11.地の底の抵抗者
渇ききった熱風が、黄土色の砂塵を巻き上げて吹き抜ける。
クレーターの底で、数十の銃口がセリアたちに向けられたまま、ピタリと静止していた。撃鉄が起こされる微かな金属音が、風の音に混じって不気味に響く。
「……撃たないで」
沈黙を破ったのは、セリアだった。
彼女は震える足で一歩前に出ると、両手を高く上げ、トビーが構えていたハンドガンの銃身をそっと下に押し下げた。
「おい、お嬢様! 何してんだよ!」
トビーが焦燥に満ちた声を上げるが、セリアは首を横に振った。
「抵抗しても無駄よ。それに……彼らは、連邦の軍人じゃないわ。私たちをすぐに殺すつもりなら、とっくに引き金を引いているはず」
セリアは、武装集団の先頭に立つ大柄な男――顔に深いシワと傷跡を刻んだ、リーダー格の男を真っ直ぐに見据えた。
「私たちは、あなたたちの敵じゃないわ。連邦の追撃から逃れて、この地球に降りてきたの」
男は、鋭い鷹のような瞳でセリアの汚れた服と、その奥に潜む気品を値踏みするように見つめた。次いで、ひしゃげた『ラッキースター号』と、装甲が融解して銀色の内部骨格を剥き出しにしている『ヴォルフラム』へと視線を移す。
得体の知れない銀色の異形機体を見た瞬間、男の部下たちが怯えを含んだざわめきを漏らしたが、男は片手を挙げてそれを制した。
「敵かどうかは、俺たちが決めることだ。……武器を捨てろ。そこの伸びてる男も担げ。俺たちの『家』に招待してやる」
男の野太い声には、一切の反論を許さない絶対的な重さがあった。
トビーは舌打ちをしながらも、レイの銃を砂の上に放り投げた。すぐに数人の抵抗者たちが歩み寄り、トビーの両手を後ろ手に縛り上げ、気絶しているレイの両脇を抱え込むようにして乱暴に引きずり起こす。
「おい、もっと乱暴に扱うな! そいつは怪我人だぞ!」
トビーの抗議は、無骨なライフルの台尻で背中を小突かれることで黙殺された。
セリアもまた、背中に銃口を突きつけられながら、彼らの後に続くよう促された。
歩き出してすぐ、セリアは自分が抱いていた「地球」の概念が、いかに絵空事であったかを思い知らされることになった。
彼らが向かったのは、クレーターから数キロほど離れた、風化した岩山の麓だった。一見するとただの岩肌にしか見えないが、巧妙にカモフラージュされたホログラム岩の奥に、巨大な亀裂が口を開けていた。
かつて地下鉄の入り口だったと思われるその亀裂の奥へ、一行は足を踏み入れていく。
太陽の光が届かなくなると、空気は一変した。
地上を支配していた乾燥した熱風が嘘のように消え去り、代わりに、肌にねっとりとまとわりつくような、重く冷たい湿気が全身を包み込む。
カビと土の匂い。錆びた鉄の匂い。そして、長期間風呂に入っていない人間の、饐えた体臭。
足元にはぬかるんだ泥が広がり、壁面には何十年も放置された太いケーブルが、まるで死んだ蛇のようにぶら下がっている。
(こんな所に……人が住んでいるの……?)
