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鋼鉄の亡霊は星に問う  作者: guil727


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13/15

13.灰の中の真実

光が、すべてを白く塗り潰していた。

それは白銀の機体が引き起こした核融合炉の自爆の閃光であり、同時に、レイ・ヴァンガードの脳髄の奥底で弾け飛んだ、記憶の扉を焼き払う光でもあった。


圧倒的な熱と衝撃波が荒野を薙ぎ払い、砂塵の雲を吹き飛ばす。

だが、レイの意識は、鼓膜を破るような爆音の中にはなかった。彼の精神は、システム・ヴォルフラムの強制的なシャットダウンに伴う急激な減圧症のようなブラックアウトを経て、底なしの深淵――己自身の『過去』へと、完全に墜落していた。


――無機質な、白。

視界に広がるのは、荒野の空ではなく、殺菌灯の冷たい光に照らされた無菌室の天井だった。

強烈な消毒液の匂いと、微かに漂う血の臭い。

自身の体が、冷たい手術台の上に拘束されている感覚がある。頭蓋骨に直接ドリルを当てられるような鋭い痛みが、幻覚として脳細胞を駆け巡る。


『痛いか、セブン』


不意に、隣の手術台から声がした。

首だけを動かしてそちらを見ると、拘束衣を着せられた銀色の髪の少年が、こちらを見て微笑んでいた。

年齢は十代半ば。透き通るような白い肌は、度重なる投薬と実験によって痛々しいほどに痩せ細っている。しかし、その瞳だけは、この地獄のような研究施設の中で、唯一の『熱』を帯びてギラギラと輝いていた。


『……あぁ……痛いよ、ワン』


レイの口から、自分のものとは思えない、幼く怯えた声が漏れる。


『俺たちは作られた兵器だ。パパもママもいない、廃棄予定のゴミから拾い上げられた部品だ。……でもな、俺たちは生きている』

銀髪の少年――『No.01(ワン)』と呼ばれた彼は、血の滲んだ手で、レイの方へと必死に指先を伸ばしてきた。

レイもまた、拘束を擦り切らせながら、その指先にそっと触れる。

冷たい無菌室の中で、互いの指先から伝わる微かな体温だけが、彼らが『人間』であることの唯一の証明だった。


『俺が、お前を連れ出してやる。こんな腐った世界、俺たち二人で全部燃やしてしまおう。……約束だ、俺の可愛い弟』


少年の狂気と愛情に満ちた言葉。

そして、光景は一転する。


燃え盛る炎。崩壊する研究施設。

白衣を着た研究員たちが、血溜まりの中で絶命している。その中心で、返り血を浴びて恍惚と笑う、成長した銀髪の男の姿。


『見ろよ、セブン! 綺麗だろ? 俺たちを縛っていた連中は、みんな肉の塊になった!』

『……やめろ、カイン……もう、やめてくれ……!』


レイは、血に濡れた自分の両手を見つめながら、泣き叫んでいた。

敵を殺すための兵器として作られた。だが、レイの心の奥底には、どうしても消し去ることのできない『人間としての倫理』の欠片が残っていたのだ。

狂喜するカインの姿が、恐ろしかった。このまま彼と一緒にいれば、自分も完全に血に飢えた化け物になってしまう。

だから、レイは逃げた。

炎に包まれるコロニーの中で、手を差し伸べる無二の親友を背にして、己の記憶に自ら蓋をし、暗い宇宙へと一人で逃げ出したのだ。


『……逃げるのか、セブン。俺を置いて、お前だけが救われるというのか!』


炎の向こう側から響く、絶望と怨嗟に満ちたカインの絶叫。

それが、レイ・ヴァンガードの抱えるすべての罪の正体だった。


「……あ……が、はッ……!!」


現実の痛みが、レイの意識を現在へと強引に引き戻した。

激しい咳き込みと共に、レイはコックピットのコンソールに真っ黒な血を吐き出した。

ドロリとした血の塊が、ショートして火花を散らす計器板の上にべっとりと張り付く。胃袋が痙攣し、全身の骨が軋むような激痛が、彼がまだ生きていることを残酷に証明していた。


