12.鏡写しの死闘
崩落の危機に瀕した巨大な地下空間には、絶叫と怒号、そして岩盤が砕け落ちる重低音が狂騒曲のように響き渡っていた。
天井のひび割れから赤茶けた土砂が滝のように降り注ぎ、非常用投光器の光を乱反射して、視界をセピア色の絶望に染め上げている。逃げ惑う人々の波を逆行するようにして、レイ・ヴァンガードは第一格納庫へと足を引きずりながら進んでいた。
「……はぁっ……くそっ……」
一歩踏み出すごとに、鉛を飲まされたような重い痛みが全身の筋肉を苛む。
神経系はすでに限界を超え、指先は微かな痙攣を繰り返していた。それでも、レイの双眸には決して消えない暗い炎が宿っていた。
彼が第一格納庫の分厚い防爆扉をこじ開けると、そこには、剥き出しの投光器に照らされた『異形』が横たわっていた。
大気圏突破の摩擦熱で漆黒の装甲を完全に失った『ヴォルフラム』。
装甲という皮を剥がれた巨大な獣の骸のように、鈍く光る銀色の内部骨格と、その隙間を這い回る血のように赤い発光回路が剥き出しになっている。機体は沈黙しているにもかかわらず、その赤い光はレイの心拍に呼応するかのように、ドクン、ドクンと不気味な脈動を繰り返していた。
整備用のタラップを這い上がり、半ばひしゃげたコックピットに身を滑り込ませる。
血と汗の染み付いたシートに背中を預けた瞬間、レイは大きく深呼吸をし、己の右首筋――『No.07』の刺青が刻まれた場所に自ら端子を押し当てた。
『――生体波形、再認識。システム・ヴォルフラム、起動』
「が、ぁっ……!!」
強制的なニューラル・リンクの再接続。
まるで後頭部を巨大なハンマーで殴りつけられたような衝撃が脳髄を貫き、眼球の裏側で火花が弾けた。口の中に、生温かい鉄錆の味が広がる。
システムはすぐさまレイの意識を過去の暗い深淵へと引きずり込もうと、甘い狂気の麻薬を分泌し始める。
「……引っ込んでろ、亡霊……」
レイは奥歯を噛み砕き、血の滲む唇から呪詛のように吐き捨てた。
「今は俺が……『レイ・ヴァンガード』が、この機体を動かす……!」
コンソールを叩き、神経同期率を人間の自我が保てるギリギリのラインである「45パーセント」で強制的にロックする。全能感と引き換えに、肉体的な苦痛と恐怖を自分自身で引き受けるという、狂気への抵抗だった。
全天周モニターが起動し、岩盤に囲まれた格納庫の景色が網膜に展開される。
「行くぞ」
赤い発光回路が一際強く輝き、銀色の巨神が立ち上がった。
レイはスラスターの出力を一気に限界まで引き上げ、格納庫の天井――分厚い岩盤とコンクリートの層に向けて、機体を垂直に跳躍させた。
ドゴォォォォォォンッ!!
地球の乾いた荒野に、突如として巨大な地割れが走り、火山の噴火のような猛烈な土砂の柱が空高く吹き上がった。
吹き飛ぶ岩盤の破片の中から、青白い推進炎を引いて、真紅の光を放つ銀色の異形が虚空へと躍り出る。
「……ここが、今の地球の空か」
モニター越しに見る空は、分厚い砂塵と有毒なスモッグに覆われた、どんよりとした黄土色だった。
だが、その景色に見とれている暇はない。
地上に躍り出たヴォルフラムを待っていたのは、太陽の光を遮るほどに密集した、所属不明の無人機の大群だった。
鳥と昆虫を融合させたような全長十メートルの銀色の機体群。その中心にある赤い単眼センサーが一斉に、地底から現れた『最大の標的』へとロックオンの光を放つ。
「俺の臭いに釣られてきた野良犬どもめ。……残らずスクラップにしてやる」
レイは操縦桿を引き絞り、空中の無人機群へ向かって一直線に突進した。
右腕の高周波ブレードを展開し、先頭の一機に向かって、袈裟懸けの斬撃を放つ。
ニューラル・リンクの補正がなくとも、レイの培ってきた戦闘勘は一流だ。相手がプログラムで動くただの無人機であれば、この一撃で両断できるはずだった。
――だが。
「……なっ!?」
刃が敵機の装甲を捉えるコンマ一秒前。
無人機は、まるでレイの動きを完全に『知っていた』かのように、スラスターを逆噴射させて紙一重でブレードの軌道を躱したのだ。
それだけではない。回避と同時に、機体をコマのように回転させ、レイの死角である左下からのカウンター――ビーム・ライフルのゼロ距離射撃を放ってきた。
「チッ!」
レイは反射的に機体を捻り、ビームを間一髪で避ける。肩の装甲表面がかすられ、装甲が溶ける嫌な熱がコックピットに伝わってきた。
(なんだ、今の動きは……?)