地下へと続く螺旋状の通路を降りていくにつれ、セリアの胸の奥に重い石がのしかかってくるような感覚があった。
やがて、一行は巨大な地下空間――かつて地球連邦が有事の際のシェルターとして建造し、その後見捨てられたであろう広大な『ジオフロント』の跡地へと辿り着いた。
「……っ」
セリアは息を呑んだ。
薄暗いオレンジ色の投光器に照らし出されたその空間には、数え切れないほどのテントや、トタン屋根のバラック小屋が密集していた。
そこかしこで、くすぶるような焚き火の煙が上がっている。すれ違う人々は誰もが痩せこけ、その瞳には諦めと疲労の色が濃く沈殿していた。
親の服の裾を握りしめる子供たちの、空腹に耐えかねたうつろな目。手足を失い、汚れた包帯を巻いたまま横たわる傷痍軍人たち。
彼らは、連邦の華やかなプロパガンダの裏側で、文字通り「地の底」に追いやられ、存在しないものとして扱われてきた地球の真の住人たちだった。
(養父は、この現実を知っていた。だから……あんなに苦しそうな顔をしていたのね)
特務機関の高官として、温かい食事と清潔なベッドを与えられていた養父の、時折見せていた深い憂いの表情。その意味を、セリアは今、肌で理解していた。
一行は、集落の奥にある、かつての管理センターを改装したと思われるコンクリート造りの部屋へと押し込まれた。
部屋の中央には錆びた鉄のテーブルが一つ。
レイは部屋の隅の冷たい床に無造作に転がされ、トビーはその傍らで不安げに彼を覗き込んでいる。
「さて、お姫様」
鉄の扉が重々しい音を立てて閉ざされると、先ほどのリーダーの男がテーブルを挟んでセリアの正面に腰を下ろした。
彼はテーブルの上にドンッと、レイから取り上げた大型ハンドガンを置いた。
「俺はガレスだ。この『地下墓地』で、連邦の首に噛み付く機会を窺ってる野良犬どもの頭をやってる。……空から派手に降ってきて、あんな気味の悪い機体を連れ回しているお前らが、ただの迷子じゃないことくらいは分かっている」
ガレスは、鋭い視線でセリアを射抜いた。
「どこの所属だ。何を企んでこの星に降りてきた」
威圧感に満ちた尋問。嘘をつけば、即座に殺されるという確かな殺気が部屋を満たしている。
セリアは、深呼吸を一つした。
自分が温室育ちの無力な少女であることを隠すつもりはない。だが、養父の遺志を継ぐ者としての『誇り』だけは、決して曲げてはならないと心に誓っていた。
彼女は、泥と油で汚れた自分の顔を上げ、ガレスの目を真っ直ぐに見返した。
「……私の名前は、セリア。セリア・アークライト。地球連邦軍、特務機関長官アーサー・アークライトの娘です」
その名前が口から出た瞬間。
部屋の空気が、凍りついたように静まり返った。
背後で銃を構えていた抵抗者たちの顔に、明らかな動揺が走る。
ガレスの瞳が、僅かに見開かれた。
彼はゆっくりとテーブルに身を乗り出し、セリアの顔を穴が開くほど見つめた。
「……アークライト……だと?」
「ええ。父は数日前、連邦内の強硬派によって暗殺されました。私は、父が命懸けで守り抜いた『連邦の腐敗の証拠』を、本部の平和維持派へ届けるために、彼ら(レイたち)に護衛されて宇宙から……」
「……あのアークライトの、娘……」
ガレスは、セリアの言葉を遮るように呟き、信じられないものを見るように天を仰いだ。そして、腹の底から絞り出すような、複雑な溜め息を吐いた。
「……なるほどな。あの機転の利く頑固親父が、こんな時代錯誤なドレスを着たお姫様を大事に隠していたとはな。……面影はある」
「え……?」
セリアは目を瞬かせた。ガレスの口調から、先ほどまでの刺々しい敵意がわずかに和らいだように感じたからだ。
「ガレスさん……あなたは、父を知っているのですか?」
「知っているも何も」
ガレスは懐からタバコを取り出し、火をつけながら自嘲気味に笑った。
「俺たちレジスタンスが、連邦の無人機やブラックオプスの掃討作戦から今まで生き延びてこられたのは、他でもない、あんたの親父さんが裏で手を回してくれていたからだ」
「……!」
セリアの胸が、大きく高鳴った。
「父が、あなたたちを……支援していた?」
「ああ。特務機関の資金をダミー会社経由で横流しし、武器や食料、それに連邦軍の軍事行動のスケジュールまで、秘密裏に俺たちに提供してくれていた。……あんたの親父さんは、連邦の中枢にいながら、この腐った星を本気で変えようとしていた、数少ない『本物』の男だったよ」
ガレスの口から語られる、養父の裏の顔。
それは、特務機関の冷徹な長官という表の顔からは想像もつかない、泥臭く、命懸けのレジスタンス活動だった。
