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神への階と十五柱の花嫁  作者: 輝夜月愛


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第86話:贖罪の褥(しとね)と、魂を編む祈り

【夜ごとの祈り ~魂のネットワーク~】


レヴィアタンの虚無から生還してからの日々は、ローレンツ邸に重く、静かな時間をもたらしていた。


夜。広大な寝室の天蓋付きベッドで、ライルは毎晩のように妻たちとしとねを共にしていた。

だがそれは、かつてのような甘く情熱的な新婚の夜ではない。ライルにとっての褥は、己の命を削って妻たちの魂を繋ぎ止める『祈りと贖罪の祭壇』と化していた。


「……ライル様。もう、十分です。少しはお休みになって……」


シーツの上でライルの腕の中に抱かれていたフィリアが、痛ましそうに顔を歪めた。

彼女の体は、合流直後の「完全に透けた状態」からは脱していたものの、まだ指先や髪の端が陽炎のように淡く揺らいでいる。


「ダメだ。まだ、繋がりが弱い。……僕の神気を、もっと送らないと」


ライルはフィリアの言葉に首を振り、自身の首にあるチョーカーと、フィリアの首にあるチョーカー、そして手首のブレスレットを重ね合わせた。

宝石同士が触れ合い、淡い光の脈動が二人の間に生まれる。

ライルは目を閉じ、自身の魂のコアから最も純度の高い生命力(神気)を汲み上げ、そのアクセサリーの繋がりを通して、直接フィリアの魂へと注ぎ込み始めた。


(ごめん……ごめんな、フィリア。僕の驕りが、君たちをあんな目に遭わせた……)


心の中で血を吐くような懺悔を繰り返しながら、ライルは祈り続けた。

ただ魔力を与えるだけではない。アクセサリーを『端末』として、十六人の魂を常時接続する強固な『ネットワーク』を構築しようとしていたのだ。

どんな次元に引き裂かれようと、どんな虚無に飲まれようと、二度と迷子にさせない絶対の絆。それを一から編み上げる作業は、神王であるライルの精神と肉体に、致死量に近い負荷をかけていた。



【反比例する命 ~回復と憔悴~】


ライルは毎晩、十五人の妻たちと順番に、あるいは数人同時に褥に入り、へとへとになって気を失うまでその『祈りの接続』を続けた。

休む間もなく、己の命をミキサーにかけて抽出したようなエネルギーを注ぎ込み続ける。


その執念とも言える祈りは、確実に結果をもたらしていた。

数日が過ぎ、数週間が経つ頃には、五人の先輩妻たちの体から「透過」の症状は完全に消え去り、確かな肉体の温もりと重みを取り戻していた。

十柱の女神たちも、枯渇していたマナの永久機関が再び鼓動を始め、色を失っていた髪に、金、銀、琥珀、漆黒といった本来の鮮やかな色彩と艶やかさが戻ってきていた。170センチの完璧なプロポーションにも、再び生命力に溢れた美しさが満ちていく。