レイの背筋に、氷のような冷たい汗が流れ落ちた。
偶然の回避ではない。無人機が取ったカウンターの角度、タイミング、そしてスラスターの吹かし方。
それは、レイ自身が乱戦時に最も好んで使う、完全に体に染み付いた『癖』そのものだったのだ。
動揺するレイを嘲笑うかのように、残る無人機が三機一組のフォーメーションを組み、波状攻撃を仕掛けてくる。
上空からのビームの雨を掻き潜り、レイは再びブレードで斬りかかるが、攻撃はことごとく空を切る。
敵は、レイがフェイントをかけるタイミングも、次の一手のためにどちらの足に体重を乗せるかも、まるで未来を予測しているかのように完璧に見切っていた。
「……まさか……ッ!」
レイの呼吸が、恐怖で浅くなる。
これら無人機を動かしている戦闘アルゴリズム。
それは、過去の大戦で連邦が収集した、プロジェクト・ナンバーズの最高傑作である『No.07』――すなわち、レイ自身の戦闘データを極限まで解析し、最適化して組み込んだプログラムだ。
相手は、ただの機械ではない。
『過去の自分自身』のコピーなのだ。
「ふざけるな……。ふざけるなッ!!」
怒りと焦燥が混ざり合い、レイは怒号を上げた。
自分が最も忌み嫌い、封印しようとしていた殺戮マシーンとしての自分。それが、無機質な機械の殻を被って、何十機も目の前に群がっている。
自分の魂をデータ化され、大量生産されたような、おぞましい吐き気。
「俺の動きを読めるなら……それを超えればいいだけだ!」
レイは操縦桿を乱暴に倒し、機体の関節限界を無視した変則的なマニューバを仕掛けた。
無人機の群れのど真ん中に飛び込み、被弾覚悟で右腕のビーム・スマッシャーを乱射する。
一機、二機と敵機が火を噴いて墜落するが、代償としてヴォルフラムの銀色の装甲にも無数の被弾痕が刻まれていく。
痛みでレイの視界が明滅する。敵の動きが自分と同じなら、泥沼の消耗戦になることは避けられない。だが、ここで自分が時間をかければ、無人機の残りが地下のセリアたちを殺しに向かってしまう。
「はぁっ、はぁっ……。こいつら、動きにまったく迷いがねえ……」
恐怖もない。疲労もない。ただひたすらに、オリジナルであるレイを殺すためだけに最適化された動き。
息が上がり、集中力が切れかけるレイに対し、無人機たちは無言のまま、冷徹に包囲網を狭めていく。
(限界だ。……同調率を上げるしか……)
レイが、己の自我を売り渡す覚悟で、コンソールのロックカバーに手を伸ばそうとした、その時だった。
『警告。超高エネルギー反応接近。真上から来ます』
システム・ヴォルフラムの無機質なアラートが鳴り響いた直後。
分厚い黄土色の砂塵の雲を、巨大な光の槍が真っ二つに切り裂いた。
「なんだ!?」
レイが機体を急後退させると、彼が数秒前までいた空間を、極太のビームが薙ぎ払い、荒野の大地をドロドロのマグマに変えた。
周囲の無人機群が一斉に攻撃を停止し、道を開けるようにして空中へ散開する。
空が割れ、そこから一つの影がゆっくりと降下してきた。
それは、無人機ではない。
全体的なシルエットはヴォルフラムに酷似しているが、装甲は純白に輝き、背部には悪魔の翼を思わせる巨大なスラスター・バインダーを四枚備えた、異様な美しさと威圧感を放つ機体だった。
その白い機体は、無人機群を統括する王のように空中に静止し、眼下のレイを――血塗られた銀色の狼を、見下ろした。
そして、レイのコックピット内に、閉じられているはずの暗号通信回路が強制的に開かれた。
スピーカーから流れ込んできたのは、ひどく冷たくて、それでいて歪んだ愛情に満ちた、あの『声』だった。
『――ひどいザマだな、俺の可愛い弟。そんなガラクタみたいな動き、俺の教えた通りじゃないぜ?』
レイの心臓が、恐怖と絶望で完全に凍りついた。
その声の主を、レイは知っている。忘れるはずがない。
過去のフラッシュバックの中で、燃え盛る地獄を背にして哄笑していた、あの銀髪の男。
『久しぶりだな。迎えに来てやったぞ』