薄く目を開ける。

全天周モニターは完全にブラックアウトしており、非常用ハッチの隙間から、赤い夕陽のような光が差し込んでいた。

白銀の機体が自爆した凄まじい閃光と衝撃波。ヴォルフラムのフェイズ・シフト装甲の残滓と、とっさに展開した防御フィールドが、辛うじて核融合の直撃からコックピットを守り抜いたのだ。

しかし、その代償はレイの肉体と精神に、修復不可能なほどのダメージを刻み込んでいた。


「はぁっ……はぁっ……」


血生臭い息を吐きながら、レイは震える手で非常解放レバーを引いた。

ボゴッ、という鈍い音と共にハッチが吹き飛び、外の空気が流れ込んでくる。


荒野は、静まり返っていた。

白銀の機体が爆発した中心地帯は、超高熱によって砂がガラス状に融解し、巨大なすり鉢状のクレーターを形成していた。そこから立ち昇る黒煙が、どんよりとした黄土色の空をさらに暗く覆い隠している。

指揮官機を失った無人機ドローンの群れは、統制アルゴリズムが崩壊したのか、糸の切れた操り人形のように、あちこちの岩山に墜落して黒焦げの残骸と化していた。


「……レイ!!」


土煙の向こうから、悲鳴のような声が聞こえた。

泥だらけになったセリアが、斜面を転がるようにして駆け降りてくる。その後ろには、トビーとガレス率いるレジスタンスの面々が、警戒しながら銃を構えて続いていた。


「レイ! ああ……よかった、生きて……!」

セリアは、コックピットから半身を乗り出したまま力なく垂れ下がっているレイにすがりつき、その血まみれの顔を見て息を呑んだ。


「……触るな」

レイは、彼女の手を弱々しく、だが明確な拒絶の意志を持って払いのけた。


「え……?」

「俺に、触るな……ッ」


レイは顔を背け、再びゴホッと激しく咳き込み、地面に血を吐き出した。

今の彼には、セリアの向ける純粋な心配の眼差しが、何よりも恐ろしく、そして痛かった。

自分は、彼女が信じてくれたような『不器用で優しい傭兵』などではない。かつて共に地獄を生き抜いた唯一の親友を見捨て、その親友が復讐の鬼と化すのを放置して逃げ出した、最も卑劣な裏切り者なのだ。

その罪の意識が、レイの心を真っ黒な泥のように覆い尽くしていた。


「おい、どうしたんだよレイ……。ひどい出血じゃないか」

追いついたトビーが、顔を青ざめさせながらレイを支えようとする。


「無人機どもは……全滅したのか」

レイはトビーの助けを拒み、自らの力でよろめきながら地上へと降り立った。


「ああ。あの白い親玉が爆発した途端、全部墜落した。お前が……お前が一人で、全部やってくれたんだな」

トビーは震える声でそう言いながら、ガラス状に固まった巨大な爆心地のクレーターを見渡した。


「……終わってなど、いない」

レイは虚ろな目で、黒煙を上げる残骸の山を睨みつけた。

「あれは……ただの伝令だ。俺の中に眠る過去を呼び覚ますための、死のメッセンジャーに過ぎない」


その時だった。


「おい、トビー! こっちに来てくれ!」

爆心地の近くを捜索していたレジスタンスの兵士が、大きく手を振って叫んだ。

「敵機の残骸の中から、奇跡的に焼け残ったブラックボックスみたいな部品を見つけた! お前の腕なら、こいつから何かデータが抜けないか!?」


「なんだと!?」

トビーは工具袋を掴み、すぐさま兵士のもとへ駆け出した。

ガレスも鋭い視線を向け、それに続く。セリアはレイを支えようとためらったが、レイが一人で歩き出したため、その後ろを不安げについていった。


ガラス化した砂の上に転がっていたのは、白銀の機体の頭部――メインカメラと通信モジュールが組み込まれた、装甲の塊だった。熱で半分ドロドロに溶けていたが、内部の記憶媒体コアは特殊な耐熱シールドに守られ、奇跡的に形を留めていた。


