと移行した。
トビーがメインスラスターの出力を巡航モードに切り替えたのだ。
「……抜けた。デブリ帯の裏側だ。ここなら、連邦のレーダーもターミナルのハイエナどもも追ってこれな……」
トビーが安堵の息を吐きながらモニターを見た、まさにその瞬間だった。
ピィィィィィィィィンッ!!!!
船のメインコンソールが、今まで聞いたこともないような、鼓膜を突き破るほどの甲高い警告音を鳴らした。
画面全体が、一瞬にして不吉な真紅に染まり上がる。
「な、なんだ!? 何が起きた!?」
トビーがパニックを起こして計器板を叩くが、エラーではない。センサーが、信じられないほどの『異常数値』を叩き出していた。
「前方に超巨大熱源反応! 距離、わずか二千! 嘘だろ、デブリの影に完全に隠れてやがった……!」
レイは痛む体を引きずって立ち上がり、コックピットの広角スクリーンを見上げた。
セリアも息を呑み、その場に立ち尽くす。
そこにあったのは、星屑の光を完全に遮断する、漆黒の『絶望』だった。
全長、およそ百メートル以上。
通常のモビルスーツの三倍から四倍はあろうかという、規格外の巨大な質量。
それは、人型というよりは、深海を這う巨大な甲殻類と、猛禽類を融合させたような、おぞましくも歪なシルエットをしていた。
背面に林立する巨大な推進器群。何重にも重ねられた分厚い増加装甲。そして、機体の中央にポッカリと開いた、一隻の巡洋艦を一撃で消し炭にできるほどの口径を持つ、禍々しいメガ粒子砲の砲身。
装甲の表面には、地球連邦軍のものではない、血のような真紅で彩られた『宇宙独立連合』の紋章が刻まれていた。
「モビル……アーマー……。アウターズの、拠点制圧用戦略兵器……」
トビーの口から、絶望に満ちた掠れ声が漏れた。
なぜ、こんな辺境の宙域に、アウターズの戦略クラスの化け物が待ち構えているのか。
理由は一つしかない。彼らもまた、セリアが持っている連邦の暗部を狙って、あるいは、レイが乗る『ヴォルフラム』の存在を察知して、確実な網を張っていたのだ。
「終わった……」
トビーが、操縦桿から力なく手を離した。
「あんなバケモノ、この船の足じゃ絶対に振り切れない……。メイン砲を撃たれるまでもなく、かすっただけでこの船は蒸発する……」
セリアは両手で口を覆い、ガタガタと震え始めた。
さきほどの路地裏での暗殺者の恐怖など比ではない。圧倒的な質量の暴力。個人がどれだけ足掻こうとも、星ごと消し飛ばされるような、純粋な『破壊』の体現。
だが。
絶望に支配されたコックピットの中で、一人だけ、まったく別の空気を纏って立ち上がった男がいた。
「……トビー」
レイの声は、驚くほど低く、そして澄み切っていた。
つい数分前まで、過去の記憶に苛まれて床をのたうち回っていた男と、同一人物とは思えないほどの絶対的な冷酷さ。
彼の中の「ジャンク屋としての人間性」が、圧倒的な死の危機を前にして再び奥底へと引っ込み、代わりに『No.07』としての兵器のアルゴリズムが、肉体の主導権を完全に掌握したのだ。
「船の制御を諦めるな。俺が奴の前に出る」
「レ、レイ……? お前、死にに行く気か!? 相手はモビルスーツじゃない、艦隊を相手にするためのバケモノだぞ!」
トビーが涙目で叫ぶ。
「行かせないわ!」
セリアが、レイの背中にしがみついた。
「お願い、もうあの機体には乗らないで! あなたがさっき、どれだけ苦しんでいたか……! あれに乗れば、あなたは本当に、あなたじゃなくなってしまう!」
彼女は気づいていた。レイがあの漆黒の狼に同調するたびに、彼の中の人間らしさが摩耗し、過去の狂気に喰い殺されていくことを。
しかし、レイは振り返ることなく、セリアの細い手を冷たく振り払った。
「俺は、俺の仕事をするだけだ。……借金、帳消しにする約束だからな」
感情のない、ひどく乾いた言葉。
それがレイ・ヴァンガードとしての最後の意地なのか、それとも兵器としてのプログラムが言わせた皮肉なのか、セリアには分からなかった。
レイはよろめく足取りを隠すことなく、後部貨物室へのハッチへと姿を消した。
直後。
広角スクリーンに映る巨大モビルアーマーの機体表面が、無数の光の点で煌めいた。
「来るッ! 対空防御だ!!」
トビーが悲鳴を上げ、再び操縦桿にしがみつく。
モビルアーマーの装甲から放たれた数十発の大型ミサイルが、宇宙空間に白い軌跡を描きながら、ラッキースター号へと殺到する。
トビーは機体を限界まで傾け、デブリの影へと逃げ込もうとした。
しかし、相手は質量だけでなく、火力も常軌を逸している。ミサイル群はデブリごと空間を粉砕し、爆発の衝撃波がラッキースター号を木の葉のように吹き飛ばした。
「きゃぁぁっ!」
船内が激しく回転し、セリアは床に叩きつけられる。
火災報知器が鳴り響き、船内のあちこちから配線がショートする火花が散った。
そして、巨大モビルアーマーは、虫の息となった密輸船にトドメを刺すべく、その中央に据えられたメガ粒子砲の砲身に、禍々しい紫色のエネルギーを収束させ始めた。
空間が歪むほどの超高圧エネルギー。
あれが放たれれば、防御フィールドも持たないこの船は、原子レベルで分解されるだろう。
充填率は、わずか数秒で臨界に達しようとしていた。
「……頼む、間に合ってくれ、レイ……ッ!」
トビーは血の滲むような声で祈り、目を見開いた。
後部貨物扉が、非常用ボルトを吹き飛ばしながら強引に展開される。
暗黒の宇宙空間に、青白いプラズマの推進炎が二筋、凄まじい勢いで噴き出した。
メガ粒子砲の極太のビームが、閃光となって虚空を薙ぎ払ったのと、
漆黒の狼――『ヴォルフラム』が、絶望の質量体に向かって一直線に躍り出たのは、
まったく、同時の出来事だった。