荒れ狂う砂塵の中、白銀の機体が、レイに向かってゆっくりと右手を差し伸べた。
背筋を、絶対零度の氷柱が真っ直ぐに貫いたようだった。
コックピットの薄暗い密閉空間。熱を帯びた生ぬるい空気の中で、レイ・ヴァンガードは自身の呼吸が完全に凍りつくのを感じていた。
『久しぶりだな。迎えに来てやったぞ』
スピーカーから響いた、狂気と歪んだ愛情に満ちた男の声。
フラッシュバックの中で常に彼を苛み続けてきた、あの業火を背負う銀髪の男の肉声が、幻聴ではなく、確かな物理的な音波としてレイの鼓膜を震わせている。
「……お前、は……っ」
レイは操縦桿を握る手に力を込めることすらできず、ただ全天周モニターに映る純白の機体を見上げた。
四枚のスラスター・バインダーを悪魔の翼のように広げ、黄土色の砂塵の空に君臨するその姿は、圧倒的な神々しさと、底知れぬ死の気配を同時に放っていた。周囲に控える数十機の銀色の無人機が、まるで王を崇めるように沈黙し、空中で静止している。
過去の亡霊が、現実の質量を持って目の前に現れた。
その事実が、レイの脳内に厳重に張り巡らされていた防壁を、内側からメリメリと音を立てて崩していく。激しい頭痛がこめかみを殴りつけ、レイはシートの上で体を丸めて呻き声を上げた。
だが、その時だった。
ザザッ……という短い電子ノイズが通信回路に走り、スピーカーから流れる『声の質』が、唐突に切り替わった。
『――カイン様からの伝言は、以上だ』
「……え?」
レイは荒い息を吐きながら、虚を突かれたように顔を上げた。
声が違う。
先ほどまでの、狂気を孕んだ甘く冷たい声ではない。狂信的で、ひどく無機質に訓練された、他人の声だ。
白銀の機体から発せられているのは、カイン本人の肉声ではなく、あらかじめ録音されていた『音声データ』の再生に過ぎなかったのだ。
『俺の誇りは、カイン様の声を、貴様のような汚れた裏切り者に届ける名誉を賜ったことだ』
通信機の向こうで、顔も見えないパイロットが、憎悪を煮詰めたような声で吐き捨てた。
『お前がこの星に降り立った瞬間から、カイン様はすべてを予見しておられた。過去から逃げ、ぬけぬけと人間ごっこに興じている卑劣な逃亡者。……“No.07(セブン)”。貴様は、我ら「プロジェクト・ナンバーズ」の泥を塗った最大の裏切り者だ!』
「……裏切り、者……?」
レイの乾いた唇から、掠れた声が漏れた。
その単語が、彼の脳の奥底にある『何か』を強烈に刺激する。だが、濃霧に包まれた記憶は、決定的な真実を隠したまま、ただ無定形の罪悪感と破壊衝動だけをレイの精神に送り込んでくる。
『この大地の底にネズミのように隠れ住むレジスタンスごと、貴様を灰にしてやる。それが、我らを捨てた貴様への、カイン様からの慈悲だ!』
宣告と共に、白銀の指揮官機が動いた。
四枚のバインダーから青白いプラズマの炎が爆発的に噴出し、機体は重力を完全に無視した凄まじい速度でレイへと急降下してくる。
同時に、空中で待機していた数十機の無人機群が一斉に統制を取り戻し、雨あられとビームの弾幕を地上に向けて放ち始めた。
「……くそっ……!」
レイは奥歯を噛み砕かんばかりに食いしばり、ヴォルフラムの操縦桿を限界まで引き絞った。
銀色の内部骨格を剥き出しにした異形が、地を蹴って跳躍する。コンマ数秒前まで機体が存在していた地面が、白銀の機体が振り下ろした巨大なビーム・ランスの一撃によって、マグマのようにドロドロに溶融した。
凄まじい熱波が吹き荒れ、砂塵が竜巻のように舞い上がる。
『逃がすか、裏切り者ッ!』
白銀の機体は、大地に突き刺したビーム・ランスを支点にして、空中で鋭角に機体をターンさせた。そのまま無人機群の弾幕の隙間を縫うようにして、ヴォルフラムの背後へと肉薄してくる。
無人機とは違う。プログラムされた最適化の動きではなく、そこに人間の『憎悪』と『殺意』という予測不可能なノイズが乗っている。
レイは空中で機体を反転させ、右腕の高周波ブレードで敵のランスを受け止めた。
ガガァァァァァァンッ!!
