6.不器用な救出
中立コロニー『ターミナル』には、真の意味での昼も夜も存在しない。
中央シャフトから放射される擬似太陽光は常に薄暗い琥珀色に設定されており、ステーション内の時間は、住人たちの胃袋のすき具合と、機械の稼働音だけで区切られていた。
ラッキースター号が停泊する第7ドックには、金属を叩く甲高い音と、溶接バーナーの青白い閃光が絶え間なく弾けていた。
「……よし、左足の駆動系の応急処置はこれでいける。次はジェネレーターの排熱パイプだ」
トビーは油まみれのツナギ姿のまま、宙吊りにされた『ヴォルフラム』の巨大な装甲の隙間に上半身を突っ込み、ブツブツと独り言をこぼしながら作業に没頭していた。
彼の顔はススとグリスで真っ黒だったが、その瞳には、未知の超技術を前にしたメカニック特有の狂喜が宿っている。連邦軍の軍事最高機密であるこの機体は、彼にとって恐怖の対象であると同時に、触れずにはいられない魅惑的なパズルボックスでもあった。
その様子を、レイはドックの隅に積まれた木箱の上に座り、無言で見下ろしていた。
戦闘による極度の神経過負荷からは回復しつつあったが、彼の顔色は依然として土気色に沈んでいる。右手には熱いブラックコーヒーの入った薄汚れたマグカップが握られていたが、一口飲んだきり、指先は微動だにしなかった。
レイの視線は機体を追っているようでいて、どこにも焦点が合っていない。彼の意識は未だ、昨夜見た『銀髪の男』の幻影に囚われていた。
(……俺は、誰なんだ)
コーヒーの苦味よりも深い虚無感が、胸の奥底に澱のように溜まっている。
ジャンク屋としてのレイ・ヴァンガードの記憶は、薄皮一枚のハリボテに過ぎない。その下には、血と硝煙に塗れ、狂ったように敵を殺戮する『No.07』としての自分自身が、生々しい熱量を持って脈打っているのだ。
その事実に直面した今、レイは自分がこの日常に留まる権利などないのではないかという、漠然とした恐怖を抱いていた。
「……レイ。少し、外に出てくるわ」
不意に、背後から遠慮がちな声がかけられた。
レイが視線だけを向けると、そこにはセリアが立っていた。
彼女は自分の純白のワンピースを脱ぎ捨て、トビーがどこかから調達してきたダボダボの作業着の上着と、無骨なカーゴパンツに身を包んでいた。長い亜麻色の髪も後ろで無造作に束ねられ、昨日までの「上流階級のお嬢様」という面影は、その服装によって巧妙に隠されている。
「外?」レイは眉をひそめた。「こんな場所で、どこへ行くつもりだ」
「トビーに頼まれたの。船の修理に使う特殊な溶接剤と、当面の食料が必要だって。彼は手が離せないし、あなたも……まだ、休んでいた方がいいわ」
セリアは、レイの顔色を気遣うように伏し目がちに言った。
「馬鹿か」レイは冷たく吐き捨てた。「ここはただの市場じゃない。連邦の指名手配犯やアウターズの脱走兵がうろつくスラムだ。温室育ちのあんたが一人で歩けば、五分で身ぐるみ剥がされて売り飛ばされるぞ」
「わかっているわ」
セリアは唇を強く噛み締め、レイを真っ直ぐに見返した。
「でも、私だけが安全な船の中で震えているわけにはいかないの。あなたたちは命を懸けて戦ってくれている。私がここにいるのは、私の『意志』よ。だから……自分の身の回りのことや、できることくらいは、自分でやりたいの」
そのエメラルドグリーンの瞳には、昨夜の怯えを振り払おうとする、必死の覚悟が宿っていた。
彼女なりに、己の無力さと向き合い、足手まといにならないよう必死にもがいているのだ。
レイは小さくため息をつき、マグカップを木箱に置いた。