「……いける。この端子なら、俺の携帯端末から直接ハッキングできる」

トビーは額の汗を拭い、手際よく配線を繋ぎ合わせた。

ポータブル端末の小さな画面に、暗号化されたデータの羅列が猛烈な勢いで流れ始める。


「暗号キーは……連邦の規格じゃない。だが、構造が似てる。これなら……!」

トビーの指先が踊るようにキーを叩く。天才的なジャンク屋の直感と技術が、敵の遺した最期の記録をこじ開けていく。


ピピッ、と。

短い電子音が鳴り、画面に一つのフォルダが展開された。


「……開いた。こいつは……この部隊の『通信ログ』と、指揮系統のデータだ」

トビーは画面に顔を近づけ、その内容を読み上げ始めた。


「こいつら、連邦の正規軍じゃない。……識別コードの頭文字は『O』。……アウターズの強硬派、その中でも最精鋭とされる直属の特務部隊だ」

ガレスが横から画面を覗き込み、低く唸った。

「アウターズだと? なぜ宇宙移民の独立軍が、連邦の生体兵器ナンバーズのコピーなんてものを使っているんだ……?」


「……それだけじゃない」

トビーの声が、微かに震え始めた。

彼の指が、データツリーの最上層――この部隊に直接命令を下していた『最高司令官』の項目をタップする。


画面に、一枚の顔写真と、長文のプロフィールが浮かび上がった。


それを見た瞬間。

レイの呼吸が、完全に停止した。


「……指揮官の個人データ……。現・宇宙独立連合『アウターズ』最高指導者……」

トビーは、喉の奥をカラカラに乾かせながら、その名前を読み上げた。


「――『カイン・レイス』」


風の音が、不気味なほどに静まり返った。


画面に映し出されていたのは、長い銀色の髪を後ろで束ね、軍服の肩に豪奢なマントを羽織った男の肖像画だった。

その整った顔立ちは、かつてレイが知っていた少年の面影を残しながらも、冷酷なカリスマ性と、狂気を帯びた絶対的な権力者のそれへと変貌していた。

地球連邦という巨大な体制に真っ向から反旗を翻し、太陽系の半分を熱狂の渦に巻き込んでいる、アウターズの救世主。


「……嘘だろ……」

トビーが端末を取り落としそうになる。

「カイン・レイスって……アウターズのトップだぞ!? なんでそんな雲の上の化け物が、わざわざこんな極秘部隊を使って、レイを……」


トビーとセリアが、同時にレイの方を振り返った。


レイは、自分の両手で顔を覆い、カタカタと肩を震わせていた。

笑っているのか、泣いているのかわからない、ひどく歪んだ、壊れたような呼吸音。


「……あは……あはは……っ」


フラッシュバックで見た、血の海で笑う親友の姿が、目の前の端末に映る最高指導者の顔と完全に重なり合う。

連邦への復讐を誓い、炎の中に取り残された少年。

彼は死ななかった。死ぬどころか、自らの憎悪を糧にして、アウターズという巨大な軍事組織の頂点にまで上り詰めたのだ。

そして今、彼は星を焼くほどの権力と武力を手に入れ、自分を見捨てた『裏切りレイ』を、確実な殺意を持って迎えに来た。


「レイ……あなた、この人を知っているの……?」

セリアが、恐る恐る尋ねる。


レイは顔を覆っていた手を下ろした。

その瞳は、絶望のあまりにすべての光を吸い込む、底なしの暗闇と化していた。


「……知っているさ」

レイの口から、呪いを吐き出すような声が漏れた。


「奴は……カインは、俺と同じ『ナンバーズ』の第一号(No.01)。……俺が、地獄に置き去りにした、かつての親友だ」


灰に塗れた荒野に、残酷すぎる真実が突きつけられた。

単なる追っ手からの逃亡劇は、ここに終わった。彼らが立ち向かわなければならないのは、連邦の腐敗だけではない。太陽系全土を巻き込んで己の復讐を果たそうとする、過去から蘇った最強の『亡霊』そのものだった。

地下墓地カタコンベの最奥、冷たいコンクリートに囲まれた管理室には、重く淀んだ沈黙が立ち込めていた。


むき出しのパイプから時折響く、軋むような水音。そして、部屋の中央に置かれた旧式のホログラム端末が発する、冷却ファンの低い唸り声。

荒野での死闘を終え、逃げるようにしてこの地下へ舞い戻ってきた彼らの間には、もはや言葉を交わす気力すら残されていなかった。


レイ・ヴァンガードは部屋の隅の暗がりに身を沈め、冷たい壁に背を預けたまま、両膝を抱え込んで微動だにしなかった。

血と泥に塗れたパイロットスーツ。うつむいた彼の顔は前髪の影に隠れ、その表情を窺い知ることはできない。だが、彼が放つ空気は、かつての氷のような冷徹さではなく、ただ過去の巨大な重圧に押し潰され、息絶え絶えになっている敗北者のそれだった。