だが、妻たちが元通りに、いや以前よりも強固な魂の繋がりを得て美しく回復していくのとは完全に反比例して。


ライルの姿は、見る影もないほどに憔悴しきっていた。


頬はこけ、目の下には深い隈が落ちている。

最強の神王の証であった純白の神気は、蝋燭の最後の一揺らぎのように弱々しく、今にも倒れてしまいそうなほどに痩せ細っていた。

自分が削れることなど一切気にも留めず、ただ「二度と失いたくない」という強迫観念と深い自責の念に急き立てられるように、ライルは祈りをやめようとしなかった。



【妻たちの悲痛な叫び】


ある夜。

いつものように寝室で、長女のベイラとサクヤを両腕に抱き、ブレスレットを重ねて魂のネットワークを強化しようとしたライルの手が、ふっと力なくシーツに落ちた。


「……っ、かはっ……」

ライルが乾いた咳をし、その口元から一筋の血が流れた。限界を超えた魂が、肉体に悲鳴を上げさせていたのだ。


「主さまッ!!」

「パパ!! もう、もうやめてくださいッ!!」


サクヤが悲鳴を上げ、ベイラがライルの痩せ細った体を力強く抱きしめ返した。

寝室の扉が開き、異変を察知したリーフェやヘスティアー、フィリアたち全員が、涙ながらにベッドへ駆け寄ってくる。


「お願いです、ライル様! 私たちの魂はもう完全に繋がりました! 透けていた体も、こんなに元通りになったんです……だから、もう命を削るのはやめてッ!」

フィリアが、自身の血色の戻った頬をライルの手に押し当てて泣き崩れた。


「ダメだ……まだ、まだ足りない。もっと強固に繋いでおかないと、また君たちが……」

虚ろな目で呟くライル。その心は、まだあの絶対的な暗闇レヴィアタンの恐怖と、己の驕りへの激しい後悔に囚われたままだった。


パァンッ!!


静かな寝室に、乾いた音が響いた。

サクヤが、涙をボロボロとこぼしながら、ライルの頬を平手打ちしたのだ。


「……サク、ヤ?」


「バカッ……主さまの、大バカッ!!」

サクヤは、打った自分の手を震わせながら、ライルの胸ぐらを掴んで声を荒らげた。


「私たちが、何のためにあの暗闇で命を繋ぎ止めたと思ってるんですか!? 主さまが、こんな風にボロボロになって死んでいくのを見るためですか!?」


「パパ……お願い、私たちを見て」

ベイラが、ライルのこけた頬を両手で優しく包み込み、正面から視線を合わせた。

彼女たちの瞳の奥には、十五色の新しいチョーカーの宝石と同じ、美しく力強い光が灯っている。


「パパの祈りと懺悔は、もう痛いほど私たちの魂に届いていますわ。……このチョーカーの繋がりを通して、パパの心の傷も、後悔も、全部全部、私たちに流れ込んできてるのよ」


「ベイラ……」


「私たちはもう、どこにも行きません。……だから、もう自分を許してあげて。これ以上パパが傷つくのは、私たちが消滅するよりずっと、ずっと辛いのよ……っ」


十五人の妻たちが、ベッドを囲み、ライルの手や肩、背中に触れ、大粒の涙を流しながらその憔悴しきった体を温めるように抱きしめた。



【共に背負う未来】


(……ああ。僕は……また、間違えようとしていたのか)


妻たちの涙の温もりと、チョーカーを通じて流れ込んでくる「どうか生き立てて」という彼女たちの痛切な愛の波動に触れ、ライルの張り詰めていた心が、ようやく音を立てて解けていった。


一人で背負い込み、一人で罰を受けようとすることが、結果的に愛する者たちを最も深く傷つけていたのだ。

家族とは、喜びも、恐怖も、後悔も、すべてを分け合って共に生きていくものだったはずなのに。


「……ごめん。本当に、ごめん……っ」


ライルは、サクヤとベイラの肩に顔を埋め、子供のように声を上げて泣きじゃくった。

神王としての威厳も何もない。ただ愛する者を失う恐怖に怯え、必死に足掻いていた一人の男の涙だった。


妻たちは何も言わず、ただ優しくライルの背中を撫で、その涙を受け止めた。


翌朝。

ローレンツ邸の庭園では、すっかり元気を取り戻した妻たちに囲まれ、久しぶりに穏やかな寝息を立てるライルの姿があった。

青白い顔にはまだ疲労が残っているが、その表情はかつてないほど安らかだった。

魂のネットワークは、もうライル一人が必死に繋ぎ止めるものではない。十六人の家族全員で、互いを想い合うことで永遠に維持される、世界で最も美しく強固な絆へと昇華したのだ。


明日完結まで書き切ろうと決めています。皆様今まで見えいただいてありがとうございます。あと少しで最終話になります。どうか応援お願いします。 よろしければ感想やコメントいただけると励みになります。何でもよろしいのです。率直なご意見お待ちしております。

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