「……第3ブロックのジャンク通りから外れるな。裏路地には絶対に入るなよ。少しでも怪しい奴を見たら、声を出して走れ」
「……ええ。ありがとう、レイ」
セリアはホッと表情を和らげると、足早にドックの出口へと向かっていった。
レイはその小さな背中を見送りながら、再び沈黙の中に沈んでいく。彼女の真っ直ぐな眩しさが、今の彼にはひどく痛かった。
ステーションのメインストリートは、むせ返るような熱気と悪臭に満ちていた。
色とりどりのネオンサインが、人工の霧に乱反射して視界をチカチカと刺激する。通路の両側には無数の露店がひしめき合い、出所の怪しい機械部品から、得体の知れない合成食品、果ては違法な薬物までが、所狭しと並べられている。
「おいそこの姉ちゃん! 地球産の新鮮な水はどうだ!? 放射能処理済みだぜ!」
「こっちの駆動系パーツを見な! アウターズの軍事物資の横流し品だ、間違いない!」
客引きの怒号、値段交渉で怒鳴り合う傭兵たち、泣き叫ぶ子供の声。
セリアは肩をすぼめ、人混みにぶつからないよう必死に歩みを進めた。
地球の特務機関が管理する清潔な居住区で育った彼女にとって、ここはまさに別世界だった。誰もが今日を生き延びるために目を血走らせ、僅かな金のために他人を騙し、争っている。
データや書物の上だけで知っていた『貧困』や『戦争の影』が、生々しい肉体と匂いを持って彼女に襲いかかってきていた。
(養父は……こういう現実を知っていて、あのデータを私に託したのね……)
セリアは、懐に隠し持っている記憶媒体の硬い感触を確かめた。
連邦政府の腐敗。非人道的な生体兵器『ナンバーズ』の存在。
このステーションで泥水をすすって生きる人々の苦しみも、もとを正せば、上の人間たちが権力と利益を貪るために生み出した構造的な歪みだ。
彼女が持っているデータは、その歪みを正すための強力な武器になる。だが同時に、このステーションの雑踏に生きる何十万という人々の命を、再び戦火に巻き込む爆弾でもあるのだ。
(私に……その引き金を引く覚悟が、本当にあるの?)
セリアは雑踏の中で立ち止まり、自分の手のひらを見つめた。
汚れを知らなかった白い手は、今ではホコリと油にまみれ、小さな擦り傷がいくつもできている。
レイの体に刻まれた、あの凄惨な傷跡を思い出す。彼は、自分の意思とは関係なく兵器として作られ、心を壊された。この世界には、自分が想像もつかないほどの痛みを背負って生きている人間がいる。
「無知」であることは、時に残酷な罪だ。セリアはその事実を、今更ながらに骨の髄まで噛み締めていた。
「……ううん。だからこそ、私は地球に行かなきゃいけない」
セリアは小さく首を横に振り、顔を上げた。
迷っている暇はない。彼女はトビーから渡されたメモを頼りに、指定されたジャンク屋で溶接剤を買い求め、さらに路地裏の入り口近くにある薄暗い食料品店で、合成タンパク質のブロックと水を購入した。
買い物袋はずっしりと重かったが、その重みが、少しだけ彼女に「自分も役に立っている」という実感を背負わせてくれた。
「よし、これで全部ね。早く船に戻らないと」
セリアは安堵の息をつき、来た道を引き返そうとした。
ステーションのメインストリートは相変わらずの混雑で、巨大な荷物を運ぶ労働者の集団が道を塞いでいる。
少しだけなら、とセリアは近道をしようと、メインストリートから一本入った薄暗い脇道へと足を踏み入れた。レイの「裏路地には入るな」という警告が頭をよぎったが、すぐに向こう側の明るい通りが見えていたため、油断があった。
脇道に入ると、嘘のように周囲の喧騒が遠ざかった。