宇宙独立連合アウターズの最高指導者、カイン・レイスが、かつてのプロジェクト・ナンバーズ第一号である』


その事実は、この場にいる全員の心を根底からへし折る猛毒だった。

レジスタンスのリーダーであるガレスは、壁際で苛立たしげに腕を組み、何度も舌打ちを繰り返している。連邦の腐敗を暴くための戦いが、いつの間にか、過去の狂った生体兵器たちの個人的な復讐劇と太陽系の覇権争いのド真ん中に放り込まれてしまったのだ。


「……くそっ。連邦もアウターズも、どいつもこいつも狂ってやがる」

トビーが、床に座り込んで頭を抱えたまま、呻くように言った。

「レイが化け物扱いされて苦しんでた裏で、あのアウターズの親玉は、自分から進んでその化け物の力で世界を燃やそうとしてるってのかよ……」


その絶望的な空気を打ち破るように、カチャカチャという乾いたタイピングの音が、一定のリズムで響き始めた。


セリアだった。

彼女は、泥で汚れた作業着のまま、再びホログラム端末の前に座り込み、青白い光のパネルに向かって必死に指を動かしていた。

彼女の瞳には、ひどい疲労と悲しみが滲んでいたが、同時に、何かに取り憑かれたかのような異常な執念が宿っていた。


「……セリア。もう休めよ。そのデータは、もう俺たちが抱えきれるレベルの代物じゃねえ」

トビーが気遣うように声をかけるが、セリアは画面から目を離さなかった。


「……父は、知っていたはずよ」

セリアの掠れた声が、タイピングの音に混じって響く。

「父が特務機関の長官として、強硬派の動きを監視していたのなら、アウターズの指導者の正体が『No.01』であるという情報も、このデータの奥底に隠されているかもしれない。……ガレスさんたちが虐殺された本当の理由も、すべては、この暗号の向こう側にあるのよ」


彼女は、自分を信じさせてほしかったのだ。

優しかった養父が、ただの保身のために罪のない人々を売り渡したのではないという証拠を。彼が命を賭して遺したこのデータの中に、何か絶対的な『希望』が隠されているはずだと、縋り付くようにして暗号解読のアルゴリズムを走らせ続けていた。


「……よし。第二層のプロテクト、解析完了……」


セリアの指がエンターキーを叩き込んだ瞬間、ホログラムの青白いウィンドウが赤く明滅し、空間に新たなデータツリーが展開された。

『アクセス承認。極秘ファイル群を展開します』


空中に浮かび上がったのは、先ほどの「プロジェクト・ナンバーズ」の戦闘データとは異なる、膨大な遺伝子配列の螺旋モデルと、無数のカルテの画像だった。


「……なんだ、こりゃ。また人体実験の記録か?」

トビーが顔をしかめながら、画面を覗き込む。


「……『プロジェクト・D』……」

セリアは、ファイルのタイトルを読み上げ、その概要のテキストに目を走らせた。

その瞬間、彼女のエメラルドグリーンの瞳が、大きく見開かれた。


「……え……?」

タイピングを続けていた彼女の両手が、空中でピタリと硬直した。


「おい、お嬢様。何が書いてあるんだ?」

トビーが不審に思って尋ねるが、セリアは答えない。いや、答えられないのだ。彼女の呼吸は完全に止まり、顔からはスッとすべての血の気が引いていく。


ホログラムの光に照らされた彼女の唇が、カタカタと小さく震え始めた。


「……『デザイナーズ・チルドレン』……計画……」

絞り出すような、ひどく虚ろな声。


「……デザイナーズ・チルドレン?」

ガレスが眉をひそめて聞き返した。「遺伝子調整で、親の望む容姿や能力を持たせた子供のことか? 連邦の富裕層の間じゃ、昔から裏で流行っていた違法ビジネスだろ。それがどうした」