自分だけが安全な場所にいることを良しとせず、地の底で苦しむ人々のために、己の地位も命も賭して戦っていた父。
(おとうさま……あなたは、そこまで……)
セリアの瞳から、ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
連邦の暗殺部隊に追われ、中立ステーションの闇に怯え、自分が持っているデータが本当に世界を救うものなのか、迷い続けていた。
だが、父は一人で、ずっとこの絶望的な世界と戦い続けていたのだ。その孤独な戦いの重みと、父の不器用な愛情が、冷たい地下室の中でセリアの心を温かく満たしていく。
「泣くことはない、お嬢さん」
ガレスが、少しだけ声を和らげて言った。
「親父さんの死は、俺たちにとっても大きな痛手だ。だが、あんたがその『証拠』を持ってきてくれたのなら、話は別だ。俺たちの反撃の狼煙になる」
「はい……っ!」
セリアは涙を拭い、決意に満ちた表情で頷いた。
「父の遺志は、私が必ず継ぎます。このデータを使って、連邦の悪事を暴く。あなたたちレジスタンスと協力すれば、きっと……!」
セリアは、自身のポケットに入っているメモリードライブを取り出そうと、指先を動かした。
レイはまだ目を覚まさない。だが、これでようやく、彼にこれ以上の無理をさせずに済む。信頼できる味方を見つけたのだ。
そう、心から安堵した、その瞬間だった。
チャキッ。
冷たく、無機質な金属音が、狭い部屋に響き渡った。
セリアが顔を上げると、そこには、先ほどまでの穏やかな表情を完全に消し去り、氷のように冷酷な瞳でこちらを見据えるガレスの姿があった。
彼がテーブルの上から拾い上げた大型ハンドガンの銃口が、セリアの眉間を、ピタリと正確に狙っている。
「え……?」
セリアは、目の前で起こった状況の変化が理解できず、間抜けな声を漏らした。
後ろで控えていた抵抗者たちも、一斉にトビーと、倒れているレイに向けてライフルの銃口を構え直す。
「ガ、ガレスさん……? どうして……」
セリアの唇が震える。
ガレスは、咥えていたタバコを床に吐き捨て、その軍靴でゆっくりと踏み躙った。
彼の顔には、底知れぬ憎悪と、裏切られた者特有のどす黒い怒りが渦巻いていた。
「……確かに、あんたの親父さんは俺たちの恩人『だった』。俺たちも、あの人を信じていたよ」
ガレスの指が、ハンドガンの引き金にじわじりと力を込める。
「だがな、セリア・アークライト。……一ヶ月前、俺たちの最大拠点だった第4居住区が、連邦の非正規部隊によって奇襲され、女子供を含めて三百人が虐殺された。……その拠点の座標を連邦に売り渡したのは、他でもない、あんたの偉大な親父さんだったんだよ」
「……なっ……」
セリアの心臓が、恐怖で完全に停止した。
「嘘……そんなの、嘘よ! 父が、あなたたちを裏切るはずが……!」
「黙れッ!!」
ガレスの怒号が、コンクリートの壁を震わせた。
「俺はこの目で、親父さんの暗号通信の記録を見た! 奴は、特務機関での自分の立場が危うくなったから、俺たちの命を交渉材料にして、強硬派に寝返ったんだ! その罪滅ぼしのために、お前みたいな娘を温室で育てて、自分はいい父親のつもりでいたんだろうがな!」
突きつけられた、残酷すぎる真実の裏の裏。
正義だと信じていた父の行動が、保身のための裏切りによって、三百人もの命を奪っていたという事実。
涙で満たされていたセリアの心は、一瞬にして絶対零度の絶望へと突き落とされた。
「親父さんの罪は、娘の血で贖ってもらう。……恨むなら、あんたのその高潔な父親を恨むんだな」
ガレスの瞳に、一切の迷いはなかった。
銃口の奥で、鉛の弾丸が死の宣告を待っている。
味方だと思っていた地の底の抵抗者たちは、父の裏切りによって、最も深く、最も冷酷な『復讐者』へと姿を変えていた。
セリアは、絶望のあまり悲鳴を上げることもできず、ただ迫り来る死の暗闇を見つめることしかできなかった。
眉間に突きつけられた、大型ハンドガンの冷たい銃口。
セリア・アークライトの視界は、その黒々とした丸い穴の奥に潜む、確実な『死』の気配によって完全に塗り潰されていた。
狭く、カビと錆の匂いが充満する地下室。
ガレスの瞳には、かつての同志を奪われた激しい憎悪と、裏切り者への復讐心がどす黒く燃え盛っている。彼の指が引き金にわずかな圧力をかけるたび、撃鉄の軋む微小な金属音が、セリアの鼓膜を物理的に殴りつけるように響いた。
(おとうさまが……三百人の命を、売った……?)