点滅するネオンの光が届かず、剥き出しのパイプから落ちる水滴の音だけが、コンクリートの地面にポタポタと冷たく響いている。
コツ、コツ、コツ……。
自分の足音に混じって、背後から『別の足音』が聞こえていることに、セリアが気づいたのは、路地の中腹まで歩いた時だった。
振り返る。誰もいない。ただ、暗い曲がり角があるだけだ。
「……気のせい、よね」
セリアは自分に言い聞かせるように呟き、歩くペースを速めた。
だが、背後の足音もそれに合わせて早くなる。しかも、その足音は靴底が地面を叩く音ではなく、何か布のようなものが擦れる、異常に静かな音だった。
心臓が、早鐘のように打ち始める。
レイの冷たい言葉が脳裏に蘇る。「五分で身ぐるみ剥がされて売り飛ばされるぞ」
セリアは買い物袋を強く抱きしめ、ついには駆け出した。
向こう側の明るい通りまで、あと数十メートル。
しかし。
「――っ!」
路地の頭上を横切る無数のパイプの陰から、黒い影が音もなく彼女の目の前へと滑り降りてきた。
セリアは悲鳴を上げる間もなく、その場で立ちすくんだ。
眼の前に現れたのは、全身を光学迷彩のポンチョで覆い隠した、異様な長身の人物だった。
顔の下半分を金属製のマスクで覆い、露出した冷たい灰色の瞳だけが、獲物を捉えた蛇のようにセリアを見据えている。連邦の特殊部隊でも、アウターズの兵士でもない。裏社会の匂いがする、純粋な『殺し屋』の気配だ。
「アークライト長官の、ご令嬢だな」
マスク越しに、くぐもった男の声が路地に響く。
男の右手には、ステーションの薄明かりを鈍く反射する、湾曲した軍用ナイフが握られていた。その刃先は、明らかに致死性の猛毒と思われる、青黒い液体で濡れている。
「な、何者……っ。来ないで!」
セリアは震える足で後ずさりしようとした。だが、背後の暗がりからも、ポンチョを着た別の二人の男が姿を現し、彼女の退路を完全に塞いでいた。
「悪いが、あんたの首には法外な懸賞金がかかってるんでね。雇い主は、生け捕りでも死体でもいいと言っている」
男がナイフを弄りながら、じりじりと距離を詰めてくる。
セリアの喉から、声が出なかった。恐怖で肺が凍りついたように息が吸えない。
助けを呼ぼうにも、表通りの喧騒にかき消されてしまう距離だ。レイは船にいる。こんな馬鹿な真似をして、勝手に死地へ足を踏み入れた自分を助けに来てくれるはずがない。
(私……こんなところで、死ぬの……?)
毒の塗られた刃先が、ゆっくりとセリアの喉元へと突き出される。
つかの間の平穏は、少女の甘い油断と共に、最悪の形で打ち砕かれようとしていた。
死という絶対的な絶望が、セリアの喉元数ミリの距離まで迫っていた。
薄暗い路地裏。上層のパイプから滴り落ちる汚水が、水溜まりを叩く「ポチャン」という音が、異常なほど鮮明に耳に響く。
セリアの視界は、眼の前に突き出された凶悪な軍用ナイフの切っ先だけに固定されていた。刃を濡らす青黒い猛毒が、ステーションの微かなネオンの光を吸い込んで妖しくぬめっている。
呼吸の仕方を忘れたかのように、肺が凍りついていた。逃げようと頭では叫んでいるのに、両足はコンクリートの地面に縫い付けられたようにピクリとも動かない。
「……悪いな、お嬢ちゃん。なるべく苦しまないようにしてやる」
光学迷彩のポンチョを羽織った暗殺者が、金属マスクの奥で濁った笑いを漏らした。
男の腕の筋肉が収縮し、毒刃がセリアの白い首筋へと真っ直ぐに突き出される。
セリアはギュッと両目を閉じ、自分に訪れるであろう凄惨な痛みを覚悟した。
その瞬間だった。
――ダァンッ!!