「違う……。これは、そんな個人的なものじゃない……っ」

セリアは、画面のテキストをスクロールさせながら、息も絶え絶えに読み上げた。


「……『連邦政府の中枢において、次世代の政治的指導層を人為的にコントロールするための極秘計画』……。特定の遺伝子を持つ精子と卵子を掛け合わせ、完璧な知能、容姿、そして『権力者に好まれる性格』をデザインして生み出された、人工の子供たち……」


部屋の空気が、急激に冷え込んでいくのを感じた。


「彼らは……連邦の高官や、影響力のある政治家の養子として送り込まれる。……目的は、養親の情を引いて内部から思想を誘導すること、あるいは……将来的に有力者同士の政略結婚の道具とし、連邦の血統を完全に管理すること……」


トビーは唖然として口を開けた。

プロジェクト・ナンバーズが、戦闘のための『物理的な兵器』だとするなら。

このデザイナーズ・チルドレン計画は、政治と社会を内側から支配するための『社会的な兵器』だった。


「ひでえ話だ……。子供を、完全に政治のチェスの駒として工場生産してたってのかよ」

トビーが吐き気を催すように顔を背ける。


だが、セリアの絶望は、そんな一般論の次元にはなかった。

彼女の震える指先が、その計画の『成功例』として登録されている、数百人の被検体リストのファイルをタップした。


ズラリと並ぶ、無機質な製造番号シリアルコードと、引き取られた先の高官の名前。

セリアの目は、そのリストの一角に釘付けになったまま、動かなくなっていた。


彼女の視線の先。

ホログラムの空間に浮かぶ一つのカルテには、見慣れた少女の幼い頃の写真が添付されていた。


【製造番号:CA-001】

【外見的特徴設定:金髪碧眼、庇護欲を煽る柔和な顔立ち】

【性格調整プロトコル:正義感が強く、養父に対して絶対的な依存と信頼を抱くよう条件付け】

【引取先:地球連邦軍 特務機関長官 アーサー・アークライト】


【個体名:セリア・アークライト】


「……あ……ぁ……」


セリアの喉から、ヒューッという空気が漏れる音がした。

彼女の目に映る世界が、音を立てて崩壊していく。


「……嘘……」


セリアは、画面に触れようと手を伸ばしたが、その手は激しく震え、ホログラムの光をすり抜けた。

「嘘よ……こんなの、嘘……ッ!!」


彼女は立ち上がり、後退りした。パイプ椅子が派手な音を立てて倒れる。


「セリア!?」

異変に気づいたトビーが駆け寄ろうとするが、セリアは自分の頭を両手で強く抱え込み、狂乱したように首を横に振った。


自分が、作られた命。

自然の摂理の中で生まれた人間ではなく、遺伝子の配列を計算され、試験管の中で『長官の娘』という役割を演じるためにデザインされた、精巧な人形。


(おとうさまが、私を愛してくれたのは……私が、愛されるように『作られていた』から……?)


養父の温かい手。自分に向けられていた優しい微笑み。

正義を愛し、理想を追い求めようとした自分自身の心。

そのすべてが、誰かがキーボードで打ち込んだ『性格調整プロトコル』というプログラムの実行結果に過ぎなかったのだ。


「ああぁぁぁぁぁッ!!」


セリアは床に崩れ落ち、獣のように泣き叫んだ。

父親がレジスタンスを裏切ったかもしれないという事実以上に、彼女の存在の根幹を完全に破壊する真実。

自分という人間は、最初からこの世界に存在していなかった。思い出も、愛情も、すべては連邦の政治劇を円滑に進めるために用意された、安っぽい偽物だったのだ。


「私なんて……っ、最初から、生きてなんかいなかった……! ただの、道具……連邦の、お飾りの人形……ッ!」


彼女の悲痛な叫びが、コンクリートの壁に虚しく反響する。

ガレスもトビーも、あまりにむごたらしい真実を前に、かける言葉を完全に見失い、ただ立ち尽くすことしかできなかった。


ただ一人を除いて。


暗い部屋の隅で膝を抱えていたレイが、ゆっくりと顔を上げた。

彼の虚ろだった瞳に、床に突っ伏して慟哭するセリアの姿が映り込んでいる。


(作られた命。……役割を与えられただけの、人形)


