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鋼鉄の亡霊は星に問う  作者: guil727


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17/20

17.抗う者たちの波紋

荒野に、絶対的な神話がひび割れる音が響いた。


漆黒と黄金に彩られた絶望の魔王、『ルシファー・レガリア』。

その絶対無敵の象徴であった電磁防壁(Iフィールド)が砕け散り、胸部の装甲に刻まれた一条の無惨な亀裂から、青白いプラズマの火花が血のように噴き出している。


『……俺の、レガリアに……傷を、つけただと……?』


全地球の通信回路をジャックしているオープンチャンネルから、カイン・レイスの信じられないというような呟きが漏れた。

次いで、その呟きは、神の座を引きずり下ろされた男の、見苦しいほどの激怒と憎悪の絶叫へと変わった。


『この、泥人形がァァァッ!!』


カインの怒声と共に、ルシファー・レガリアの背部に展開する八枚のエネルギー・バインダーが、不吉な真紅に染まり上がった。

機体全体から吹き荒れる凄まじいプラズマの嵐が、周囲の砂塵を完全に吹き飛ばす。

カインは右腕の巨大なビーム・ソードを再度形成し、地に伏して動かない『継ぎ接ぎのヴォルフラム』を、文字通り塵一つ残さず消し去ろうと高く振り上げた。


コックピットの中で、レイ・ヴァンガードの意識は暗く冷たい水の底へと沈みかけていた。


左腕を失った肩口から、システムを通じて生々しい激痛の信号が絶え間なく脳髄を叩き続けている。

同期率シンクロ・レート100パーセントという致死領域の反動は、レイの強靭な肉体と精神をもってしても、もはや限界をはるかに超えていた。

全天周モニターはノイズにまみれ、警告の赤いランプが走馬灯のように明滅している。


(……ここまで、か……)


だが、レイの心に後悔はなかった。

カインの絶対防壁を破った。神ではなく、ただの血を流す機械であることを世界に証明した。あとは、自分が稼いだこの数分間の間に、世界が真実を受け止め、自らの足で歩き出してくれることを祈るだけだ。


振り下ろされる死の刃を見上げながら、レイは静かに目を閉じた。


――その時だった。


「レイを、殺させはしないッ!!」


通信機から、鼓膜を震わせるほどのセリアの悲痛な、しかし力強い絶叫が響いた。

直後。


ルシファー・レガリアの頭上、バベルの塔の頂上部に設置された超大型のマイクロ波送信アンテナが、本来の用途とは全く異なる異常な唸り声を上げた。


ズガァァァァァァンッ!!


目に見えない超高出力のマイクロ波の奔流が、天空からルシファー・レガリアを直撃した。

物理的な破壊力こそないものの、電子機器の回路を直接焼き切る強力な電磁波の嵐。セリアたちが送信したデータアーカイブの電波を、トビーが強制的に一極集中させ、カインの機体への『目に見えない砲撃』として放ったのだ。


『が、ぁぁッ!? なんだ、メインカメラが……センサー・フェイルだと!?』


カインの機体が、突如として空中でバランスを崩し、振り下ろそうとしたビーム・ソードの軌道が大きく逸れた。

刃はレイの機体の数メートル横の地面を抉り、巨大なクレーターを作るにとどまる。


バベルの塔の管制室では、トビーがコンソールから火花を散らしながら絶叫していた。

「出力120パーセント! アンテナの冷却材がもたねえ、あと十秒で基部ごとメルトダウンするぞ!」

「十秒で十分よ! 私が、照準を固定する!」


セリアは、マニュアル操作のコンソールに食らいつき、火傷しそうなほど熱を持った操縦桿を必死に握り締めていた。

彼女の指先は、恐怖ではなく、仲間を守るための確かな意志で力強く押し込まれている。

作られた人形としての過去を捨て、彼女自身が『人間』として引き金を引いた瞬間だった。


『小賢しい真似を……ッ! 塔ごと消し飛べェェッ!!』


センサーを焼かれ、盲目となったカインが、怒りに任せて背部のバインダーから無差別のビーム弾幕を放とうとする。


だが、その狂乱を止める、もう一つの『波紋』が起きていた。


『――こちら、地球連邦軍・第4軌道艦隊旗艦。全モビルスーツ部隊に告ぐ。攻撃を直ちに停止せよ』


オープンチャンネルに、連邦軍の将校の震える、しかし決意に満ちた声が割り込んできた。


『バベルの塔からのデータを受信した。……我々は、腐敗した特権階級の私兵ではない。地球とコロニーの平和を守るための軍隊だ。アウターズへの反撃を禁ずる。繰り返す、全機、武器を降ろせ!』


その通信を皮切りに、空を覆っていた連邦軍のモビルスーツたちが、次々とビーム・ライフルの銃口を下げ始めた。

彼らもまた、自分たちが信じていた正義が、遺伝子操作と裏金によって作られた偽物であったことに絶望していた。しかし、だからこそ、カインの望むような「血で血を洗う憎悪の連鎖」に加担することを、自らの意志で拒絶したのだ。


『なんだと……? 連邦の犬どもめ、なぜ撃ってこない!? 俺を、アウターズを憎め! 撃ち返してこいッ!』


カインが絶叫する。

彼の描いた「聖戦」のシナリオは、連邦という巨大な悪が抵抗してくることを前提としていた。だが、連邦の兵士たちは、武器を捨てることでそのシナリオを根底から破壊した。

ただ殺戮を続けるだけのカインの姿は、もはや救世主ではなく、ただの『狂った虐殺者』として全人類の目に映り始めていた。


「……聞こえるか、カイン」


ノイズだらけの通信回路に、低く、かすれた声が響いた。

カインがハッとしてモニターのノイズの先――地上を見下ろす。


土煙とマイクロ波の嵐の中で。

左腕を失い、ボロボロになった銀と白のキメラが、再びゆっくりと、大地を踏み締めて立ち上がろうとしていた。


「お前は……一人だ。復讐という名の孤独な王座に座って、誰も信じようとしなかった」


レイは、血に染まった手で操縦桿を握り直し、機体のメインジェネレーターを再起動させる。

コックピット内の警告アラートが鳴り止まない。だが、彼の心は不思議なほどに静かだった。


「俺も、ずっと過去から逃げて、自分は一人だと思い込んでいた。……だが、違った。俺の背中には、俺を信じてくれた奴らがいる。俺を人間だと言ってくれた奴らがいる」


ヴォルフラムの右腕のブレードに、再び紫電の光が宿る。

それは、暴走による狂気の光ではない。レイ・ヴァンガードという一人の人間の、絶対的な『守護』の意志が生み出した、透き通るような光だった。


「だから……俺は、お前に勝つ!!」


『黙れェェェッ! No.07(セブン)ォォォォッ!!』


マイクロ波の照射が限界を迎え、バベルの塔のアンテナが大爆発を起こして沈黙した。

視界を取り戻したカインは、残されたすべてのエネルギーを巨大なビーム・ソードに注ぎ込み、神の裁きのごとく、一直線にレイへと突撃してくる。


レイもまた、残された右腕と、背中のスラスターの全推力を解放し、大地を蹴った。


過去の亡霊と、未来を掴もうとする人間。

二つの光が、荒野の空で、最後の激突に向けて真っ直ぐに交差しようとしていた。

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