プラズマと高周波の刃が激突し、宇宙空間とは違う、空気を切り裂くような鼓膜を破るほどの爆音が荒野に轟いた。
衝撃の余波で、周囲を飛んでいた無人機数機が吹き飛ばされ、砂煙の中に墜落していく。
鍔迫り合いの形になり、レイの全天周モニターに、白銀の機体の冷酷なカメラアイが巨大に映し出された。
『貴様さえいなければ! 貴様が、あの炎の日に我らを残して逃げ出さなければ……!』
通信回路越しに、パイロットの血を吐くような絶叫がレイの脳を殴りつける。
『我らは、ずっと冷たい実験槽の中で痛みに耐え続けてきた! だが貴様は、記憶に蓋をして、己だけが救われた気でいる! 許されると思うな!』
「知るか……! 俺は、お前たちなんか知らないッ!」
レイは咆哮し、機体の出力を強制的に引き上げた。
ヴォルフラムの赤い発光回路が一際強く輝き、鍔迫り合いを強引に弾き飛ばす。
だが、記憶の蓋をこじ開けようとする敵の言葉は、レイの精神に致命的な隙を生んでいた。
動揺でコンマ数秒、反応が遅れる。その隙を、白銀の機体は見逃さなかった。
弾き飛ばされた勢いを利用して空中で身を捻った敵機は、左腕に内蔵された実弾のパイルバンカー(重質量杭)を、ヴォルフラムの左肩に向けて射出した。
ズガァァァンッ!!
「が、ぁあぁぁッ!!」
装甲を失った銀色の骨格に、分厚いチタン合金の杭が深々と突き刺さる。
システムを通じて、レイ自身の左肩を巨大な釘で打ち抜かれたような生々しい激痛が走り、レイはコックピットの中で血を吐いた。
機体がバランスを崩し、荒野の砂礫の上へと無様に墜落する。
土煙を上げて転がるヴォルフラムを、白銀の機体と無人機群が、冷酷な死刑執行人のように空から取り囲んだ。
(……俺は……逃げた……?)
激痛で視界が明滅する中、敵の言葉が呪いのようにレイの脳内でリフレインする。
自分が、彼らを見捨てて逃げた?
その罪悪感から、自分自身の心を壊し、記憶を封印したというのか?
「……違う……俺は……俺は、ジャンク屋の……レイ・ヴァンガードだ……」
血に染まった手で、レイは震えながら操縦桿を握り直そうとした。
だが、指先に力が入らない。過去の罪の重圧が、今の自分という薄っぺらな自我を押し潰そうとしている。
『生き延びて、この理不尽な真実を暴く』と誓ったセリアの顔が浮かぶ。彼女は、親の罪を背負ってでも前に進もうとしている。
なのに自分は、ただ過去から目を背け、這いつくばっているだけだ。
『死ね、No.07。地獄で、我らの痛みを思い出せ!』
白銀の機体が、トドメを刺すべくビーム・ランスを真上から振り下ろしてきた。
その切っ先が、コックピットを貫く直前。
「……舐めるな……ッ!」
レイの奥底で、何かがぶつんと音を立てて切れた。
過去の罪がどうであれ、今ここで死ねば、地下にいるセリアもトビーも、無人機どもに皆殺しにされる。それだけは、絶対に許さない。
レイは、神経同期の安全ロックを自らの手で乱暴に解除した。
【WARNING:SYNCHRONIZATION RATE 60% … 75%】
再び、強烈な電流が脳髄を駆け巡る。
レイは痛みを怒りという名の燃料に変換し、墜落した状態のまま、ヴォルフラムの両脚のスラスターを爆発的に噴射させた。
振り下ろされるランスを、寝転がったままの無機質なスライド移動で紙一重で回避。
そのまま大地を蹴り上げ、敵機の懐、完全に死角となる真下へと潜り込む。
『なっ……!? 機体が壊れているはずだぞ!』
敵パイロットの驚愕の声。
「俺に過去を説教するなら……俺以上の化け物になってからにしろッ!」
レイの両眼は、毛細血管が破裂し、完全に血の色に染まっていた。
ヴォルフラムの右腕の高周波ブレードが、最大出力で展開される。
レイは下からの強烈な突き上げと共に、白銀の機体の胸部――コックピットブロックとメインジェネレーターの接続部という、最も装甲が厚く、かつ致命的な急所に向けて、渾身の力でブレードを突き立てた。
ギャリィィィィィィッ!!
