15.天の裁きと地の叫び
轟音と共に、バベルの塔の巨大な強化ガラス製エントランスが、サンドバギーの突撃によって粉々に砕け散った。
降り注ぐガラスの雨と土煙の中を、レジスタンスの車列が猛然と雪崩れ込む。
「止まるな! 一気にメイン管制室まで押し通るぞ!」
ガレスの怒号が吹き抜けのロビーに響き渡る。
塔の内部には、外の防衛線を突破されたことに狼狽する連邦軍の内部警備隊が待ち構えていた。アサルトライフルの銃撃戦が始まり、大理石の床や近代的なオブジェが次々と無残に削り取られていく。
「トビー、セリア! お前たちは先に行け! ここは俺たちが食い止める!」
ガレスはバギーから飛び降り、柱の陰から牽制射撃を放ちながら怒鳴った。彼に続くレジスタンスの兵士たちも、死を恐れぬ特攻じみた気迫で連邦兵を足止めしていく。
「行くぞ、お嬢様! 管制室は最上階の手前、第百二十層だ!」
トビーがハッキング用の端末を小脇に抱え、セリアの手を引いて非常用エレベーターのシャフトへと走り出す。
「ガレスさん、皆さんも……どうか死なないで!」
セリアは一瞬だけ振り返り、祈るような声を残して、薄暗いシャフトの階段を駆け上がり始めた。彼女の胸元で、希望のデータが収められたチタンケースがカチャカチャと硬い音を立てている。
一方、塔の外。
荒野の砂塵を切り裂いて、レイ・ヴァンガードの操る『継ぎ接ぎの獣』が、塔の入り口を塞ぐように立ちはだかっていた。
全天周モニターのレーダーが、狂ったように真っ赤な警告光を点滅させている。
残存する連邦のモビルスーツ部隊の反応ではない。それは、はるか上空――有毒なスモッグと黄土色の雲海の彼方から、凄まじい速度で降下してくる、常識外れの巨大な熱源だった。
「……大気圏外からの、直接降下だと……?」
レイは息を呑み、上空を睨みつけた。
ゴゴゴゴゴゴォォォォォッ!!
空が、文字通り「割れた」。
分厚い雲海を吹き飛ばし、プラズマの炎を纏いながら地表へと姿を現したのは、全長が優に一キロを超える、宇宙独立連合の超大型強襲揚陸艦だった。
まるで空に浮かぶ巨大な黒い刃。その威容は、大地にへばりつく虫ケラたちを見下ろす『天の裁き』そのものだった。
『――ご苦労だったな。俺の獲物をここまで追い立ててくれたこと、感謝するぜ、連邦の番犬ども』
オープン回線を通じて、絶対的な支配者の声が、荒野全体に響き渡った。
カイン・レイス。
その声が響いた瞬間、レイと交戦中だった連邦軍のパイロットたちはパニックに陥り、蜘蛛の子を散らすように後退を始めた。彼らにとっても、アウターズの最高指導者が直接、戦艦を駆って地球に降下してくるなど、想像を絶する悪夢でしかなかったのだ。
『さあ……鬼ごっこは終わりだ。帰ろうぜ、セブン』
艦体の中央下部。巨大なメインハッチがゆっくりと開き、そこに、一隻の巡洋艦を一撃で消し飛ばすほどの口径を持った『対艦用メガ粒子砲』の砲身が、不気味な紫色の光を収束させ始めた。
狙いはレイではない。
データが送信されるのを防ぐため、背後にそびえ立つ『バベルの塔』そのものを、レジスタンスごと消し炭にするつもりなのだ。
「……させるかッ!」
レイは操縦桿を引き絞り、ヴォルフラムの推力を全開にして、塔と強襲揚陸艦の射線の間に機体を割り込ませた。
背部に移植された白いスラスター・バインダーが悲鳴を上げ、機体の関節部から冷却材が白い蒸気となって噴き出す。ジェネレーター出力はすでに設計限界をはるかに超え、レッドゾーンの奥深くへと振り切れていた。
「俺の背中から……離れるなと言ったはずだ!」
ドグゥゥゥゥゥンッ!!!
強襲揚陸艦から放たれた紫色の閃光が、世界を完全に白く染め上げた。
レイは両腕の高周波ブレードをクロスさせ、機体から発生するプラズマの防御フィールドを最大展開して、その極太の光の奔流を正面から受け止めた。
「が、ぁ、あぁぁぁぁぁぁッ!!」
コックピット内に、装甲が融解する凄まじい熱波と、機体が軋む絶叫のような金属音が響き渡る。
神経同期を通じて、レイの肉体そのものを超高熱のバーナーで焼かれているような激痛が貫く。血管が張り裂けそうになり、口から大量の血が吹き出した。
『無駄な足掻きだ! あの時逃げ出したお前が、今更誰かを守る盾になれるとでも思っているのか!』
カインの嘲笑が、熱波の向こう側から突き刺さる。
「うる、さい……ッ。俺はもう、過去の亡霊の言葉からは逃げないッ!」
レイは血走った眼を見開き、操縦桿を握る両手から血を流しながら、決して機体を一歩も引かせなかった。
(……頼む、セリア。……急いでくれ……!)