鼓膜を物理的に殴りつけるような、鼓膜を劈く爆音が狭い路地に轟き渡った。
火薬の破裂音。そして、熱を持った空気がセリアの頬を強烈に撫で上げる。
「が、ぁっ……!?」
目の前でくぐもった悲鳴が上がり、生暖かい液体の飛沫がセリアの足元に飛び散った。
恐る恐る目を開けると、セリアの喉を掻き切ろうとしていた暗殺者の右腕が、肘から先で不自然にへし折れ、毒の塗られたナイフごと宙を舞っていた。男は噴き出す血を押さえながら、たたらを踏んで後退する。
「な、何だ!? どこから……ッ!」
背後で退路を塞いでいた残りの二人の暗殺者が、慌てて光学迷彩を解除し、懐からサブマシンガンを抜き放とうとした。
だが、遅すぎた。
路地の入り口、メインストリートの猥雑なネオン光を背にして、一人の男のシルエットがゆらりと浮かび上がっていた。
擦り切れた分厚い防風コートの裾が、人工の風に重々しく揺れている。
その右手には、硝煙を細く立ち昇らせる大口径のオートマチック・ハンドガンが、一切のブレもなく構えられていた。
「……レイ!」
セリアの口から、掠れた、しかし確かな希望に満ちた叫びが漏れた。
レイ・ヴァンガードは、泣き出しそうな顔でへたり込むセリアを一瞥すらしなかった。彼の冷徹な視線は、すでに残る二人の「排除対象」にのみロックオンされている。
「チッ、護衛か! やれッ!」
暗殺者の一人が叫び、マシンガンの銃口をレイに向けた。
しかし、レイの動きは、人間の反射神経の限界を優に超えていた。
彼は身を屈めることもなく、ただ無造作に歩みを進めながら、二度、連続して引き金を引いた。
ダァンッ! ダァンッ!
乾いた二つの銃声が重なり合う。
一切の無駄を省いた、精密機械のようなダブルタップ。放たれたマグナム弾は、暗殺者たちが防弾ベストを着込んでいる胴体ではなく、その上の無防備な顔面――鼻梁のど真ん中を、寸分の狂いもなく撃ち抜いていた。
「あ……」
「が……」
二人の男は、引き金を引く指に力を込めることすらできず、まるで糸の切れた操り人形のように、その場にドサリと崩れ落ちた。即死だった。
圧倒的な静寂が、再び路地に舞い降りる。
残るは、右腕を撃ち飛ばされ、壁際で蹲っているリーダー格の男だけだ。
「ヒィッ……! ば、化け物……!」
男は恐怖に顔を引きつらせ、残った左手で腰のホルスターから拳銃を抜こうと足掻いた。
だが、その手が銃把に触れるよりも早く、重いブーツの底が男の顔面を容赦なく蹴り飛ばした。
「ぐはぁッ!」
脳震盪を起こして壁に叩きつけられた男の胸ぐらを、レイは左手で乱暴に掴み上げ、強引に立たせた。そして、まだ熱を帯びているハンドガンの銃口を、男の額のど真ん中へと静かに押し当てる。
「雇い主は誰だ。連邦か、アウターズか」
レイの声は、路地の底に溜まる汚水よりも冷たく、一切の感情を含んでいなかった。
「い、言うかよ……ッ! 俺たち(猟犬)は、どこまででもお前らを……」
「そうか」
交渉の余地はないと判断するや否や、レイは躊躇うことなく引き金を引いた。
三度目の銃声。
男の頭部が大きくのけぞり、そのまま崩れ落ちて血の海に沈む。レイは表情一つ変えず、薬莢を排出し、新しい弾倉を滑り込ませて銃をコートの裏にしまった。
その一連の動作は、ゴミ箱にゴミを捨てるのと同じくらい、彼にとって日常的で、無機質な作業のようだった。
濃密な血と硝煙の匂いが、路地の湿った空気に混ざり合う。
「……ぁ……あ……」
セリアは、目の前で立て続けに三つの命が奪われた光景に、全身の震えを止めることができなかった。
抱えていた買い物袋が手から滑り落ち、合成タンパク質のブロックや溶接剤が、汚れた水溜まりの上に転がる。彼女自身もついに膝の力が抜け、その場にへたり込んでしまった。
レイがゆっくりと振り返り、彼女を見下ろした。
その瞳には、先ほどの暗殺者たちに向けたような殺意はない。だが、同時に「心配」や「安堵」といった温かい感情も、一切浮かんでいなかった。