頭の中が、真っ白に漂白されていく。
優しくて、いつも正義と理想を語っていた父。自分が命を懸けてでもその遺志を継ごうと決意した、誇り高き特務機関長官。
その父が、保身のためにこの地の底で生きる人々を切り捨て、虐殺の引き金を引いたというのか。
「……終わりだ。せめて、痛みを感じる間もなく殺してやる」
ガレスの非情な宣告が下り、その太い指が引き金を絞り込もうとした、まさにその時だった。
「……待って」
セリアの口から、自分でも驚くほど静かで、澄み切った声が漏れた。
恐怖で震えていたはずの彼女の喉は、絶望のどん底に叩き落とされたことで、逆に奇妙なほどの落ち着きを取り戻していた。
「……命乞いか? 無駄だぞ」
ガレスが冷酷に吐き捨てるが、セリアは目を逸らさなかった。
彼女は、泥で汚れ、ところどころ破れたカーゴパンツのポケットにゆっくりと手を伸ばした。背後の抵抗者たちが殺気立って銃を構え直すが、セリアの動きに敵意がないことを見て、ガレスが片手でそれを制する。
セリアが取り出したのは、あの厳重なチタンケースに収められた、親指ほどの大きさの記憶媒体だった。
「……もし、父が本当に保身のためにあなたたちを売り渡し、強硬派に寝返ったのだとしたら……」
セリアは、その小さな金属の塊を、ガレスの目の前の錆びた鉄テーブルに、コトリと置いた。
「どうして父は、連邦の暗殺部隊に殺されなければならなかったのですか?」
その問いに、ガレスの眉間がピクリと動いた。
「どうして父は、強硬派にとって最も都合の悪い『このデータ』を、私に託して逃がしたのですか?」
セリアのエメラルドグリーンの瞳が、暗い地下室の投光器の光を反射して、強い光を放つ。
そこには、温室育ちの少女の脆弱さは欠片も残っていなかった。残酷な現実を前にして、それでもなお真実を見極めようとする、痛ましいほどの『覚悟』が宿っていた。
「……父があなたたちを裏切った記録が、本当にあったのかもしれません。それが事実なら、私は父の娘として、その罪から逃げるつもりはありません」
セリアは、銃口を向けられたまま、一歩前に出た。
「でも、父は最期に、すべてを暴こうとしていた。自分が犯した罪も含めて、連邦の腐敗の根源をこの世に引きずり出すために、私にこれを託したんです! ここで私を殺せば、三百人の命を奪った『本当の黒幕』は、安全な特権階級の椅子に座ったまま、これからも同じ虐殺を繰り返すだけよ!」
張り詰めた空気の中、セリアの凛とした声が反響する。
「私を殺すのは、このデータの中身を見てからにして。……これが、私の父の、そして私の『贖罪の証』です」
ガレスは、銃を構えたまま沈黙した。
