第84話:神王の驕りと、魂を繋ぐ最後の創造(ギフト)
【精神世界 ~ライルの懺悔~】
現実の庭園で、泣きじゃくる子供たちを妻たちと共に抱きしめながら。
ライルの意識の半分は、波一つない静寂に包まれた『己の精神世界』へと深く沈み込んでいた。
そこには、柔らかな光を纏った見慣れた老人の姿――ライルの魂に同化し、これまでずっと導き続けてくれた『最高神』が、穏やかな顔で立っていた。
『……よくやったな、ライル。あれほどの虚無を内側から食い破るとは、神であるワシの想像すら超える奇跡じゃった』
最高神が、労うように微笑む。
だが、ライルはその言葉に甘えることなく、深く頭を下げ、ギリッと唇を噛み締めた。
「……違うんだ、爺さん。僕は……間違っていた」
ライルの声は、後悔と自責の念に震えていた。
「この十数年、平和な日常が続いて……僕はどこかで、驕っていたんだ。
自分は神王で、最強の妻たちが十五人もいて、そして爺さんがついている。だから、この世界にどんな危機が来ようと、僕の力で絶対に防げるし、家族を失うことなんて絶対にないって……心の底で、高を括っていた」
もし、自分がもっと世界の外側の脅威に警戒していれば。
驕りを捨てて、常に最悪を想定していれば、妻たちがあんな風に魂を削られ、消滅の危機に瀕することも、子供たちにあんな絶望の涙を流させることもなかったはずだ。
「僕の驕りが、家族を殺しかけた。……僕は、神王失格だ」
ライルの懺悔に、精神世界は水を打ったように静まり返った。
最高神は、責めるでもなく、呆れるでもなく、ただ静かに頷いた。
『……そうじゃな。お前は強くなりすぎたが故に、無意識の油断があった。
だが、神とは本来そういう生き物じゃ。だからこそ、お前たちのように「家族」という弱点(愛)を持ち、それを失う恐怖を知ることでしか、真の意味で世界を愛し、護ることはできんのだ』
最高神は、透けかけている自身の光の手を見つめた。
『その恐怖を知った今のお前なら……もう、ワシの助言は必要ない』
◇
【最後の願い ~魂を繋ぐ枷~】
最高神の体が、足元から少しずつ、淡い光の粒子となってライルの魂の海へ溶け始めていた。
「消滅」ではない。神王ライルという器に、己のすべての権能と存在を完全に「譲渡(同化)」しようとしているのだ。
「……待ってくれ、爺さん」
ライルは顔を上げ、消えゆく最高神を真っ直ぐに見つめた。
「爺さんが消える前に、最後に一つだけ……我儘を聞いてくれないか」
『我儘? ワシに、力を寄越せとでも言うのか?』
「違う。……教えてほしいんだ。あのダンジョンの底で、十人の娘たちに贈ってくれた『愛のチョーカー』。……あれを、どうやって創り出したのかを」
予想外の問いに、最高神はパチクリと瞬きをした。
『はぁ? チョーカーの製法じゃと? なぜそんなものを、今この別れの瞬間に……』
「創りたいんだ。僕の手で」
ライルの瞳には、かつてないほどの強烈な決意の炎が宿っていた。
「今回、虚無の中でサクヤやフィリアたちを見つけ出すのが遅れたのは、彼女たちと僕を繋ぐ『道標』がなかったからだ。……あんな恐ろしい思いは、二度とご免だ。
だから、十五人の妻たち全員に……サクヤたち五人にも、あの時と同じ、いやそれ以上の『魂の繋がり』を贈りたい」
ライルは、自身の胸に手を当てた。
「首にはチョーカーを。腕にはブレスレットを。そして足にはアンクレットを。
……さらに、僕自身も『男性用』のそれを身に着ける。
僕と十五人の妻たち、十六人の魂を、物理法則も虚無も関係なく、絶対に引き離せないように強固に繋ぎ止める『愛の枷』を……今ここで、一緒に創ってほしいんだッ!!」
どんなに離れていても。もし万が一、再び世界が崩壊するような暗闇に落ちたとしても。
これさえあれば、一秒も迷うことなく、互いの魂の熱を辿って必ず見つけ出せる。
ライルのその切実で、あまりにも愛に溢れた重い願いを聞いて。
最高神は、ポカンと口を開けた後――。
『……ふはっ、ふはははははっ!!』
精神世界が揺れるほど、腹を抱えて大笑いした。
『まったく……お前という奴は! 最後の別れの瞬間に、神としての崇高な教えでもなく、世界を統べる奇跡の魔法でもなく……「嫁たちとのペアアクセサリーの作り方を教えろ」じゃと!?