一方、バベルの塔の第百二十層。
「ハァッ、ハァッ……着いた、ここがメイン管制室だ!」
トビーが蹴り開けた分厚い防爆扉の向こうには、太陽系全土の通信網を掌握する、巨大なサーバー群と円形のコンソールルームが広がっていた。
すでに職員は避難しており、無人のコンソールが冷たい電子音を響かせている。
「トビー、これを!」
セリアは震える手で、ポケットからチタンケースを取り出し、中のメモリードライブを彼に託した。
「任せとけ。暗号鍵は親父さんの生体認証……いや、お嬢様、あんたの指紋でバイパスを通す! ここに手を置いてくれ!」
トビーはコンソールのカバーを開け、配線を自分のポータブル端末に直結させた。すさまじい速度でタイピングを行い、連邦軍の軍事ファイアウォールを強引にこじ開けていく。
ズゴォォォォォンッ!!
塔全体が、大地震のように激しく揺れた。外でレイが、強襲揚陸艦の主砲を受け止めている余波だ。天井から崩れ落ちてくるコンクリートの破片に、セリアは短い悲鳴を上げた。
「……もってくれよ、レイ……! よし、最終プロトコル突破! 全周波数帯、ジャック完了!」
トビーが歓喜の声を上げる。
「お嬢様、ドライブを挿せ! 送信ボタンは、あんたが押すんだ!」
セリアは頷き、メインコンソールのスロットに、養父から託されたメモリードライブをしっかりと差し込んだ。
画面に『DATA READY』の緑色の文字が浮かび上がる。
(おとうさま。……あなたが命を懸けて守った希望を、今、世界に放ちます。私が、作られた人形ではない、私自身の意志で)
セリアは、赤く点滅する『強制送信』のボタンに手を置き、真っ直ぐな瞳でそれを押し込んだ。
ピィィィィィンッ!!
その瞬間。
地球の各都市、宇宙に浮かぶ無数のスペースコロニー群、中立ステーション、そして連邦軍やアウターズの艦隊のブリッジに至るまで。
太陽系に存在するあらゆるモニター、公衆スクリーン、個人の携帯端末が、一斉にジャックされ、砂嵐の後に一つのデータアーカイブを映し出し始めた。
『――プロジェクト・ナンバーズによる、非人道的な生体兵器開発の全貌』
『――辺境コロニーへの無差別爆撃の記録と、その裏資金の横流し先』
『――デザイナーズ・チルドレン計画による、中枢の血統統制プロトコル』
それは、連邦政府という巨大な正義の皮を被った怪物の、醜悪極まりない真実の暴露だった。
コロニーの広場で足を止める人々。地球の地下シェルターで息を呑む市民たち。連邦軍の若き兵士たちの間に、衝撃と動揺が波紋のように広がっていく。
「……やった。……送信、完了よ……」
セリアはコンソールに手をつき、涙ぐみながらへたり込んだ。トビーも「やりやがった……!」とガッツポーズを突き上げる。
だが。
彼らが成し遂げたその偉業を、あざ笑うかのような現象が、外の空で起きていた。
レイが受け止めていた紫色のメガ粒子ビームが、突如として出力を弱め、消滅したのだ。
「……なに……?」
荒い息を吐きながらモニターを見たレイの目に、信じられない光景が飛び込んできた。
上空で静止しているアウターズの強襲揚陸艦から、カイン・レイスの狂気に満ちた、大声での『哄笑』が響き渡っていたのだ。
『あははははッ! 素晴らしい! 素晴らしいぞ、セブン! そして特務機関のお姫様!』
「……カイン……?」
レイは、悪寒に震える声でその名を呼んだ。
『俺がなぜ、塔を根本から破壊する出力を出さなかったか、わかるか? お前たちに、その忌まわしい連邦の暗部を、世界中に送信させるためだよ!』
その言葉の意味を理解し、レイの心臓が早鐘のように打ち始めた。
『俺はアウターズの頂点に立った。だが、太陽系にはまだ連邦を信じている愚民どもが多すぎる! 俺が武力で連邦を焼き払えば、俺たちはただの侵略者だ。だが……お前たちが連邦の「絶対悪」の証拠をバラ撒いてくれたおかげで、これで全人類は連邦への憎悪に染まる!』
カインの狙い。
それは、セリアたちの行動を完全に読み切った上での、最悪の『利用』だった。
真実の暴露によって連邦への信用を完全に崩壊させ、アウターズによる地球侵攻の絶対的な「大義名分」とするためのマッチポンプ。
『さあ、開幕だ。偽りの平和に溺れた地球を、完全に灰燼に帰すための、聖なる戦争がな!』
強襲揚陸艦のハッチから、無数の光の点が地上へと投下され始めた。
それは、アウターズの主力モビルスーツ部隊。そして、その中央から悠然と降下してくる、一機の異形の機体があった。
装甲は夜の闇よりも深く、機体の各所に金の意匠が施された、悪魔の王のような巨大なモビルアーマーサイズのカスタム機。
その胸部には、ナンバーズの頂点たる『No.01』の刻印が刻まれている。
カイン・レイスの専用機――『ルシファー・レガリア』。
絶望が、再び大地を黒く塗り潰していく。
真実の送信は、終わりではなく、太陽系全土を巻き込む真の最終戦争の始まりを告げる、最悪のファンファーレに過ぎなかったのだ。