「裏路地には入るなと、あれほど言ったはずだが」
レイはため息混じりに、呆れたような声を落とした。
「ご、ごめんなさい……私、近道をしようと思って……」
セリアは両手で顔を覆い、しゃくり上げた。
死の恐怖から解放された安堵と、自分の愚かさに対する激しい自己嫌悪。そして何より、彼が自分を見捨てずに助けに来てくれたことへの、言葉にならないほどの感謝の念が、涙となって堰を切ったように溢れ出した。
「立って歩けるか。血の匂いを嗅ぎつけて、ステーションの警備兵やハイエナどもが集まってくる。長居は無用だ」
レイは手を差し伸べることはせず、ただ冷徹に状況を告げた。
「ええ……歩ける、歩けるわ……」
セリアは震える足に鞭打ち、濡れた壁に手をつきながら、なんとか立ち上がった。
冷たい男だ。慰めの言葉一つかけてはくれない。それでも、彼が放つ圧倒的な暴力と冷たさは、今のセリアにとって、この残酷な世界で唯一すがりつける『絶対的な盾』だった。
「あの……レイ」
セリアは涙を拭い、鼻をすすりながら、彼の広い背中に向かって小さな声で言った。
「……ありがとう。助けてくれて」
その言葉に、レイは足を止めず、背を向けたまま短く答えた。
「勘違いするな。これは『特別料金』だ。お前のツケに上乗せしておく」
憎まれ口。だが、その声のトーンは、コロニーで初めて会った時のように彼女を完全に突き放すものではなかった。ほんのわずかな、不器用な人間味が混ざっているように、セリアには聞こえた。
「行くぞ。忘れ物は拾え」
レイが顎でしゃくると、セリアは慌てて地面に転がった食料や溶接剤を袋に詰め直した。
レイは路地を離れる前、念のため暗殺者たちの身元を確認しようと、最後に射殺したリーダー格の男の死体の傍らにしゃがみ込んだ。
連邦軍の認識票のようなものを持っていないか探るためだ。
男の着ていた光学迷彩ポンチョを乱暴に剥ぎ取り、首元の装甲襟を引き裂く。
だが、連邦の紋章も、アウターズの階級章も見当たらなかった。
「……ただの賞金稼ぎか?」
レイが舌打ちをし、立ち上がろうとした、その時だった。
男の右側の首筋。装甲襟の下に隠されていた皮膚の表面に、鈍い青黒い色で刻まれた『あるもの』が、レイの視界の端に突き刺さった。
「……なっ!?」
レイの心臓が、まるで氷の杭を打ち込まれたかのように激しく跳ねた。
息を呑み、死体の首筋を乱暴に掴んで自分の方へ引き寄せる。
ステーションの薄暗い光の下。
死んだ暗殺者の首筋には、不気味なバーコードのような縦線の刺青が刻まれていた。
それは、デザインこそ微妙に異なっているものの、レイ自身の右首筋に刻まれているものと、不気味なほどに酷似していた。
バーコードの下には、極小の文字で、こう刻まれている。
【Project N / No.31】
「……ナンバーズ……だと……?」
レイの喉から、信じられないものを見たというような、掠れた声が漏れた。
脳裏に、再びあのフラッシュバックの断片――炎の中で笑う銀髪の男の顔と、「お前は作られた兵器だ」という呪いの言葉が蘇り、レイの全身を悪寒が駆け巡った。
「レイ……? どうしたの?」
異変に気づいたセリアが、不安げに覗き込んでくる。
レイは死体を乱暴に突き放し、自身の首筋の刺青を隠すようにコートの襟を強く握り締めた。
額に冷や汗が浮かんでいる。
(連邦の特殊部隊だけじゃない。俺と同じ『実験体』の生き残りが、暗殺者として放たれている……!?)
偶然ではない。過去はただレイの脳内に眠っているだけの亡霊ではなく、明確な『殺意』を持って、彼らを――あるいはレイ自身を――確実に狩りに来ている。
「……急ぐぞ。ここはもう、安全じゃない」
レイは足早に路地を抜け、メインストリートの喧騒へと飛び出した。
その背中は、見えない恐怖から逃れるように、ひどく張り詰めていた。セリアはその後ろ姿に、言い知れぬ不吉な予感を覚えながら、必死に彼に付いていくしかなかった。