本当に、お前はどこまで行っても、救いようのない愛妻家じゃな!』
呆れ果てたような声。しかし、その顔はこれ以上ないほど嬉しそうに、優しく笑っていた。
『……よかろう。神が世界を創るより重く、そして美しい、魂の装飾品じゃ。
ワシの最後の力、すべてお前のその「愛」のために使ってやろう!』
◇
【神々の鍛冶 ~十六の光~】
最高神が両手を広げると、精神世界に『黄金の神火』が燃え上がった。
ライルも自身の神気を爆発させ、二人で一つの巨大な炎の炉を創り出す。
『素材は「お前の愛」そのものじゃ。そこに、ワシの「概念を固定する権能」を混ぜ込む! 魂の形をイメージしろ、ライル!』
「ああッ!!」
ライルは、十五人の妻たち、一人一人の顔と、これまで共に過ごした愛おしい時間を脳裏に思い描いた。
純白のフィリア。夜桜のサクヤ。翡翠のセレナ、琥珀のミア、漆黒のアナスタシア。
そして、過酷な迷宮を越えて花嫁となった十柱の美しい女神たち。
愛しい記憶が炎の中で結晶化し、見たこともないほど美しく、透き通るような強靭な金属へと変化していく。
カンッ……! カンッ……!
精神世界に、魂を打つ美しい鍛冶の音が響き渡る。
ライルの想いが形になり、十六人分のチョーカー、ブレスレット、アンクレットが組み上がっていく。
女性用は、それぞれの瞳と髪の色を象徴する特大の宝石が埋め込まれ、それを守るように繊細な意匠が施されている。
そしてライルが身に着ける男性用は、十五色の小さな宝石が、星のように円を描いて配置された重厚なデザインだった。
そのすべてのアイテムの中央には、二度と離れないという誓いを込めた『ハートのリング』が揺れ。
そこには、ライルと、妻たちの名前が、永遠の魔法文字で深く刻み込まれていた。
「……できた」
炎が収まり、宙に浮かぶ十六セット、計四十八個のアクセサリー。
それは、いかなる神の遺物よりも美しく、ただそこにあるだけで、見ている者の心が震えるほどの圧倒的な『温もり』を放っていた。
◇
【最高神の微笑み ~卒業の時~】
『……見事な輝きじゃ。これなら、どんな暗闇に落ちようと、一瞬で互いの魂を手繰り寄せることができるじゃろう』
完成したアクセサリーを見つめながら、最高神が深く、満足げに頷いた。
その体が、いよいよ首のあたりまで光の粒子となって溶けかけている。
「爺さん……。本当に、今までありがとう。
爺さんがいなかったら、僕は絶対に、この幸せを守り切ることはできなかった」
ライルは、涙を堪えきれず、消えゆく最高神に向かって深く、深く頭を下げた。
『……礼を言うのは、ワシの方じゃよ、ライル』
最高神の声は、もう耳からではなく、ライルの魂の奥底から直接響いているようだった。
『お前のおかげで、ただ世界を管理するだけの退屈な神だったワシは……笑い、怒り、そして「家族の愛」という、宇宙で一番美しい奇跡を特等席で見ることができた。
……お前の中の驕りは消えた。愛する者を守る重さと恐怖を知ったお前は、もう立派な、ただ一人の神王じゃ』
光が、最高神の顔を包み込んでいく。
最後に残ったその口元は、ライルの成長を心から喜ぶ、慈愛に満ちた柔らかな微笑みの形を作っていた。
『……可愛い孫たちと、美しき妻たちを、永遠に大切にな。
……さらばじゃ、ライル』
その言葉を最後に。
最高神の姿は完全に無数の光の粒子となり、ライルの魂の海へと優しく、温かく溶け込んでいった。
「……ああ。約束するよ。……さよなら、爺さん」
精神世界に、神王が一人。
だが、その心にもう孤独や迷いは微塵もなかった。
ライルは、最高神と共同で創り上げた『十六人分の愛の証』をしっかりと抱き抱え、泣きじゃくる家族が待つ、温かい現実の陽だまりへと意識を帰還させるのだった。