怒りに燃えていた彼の瞳の奥で、復讐の情動と、レジスタンスのリーダーとしての冷徹な理性が激しくぶつかり合っているのがわかった。
その緊迫した問答を、部屋の隅の冷たいコンクリートの床で、静かに聞いている者がいた。
(……たいした、女だ)
レイ・ヴァンガードは、全身の骨が砕けたような激痛の中で、薄く目を開けていた。
大気圏突破と、ヴォルフラムの真の力を引き出したことによる神経の凄まじい反動。指先一つ動かすことすら困難な状態だったが、意識だけは深い泥沼の底から辛うじて浮上していた。
霞む視界の先。
銃口を突きつけられながらも、一歩も退かずに交渉を持ちかけるセリアの細い背中が見えた。
つい数日前まで、ステーションの路地裏で暗殺者に怯え、腰を抜かして泣いていたお嬢様だ。自分が守られ、誰かにすがりつくことしかできなかった少女。
それが今、自分自身の理想であった父親の『罪』という最も残酷な現実を突きつけられてなお、折れることなく、自分の足で立ち、自分の言葉で死地に活路を見出そうとしている。
レイの凍りついていた胸の奥で、微かな、しかし確かな熱がじんわりと広がっていくのを感じた。
それは、純粋な『感嘆』だった。
(強くなったな……セリア)
自分はどうだ。
過去の亡霊に怯え、兵器としての自分を呪い、他者を遠ざけることでしか自分を保てなかった。彼女のその真っ直ぐな強さが、今のレイにはひどく眩しく、そして、羨ましかった。
長い沈黙の後。
ガレスはゆっくりとハンドガンを下ろし、撃鉄を元に戻した。
「……ガレスさん!」
背後の部下が抗議の声を上げるが、ガレスはそれを鋭い視線で黙らせた。
「……交渉の基本は、相手にメリットを提示することだ。お嬢さん、あんたは確かに、アークライトの娘だけのことはある」
ガレスはテーブルの上のメモリードライブを無造作に取り上げ、懐にしまった。
「データは解析班に回す。だが、勘違いするな。お前たちを信用したわけじゃない。もしこのデータが偽物だったり、俺たちを陥れるための罠だった場合は、即座に全員の頭を撃ち抜く」
「……ありがとう、ございます」
セリアは深く頭を下げた。張り詰めていた緊張の糸が切れ、足が崩れそうになるのを必死に堪える。
彼女はすぐに床に倒れているレイのもとへ駆け寄った。
「レイ! 気がついていたのね……!」
セリアが血の滲んだレイの顔を覗き込み、心配そうに声をかける。
「……お前の、演説のせいで、うるさくて目が覚めただけだ」
レイはひどく掠れた声で、憎まれ口を叩いた。
だが、その瞳には、今までのような冷酷な拒絶の色はなかった。セリアもそれを感じ取り、涙ぐみながらも微かに安堵の笑みをこぼした。
その、つかの間の緊張緩和が訪れた、まさに直後だった。
ウゥゥゥゥゥゥゥンッ!!