分厚い純白の装甲が悲鳴を上げ、超高熱のプラズマが敵機を内側から溶融していく。
「おおおおぉぉぉッ!!」
レイが操縦桿をさらに押し込むと、ブレードは敵機の背中を貫通し、四枚のバインダーのうち二枚を根元から切断した。
『が、ぁぁぁッ……!!』
敵パイロットの断末魔の叫びと共に、白銀の機体は内部から激しい火柱を上げ、コントロールを失って荒野へと墜落した。
指揮官機を失ったことで、無人機群の統制システムに一瞬のエラーが生じ、空中で動きを停止する。
「……はぁっ……はぁっ……」
レイは機体を荒い息と共に着地させ、融解して黒焦げになった右腕のブレードをだらりと下げた。
勝った。だが、全身の神経が焼け焦げたような疲労感と痛みに、レイはコックピットの中で意識を手放しかけていた。
モニターの向こう側。
砂煙を上げて墜落した白銀の機体の残骸から、不意に、ボロボロになったコックピットハッチが蹴り開けられるのが見えた。
「……まだ、生きているのか……」
レイは目を細めた。
機体から這い出してきたのは、黒いパイロットスーツを着た男だった。頭部には、脳波を強制的にコントロールするための生々しいヘッドギアが直接ボルトで埋め込まれており、そこから血が滴り落ちている。
男は、片足を引きずりながら、崩れ落ちそうな機体の装甲に寄りかかった。
その手には、機体のジェネレーターの安全装置を強制解除するための、起爆用リモコンが握られていた。
『……ふ、ふふ……。見事だ、裏切り者。だが、俺たちの執念を舐めるな……』
オープン回線で、男の掠れた声が響く。
彼は、死の恐怖など微塵も感じていない恍惚とした表情で、自らの手にあるリモコンを高く掲げた。
『すべては、新しき夜明けのために……! カイン様、万歳ッ!!』
男が、狂信的な叫びと共にリモコンのスイッチを押し込んだ。
「……チッ、自爆か!」
レイが機体を後退させようとした、まさにその瞬間だった。
男の口から発せられた『カイン』という決定的な単語。
その名前がレイの鼓膜を打った瞬間、今までひび割れていた記憶の封印が、まるでダムが決壊するかのように、完全に、そして無残に砕け散ったのだ。
「あ……が、ぁぁぁぁぁぁッ!?」
レイの脳内に、情報の濁流が雪崩れ込んでくる。
炎。叫び声。血の海。
そして、銀色の髪の男――『カイン・レイス』の顔。
ただの幻影ではない。彼が誰であり、自分にとってどういう存在であったのか。
自分たちが、あの日、何を約束し、誰を殺し、そしてなぜ自分が彼を裏切ることになったのか。
そのすべての真実が、鋭いガラスの破片となってレイの脳髄をズタズタに切り裂いていく。
白銀の機体が、核融合炉の暴走によって、太陽のような超高熱の光を放って爆発する。
だが、その閃光すらも、レイの心に訪れた『真実』という名の圧倒的な絶望の前に比べれば、ひどく些細なものに過ぎなかった。
爆風がヴォルフラムを飲み込み、レイの意識は、ついに完全に暗黒の底へと沈み込んでいった。