レイの脳裏に、かつて研究施設で自分の腕にバーコードを刻まれた時の記憶が蘇る。

人間であることを剥奪され、シリアルナンバーで呼ばれる絶望。

自分が自分の意志で生きていると信じていたものが、すべて他人の掌の上で踊らされていたのだと知った時の、あの底知れぬ吐き気。


痛いほど、わかった。

今、床で泣き崩れている彼女の心の軋みが、レイの神経を直接撫でるように伝わってくる。


レイは、重い体を壁から引き剥がし、ふらつく足取りで立ち上がった。

「レイ……?」

トビーが驚いて声をかけるのを無視し、レイは無言のまま、セリアのもとへと歩み寄った。


「来ないで……ッ!」

セリアは、近づいてくるレイの気配に怯えたように身をすくめ、顔を覆ったまま叫んだ。

「私を見ないで……! 私は人間じゃない……! ただの、作られたガラクタよ……あなたを巻き込んで、偉そうに正義を語っていた私は……全部、プログラムされた偽物だったのよ……っ!」


彼女の涙は、床の泥を濡らし、悲惨な染みを作っていく。

自分のアイデンティティが完全に消滅した彼女にとって、もう立ち上がる理由などどこにもなかった。


レイは、セリアの目の前でゆっくりと片膝をついた。

血と油で汚れた彼の右手が、不器用に、しかし確かな重さを持って、セリアの震える頭の上に置かれた。


「……っ」

セリアの肩が、ビクンと跳ねた。


レイの手は、ひどく熱かった。大気圏の摩擦熱と、戦いの過負荷を乗り越えた、痛ましいほどの『生』の熱量。


「……泣くな」


レイの声は、いつものような冷徹な突き放しでも、あきらめの混じった溜め息でもなかった。

それは、ひどく不器用で、ぶっきらぼうで、しかし、地獄の底を共に這いずり回ってきた戦友に向けるような、絶対的な強さを帯びていた。


「俺を見ろ、セリア」

レイの言葉に、セリアは恐る恐る、涙と泥でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。

至近距離で交差する、絶望に濡れたエメラルドグリーンの瞳と、過去の狂気を押さえ込んだ深い闇色の瞳。


「遺伝子をいじられたくらいで、自分が偽物だなんてふざけたことを言うな」

レイは、セリアの頭に乗せた手に、少しだけ力を込めた。


「お前が作られた命だろうが、なんだろうが関係ない。ステーションの路地裏で暗殺者に立ち向かったのも、宇宙空間で暴走する俺を声で引き戻したのも……さっき、自分の父親の罪と向き合おうと決めたのも、他の誰でもない『お前』だ」


「でも……それは、そういう性格に設定されていたから……!」


「違うッ!」

レイの低い一喝が、セリアの反論を断ち切った。


「プログラムで設定された正義感なら、とっくにあの宇宙船の中で絶望して死んでる。……お前が今ここで泣いているのは、お前自身が、自分の足で生きたいと足掻いている証拠だ」


レイは、自らの首筋に刻まれたバーコードの刺青を、セリアの目の前に晒すように襟元を広げた。


「俺は、人殺しのために作られた兵器だ。お前は、政治の道具として作られた人形だ。……だからどうした。俺たちは今、こうして生きて、同じ泥水をすすって息をしている」


レイの言葉は、まるで呪いを解く魔法のように、セリアの心に深く、鋭く突き刺さっていった。

彼は、自分自身の絶望すらも燃料にして、目の前で崩れ落ちそうな少女の魂を強引に繋ぎ止めようとしていた。


「過去がどう作られていようと、関係ない。……今、ここで泣いているお前の意志は、お前だけのものだろ」


その瞬間、セリアの目から、今までとは全く違う、温かく大きな涙が溢れ出した。


「あ……ああぁぁぁっ……!」

セリアは、レイの胸に顔を押し当て、子供のように声を上げて泣きじゃくった。

偽物だと思い込んでいた自分の心を、世界で一番不器用な男が「本物だ」と肯定してくれた。その事実が、彼女の砕け散ったアイデンティティを、再び熱く結び合わせていく。


レイは、セリアの震える背中に、戸惑いながらも左手をそっと回した。

薄暗い地下室の中で。

作られた兵器と、作られた人形は、互いの痛みを共有し、寄り添うことで、初めて『人間』としての確かな一歩を踏み出そうとしていた。

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