突如として、地下空間全体を揺るがすような、けたたましい警報サイレンが鳴り響いた。
コンクリートの壁が震え、天井からパラパラと土埃が落ちてくる。
「なんだ!? 連邦の追撃か!?」
トビーが跳ね起き、周囲を見回す。
鉄の扉がバンッと乱暴に開かれ、通信機を抱えたレジスタンスの若い兵士が血相を変えて飛び込んできた。
「ガレス頭目! 地上に設置した哨戒レーダーに、多数の熱源反応! 真っ直ぐこの『地下墓地』の座標に向かって降下してきます!」
「連邦のモビルスーツ部隊か!? なぜここがバレた!」
ガレスが即座にライフルを手に取り、怒鳴る。
「それが……識別信号がありません! 連邦の機体でも、アウターズの機体でもない……所属不明の部隊です!」
「なんだと?」
ガレスが舌打ちをし、壁に設置された古いモニターの電源を入れる。
砂嵐が晴れ、地上の隠しカメラが捉えた映像が映し出された。
それを見た瞬間、部屋にいた全員が息を呑んだ。
荒野の砂塵を切り裂いて接近してくるのは、一般的な人型機動兵器ではなかった。
全長十メートルほどの、鳥類と昆虫を掛け合わせたような異質なシルエット。無機質な銀色の装甲に覆われ、コックピットに該当する部分が存在しない。その代わりに、機体中央には不気味な赤いセンサーが単眼のように光っている。
それが、編隊を組み、二十機、三十機と、寸分の狂いもない完全なシンクロ行動で、岩山に向かって殺到してきていたのだ。
「無人機……? だが、あんな機体、連邦のデータベースにもないぞ……」
トビーがモニターにへばりつき、信じられないというように呟く。
「……あれは……」
レイが、セリアに肩を貸されながら半身を起こし、その映像を睨みつけた。
ひどい頭痛が、再び彼のこめかみを殴りつける。
機体のシルエットに見覚えがあるわけではない。だが、あの無人機群が放つ、一切の無駄を省いた機械的な『殺意』の波動が、レイの神経の奥底にある『ナンバーズ』の記憶と、不気味なほどの共鳴を起こしていた。
「チッ、総員戦闘配置! 防衛線を第2ゲートまで下げろ! 女子供を最下層のシェルターへ避難させろ!」
ガレスが的確な指示を飛ばし、地下空間は一瞬にして阿鼻叫喚の戦場へと姿を変えた。
ドゴォォォォンッ!!
地上が激しく爆撃される重低音が、地下深くまで響いてくる。
無人機部隊は、一切の躊躇いもなく、レジスタンスの隠し入り口である岩山を、高出力のビームで物理的に掘り削り始めていた。
土砂が崩落し、地下通路に凄まじい轟音と振動がなだれ込んでくる。
「レイ、私たちも逃げないと!」
セリアがレイの腕を引き、立ち上がらせようとする。
「……いや」
レイは、セリアの手をそっと外し、壁に手をついて自力で立ち上がった。
全身の関節が悲鳴を上げ、視界は定まらない。だが、彼の眼差しは、猛禽類のように鋭く研ぎ澄まされていた。
「奴らの狙いは、レジスタンスじゃない。……俺だ」
「え……?」
セリアが戸惑う声を上げる。
「あの無人機ども……動くルート、編隊の組み方、攻撃のタイミング。すべてが『最適化』されすぎている」
レイは、自分の右腕に刻まれた見えないバーコードを無意識にさすった。
「あれは、ただのプログラムじゃない。過去の大戦で集められた『実験体』たちの戦闘データをベースにして作られた、自律型の殺戮兵器だ」
ガレスが驚いたようにレイを振り返る。
「なぜ、お前がそんなことを知っている?」
「……俺も、その一部だったからだ」
レイは、その事実を初めて他人の前で口にした。
「俺が『ヴォルフラム』の封印を解いて、大気圏を突破した。その時の莫大な異常波形を、奴らは嗅ぎつけて降りてきたんだ。……俺がここにいれば、この地下街にいる人間は、一人残らず皆殺しにされる」
レイは足を引きずりながら、ガレスの前に歩み出た。
「俺の機体は、どこにある」
「……クレーターの底から、第一格納庫に回収してあるが……お前、その体で乗る気か?」
歴戦の戦士であるガレスでさえ、今のレイのボロボロの肉体を見て、正気の沙汰ではないと眉をひそめた。
「乗るさ。あれは……俺の仕事だ」
レイは、振り返ることなく部屋を後にした。
彼を突き動かしているのは、もはや逃避でも、傭兵としての打算でもなかった。
自分の中に流れる忌まわしき過去の血が、今、目の前にいるセリアや、地の底で生きる人々を焼き尽くそうとしている。その過去の亡霊に、自分自身の『意志』で決着をつけるため。
崩落の危機に瀕した地下空間に、再び、漆黒の装甲を脱ぎ捨てた『赤い悪魔』の産声が、咆哮となって轟き渡ろうとしていた。




