第82話:命の循環(ループ)と、虚無を穿つ家族の極光
【削り取られる命 ~結界の限界~】
音も光もない絶対の漆黒。
レヴィアタンの腹の中で、ライルたち十六人は互いの体を強く抱きしめ合い、一つの巨大な「魂の塊」となっていた。
だが、彼らを外側から包んでいる防御結界は、薄氷のようにヒビ割れ、今にも砕け散ろうとしていた。
(……サクヤ、フィリア! 意識を手放すなッ!!)
ライルの魂の絶叫が、虚無の海に虚しく響く。
合流した代償として、彼らはレヴィアタンの強烈な「消失の圧力」を一点に集中して浴びていた。先輩妻たちの魂はすでに半透明になり、彼女たちを庇うように外側に立つベイラたち十人の女神の体からも、パラパラと光の粒子が剥がれ落ちていく。
『……限界じゃ、ライル』
最高神の沈痛な声が響いた。
『いくら神気で壁を作っても、この胃袋は「存在」そのものを削り取る。あと数分、いや数十秒で、お前たちは結界ごと完全に消化されるぞ』
外に向けて魔法を撃てば、喰われる。
防御結界を張って耐えても、外側から少しずつ溶かされる。
攻めることも、守ることもできない。まさに完全な「詰み」だった。
(……パパ)
その時。意識が薄れゆく中、ライルの腕の中にいたサクヤが、微かに微笑んだのが魂越しに伝わってきた。
(泣かないで、主さま。……最後に、またこうしてみんなで抱きしめ合えた。……あの子たちを守れたんだから、私たちは、幸せ……)
(サクヤ……ダメだ、諦めるなッ!!)
サクヤの魂が、そしてフィリアたちの輪郭が、ふっと消えかかった。
「死」ではない。「歴史からの消失」が、すぐそこまで口を開けている。
その瞬間。ライルの脳裏に、今朝の平和なテラスでの会話が、稲妻のように閃いた。
『あの子たちは、愛し合い、次の命へとバトンを繋いでいく』
『私たちは、子供を何十人産んだって、絶対に消えたりしないわ!』
(……ッ!!)
ライルは、ハッとして目を見開いた。
(……そうだ。消えない。彼女たちは「命を生み出す絶対の器」に進化したんだ!
レヴィアタンが『無限に奪い続ける存在』なら……それを打ち破れるのは、破壊力じゃない。『無限に生み出し続ける存在』だ!!)
◇
【決死の賭け ~防御を捨てろ~】
「……みんなッ!! 僕の言う通りにしてくれ!!」
ライルは、消えかけている十五人の妻たちの手を、痛いほど強く握り直した。
「今すぐ、僕たちを守っている防御結界をすべて解くんだ!」
(え……!?)
ベイラやリーフェたちから、悲鳴のような波動が返ってきた。
結界を解く。それはつまり、レヴィアタンの猛烈な消化液(虚無)を、無防備な魂に直接浴びるという「自殺行為」に他ならないからだ。
「結界に魔力を回すな! その代わり、僕たち十六人で一つの『輪』を作るんだ!
そして……自分の持っている神気と命のすべてを、外側じゃなく、『今、手を繋いでいる隣の家族』の体の中へ直接流し込むんだ!!」
『なっ……!?』
最高神が、ライルの意図に気づき、魂の底で息を呑んだ。
「十人の娘たちは、ダンジョンで『無限に命を生み出す器』に進化した! フィリアたち五人は、実際に『新しい命』を創り出した母親だ!
外を攻撃するんじゃない。僕たちの内側で、十六人の命を『バケツリレー』のように猛烈な速度で循環させ続けるんだ! 虚無に削り取られるよりも早く、隣の家族に命を注いで『存在』を上書きし続けろッ!!」
それは、あまりにも狂気じみた、一歩間違えれば全員が一瞬で消滅する決死の賭けだった。
だが、レヴィアタンの法則を逆手に取るには、それしかない。
外部との接触を完全に絶ち、十六人の家族の中だけで「命の永久機関」を創り出すのだ。
「……やりますわ!!」
誰よりも早く覚悟を決めたのは、長女のベイラだった。
彼女は結界を維持していた魔力をスッと切り、無防備になった自身の体が虚無に焼かれる激痛に耐えながら、自分の左手にいるフィリアの手を両手で包み込んだ。
「あ、あああぁぁぁっ……!」
ベイラから、膨大な神気が「回復と創造のエネルギー」として、一切のロスなくフィリアの体内へ注ぎ込まれる。
消えかけていたフィリアの魂が、ベイラからの圧倒的な『命の供給』を受けて、一瞬で鮮やかな色を取り戻した。
「ベイラさん、ありがとう……! 次は、私ねッ!」
息を吹き返したフィリアが、今度は右手にいるサクヤへ、もらった命と自身の愛をすべて乗せて流し込む。
サクヤから、ヘスティアーへ。ヘスティアーから、セレナへ。
リーフェ、ミア、アナスタシア、ヘカッテ、アフロディテ……。
体が虚無に溶かされる恐怖。それを上回る「愛する家族を生かしたい」という執念。
十五人の妻たちが、痛みに顔を歪めながらも、隣の家族へと猛烈な速度で「命のバトン」を渡し始めた!
◇
【矛盾の極光 ~暗闇の破裂~】
「……いくぞッ!!」
十五人を巡り、渡されるたびに増幅されていった「愛と命のエネルギー」が、最後に神王ライルのコアへと濁流となって流れ込む。
ライルは、その体が千切れそうなほどの途方もない奔流を受け止め、最高神の権能でさらに圧縮し、再び隣のベイラへと叩き込んだ。
ゴァァァァァァァァッ……!!!
その瞬間。
音のないはずのレヴィアタンの腹の底で、空間そのものが軋むような悲鳴を上げた。
十六人の手を通じて、信じられない速度で循環する命のループ。
削られても削られても、それ以上の速度で隣から「命」が供給され、存在が上書きされていく。
彼らの繋いだ手と手は、もはや外部からの虚無を一切受け付けない**『無限に命を生み出し続ける、極小の太陽』**へと変貌していた!
「私たちは……ッ!」
「絶対に、パパを……子供たちを置いて消えたりしない……ッ!!」
暗闇の中で、十五人の妻たちが互いの顔をはっきりと視認する。
循環するエネルギーが、暗闇を押し退けるほどの大光量となって、彼女たちの美しい姿を照らし出していた。
『……見事じゃ。あまりにも、見事じゃ……ッ!!』
最高神が、感極まったように声を震わせる。
【すべてを無に帰そうとする真っ暗な胃袋】の中に、【無限に存在を生み出し続ける絶対の命】が誕生した。
この強烈な『論理の矛盾』を、レヴィアタンというシステムが消化しきれるはずがなかった。
メキィッ……! パリンッ!!
彼らを包んでいた絶対的な暗闇に、巨大なガラスにヒビが入るような亀裂が走った。
虚無の胃袋が、彼らの生み出す「無限の存在の質量」に耐えきれず、風船のように限界を迎えたのだ。
「これで……ッ!!」
ライルは、十五人の妻たちと固く繋いだ手を、天に向かって高く掲げた。
「「「終わりだぁぁぁッ!!!」」」
十六人の魂の循環が、臨界点を突破した。
繋いだ手から溢れ出した圧倒的な『生命の光』が、レヴィアタンの腹を内側から完全に食い破った。
音のない絶望の世界が、まばゆい極彩色の光に呑み込まれ、凄まじい轟音と共に、完全に崩壊し、弾け飛んだ。




