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神への階と十五柱の花嫁  作者: 輝夜月愛


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第79話:暗闇の道標(みちしるべ)と、時間差の奇跡

【虚無の底 ~それぞれの孤独~】


光も音もない絶対の漆黒。

『レヴィアタン』の腹の中、事象の消失空間に放り出された十人の女神たちは、それぞれが圧倒的な孤独と恐怖の中で震えていた。


(……パパ? どこ? 誰か……ッ)


純白のウェディング・アーマーを纏った長女のベイラは、声の出ない暗闇の中で必死に手を伸ばしていた。

170センチの完璧な肉体も、研ぎ澄まされた魔法も体術も、この空間では何の意味も持たない。自分の輪郭すら曖昧になり、魂が少しずつ『無』へと溶け出していくのを感じる。

子供たちを庇ったことに後悔はない。しかし、最後に手を繋いでいたはずのパパや妹たちの温もりが消え去ってしまったことが、ベイラの心を容赦なくへし折ろうとしていた。


少し離れた虚無の空間では、琥珀色の髪のヘスティアーが、銀髪のリーフェが、それぞれに見えない壁を叩き、音のない叫びを上げて泣いていた。


(嫌だ、嫌……一人にしないで……パパッ!)


彼女たちは強大な力を持った女神だが、その根源にあるのは「ライルを愛する一人の女性」だ。

パパがいない世界。パパに見つけてもらえない暗闇。それが彼女たちにとって、魂が消滅することよりも恐ろしい『地獄』だった。



【ただ一つの例外エラー


『……ライル。心を研ぎ澄ませ』


暗闇の中で焦燥に駆られていたライルの魂に、最高神の声が静かに響いた。


(爺さん……何か、方法があるのか!?)


『魔力や神気は、この空間では一瞬で無に帰す。じゃが……お前とあの十人の娘たちの間には、最高神たるワシが直々に用意した「概念の繋がり」があるじゃろうが』


(概念の……あっ!)


ライルはハッとして、自身の首元、そして魂の奥底に意識を向けた。

ダンジョンの最下層で、最高神が十人の娘たちに与えた『愛のチョーカー』。

未知の金属とそれぞれの瞳の色の宝石。そして、『LYLE』と刻まれたハートのリング。


『あれはただの装飾品ではない。お前たちの魂を繋ぐ「所有と愛の証明」じゃ。

物理的な光や音は消されても、魂と魂の間に結ばれた絶対的な絆(概念)までは、このレヴィアタンとて即座には消化できん!

お前の魂の熱を、その繋がり(チョーカー)に流し込め!!』


「……ッ!!」

ライルは目を閉じ、虚無の空間で、ただひたすらに愛する十人の顔を思い浮かべた。

黄金、白銀、琥珀、漆黒、星空……十色の美しい髪。彼女たちと交わした誓いの口づけ。

(聞こえなくていい。見えなくていい。……どうか、僕の熱よ、伝わってくれッ!!)


神気ではなく、純粋な『愛と祈り』。

それを、魂の底から十本の見えない糸へと全力で叩き込んだ。



【時間差の合流 ~胸元の小さな熱~】


(もう、消えちゃうのかな……私……)


暗闇の中で膝を抱え、絶望に沈みかけていた星空の髪のアフロディテ。

その時だった。

彼女の首元で、氷のように冷たかった『ハートのリング』が、トクン、と微かな熱を持った。


(……え?)

アフロディテが首元に触れる。熱は気のせいではない。それは、ライルのあの大きくて優しい手の温もりそのものだった。

「パパ……?」

声は出ない。しかし、その熱は明確な『方向』を示して、アフロディテの魂を引っ張っていた。


同時に、最もライルへの想いが強く直感的なヘスティアーも、胸元の熱に弾かれたように顔を上げていた。

(パパだ! パパが、私を呼んでるッ!)

ヘスティアーは躊躇いなく、物理的な移動ではなく、魂の引力に身を任せて、その熱の源へと飛び込んだ。


「……ヘスティアー! アフロディテ!」


暗闇の中で、ライルの腕の中に、琥珀色と星空の髪の二人が勢いよく飛び込んできた。

「パパッ! ああ、パパ……ッ!」

声は聞こえないが、確かに伝わる肉体の感触と、涙で濡れた頬の温もり。ライルは二人を強く抱きしめた。


続いて、真紅のフレイヤと翡翠のユリィナが、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら辿り着く。

絶望に呑まれる寸前だった純白のニーケと瑠璃のファリナも、チョーカーの熱に導かれてライルの背中にしがみついた。


だが、合流のタイミングには『時間差』があった。

恐怖や絶望が深ければ深いほど、魂の繋がりはノイズに阻まれ、チョーカーの熱に気づくのが遅れてしまうのだ。


「……パパ……どこ……」

長女のベイラは、責任感の強さゆえに「自分が子供たちや妹たちを守れなかった」という自責の念に囚われ、魂が泥のように重くなっていた。

銀髪のリーフェ、漆黒のヘカッテ、紫水晶のノアも同様だった。後悔と絶望のノイズが、チョーカーの熱を遮断しようとしている。


(くそっ……! 早く気づいてくれ、ベイラ、リーフェ、ヘカッテ、ノア!! このままじゃ魂が溶け切ってしまう!)


ライルは、集まった六人の妻たちと強く手を握り合った。

(みんな、僕と一緒に祈ってくれ! あいつらの魂を引き寄せるんだ!!)


ヘスティアーたちが力強く頷き、自身のチョーカーを通して、ライルと共に爆発的な『想いの熱』を放つ。


(……あっ)

深い泥の底に沈んでいたベイラの首元で、黄金の宝石が、かつてないほどの激しい熱を帯びた。

それはパパ一人の熱じゃない。先に合流した妹たちの「お姉様、早く来て!」という温かい声が、魂に直接響き渡ったのだ。


「……みんな……パパッ!!」

自責の泥を振り払い、ベイラが漆黒の空間を蹴った。

リーフェ、ヘカッテ、ノアの三人にも、その強烈な熱と光の概念が届く。


スゥッ……。

暗闇が歪み、最後に残っていた四人が、ライルと妹たちの輪の中へと崩れ落ちるように飛び込んできた。


「ベイラ! リーフェ! ヘカッテ、ノア……ッ!!」


ライルは、全員を大きな一つの輪にするように、その腕で強く抱きしめ込んだ。

十色の髪が交じり合い、声のない号泣が虚無の空間に広がっていく。

一人、また一人と時間差で絶望から救い出され、ついに十人の女神たちが、愛する神王の元へと奇跡の生還(合流)を果たしたのだ。



【絶対の壁 ~届かない五人の先輩妻~】


「よかった……本当によかった……っ」

ベイラがライルの胸に顔を埋め、全員が互いの無事を確かめ合うように頬を寄せ合う。

十一人の魂が結びついたことで、その周囲のわずかな空間だけは、虚無に溶かされることなく『存在』を保つことができていた。


しかし、安堵したライルの顔は、すぐに青ざめた。


(……ダメだ。まだ、終わってない)


ライルは暗闇の奥を睨みつけた。

最高神のチョーカーという『概念の道標』があったからこそ、十人の女神たちは時間差がありながらもライルを見つけ出すことができた。


だが。

フィリア、サクヤ、セレナ、ミア、アナスタシア。

この理不尽な暗闇の中には、チョーカーを持たない『五人の先輩妻たち』が、今もたった一人で、何の手がかりもないまま魂を溶かし続けているのだ。


(サクヤ……フィリア……ッ!!)


彼女たちには、ライルが送るサインを受信する端末チョーカーがない。

絶対的な暗闇。タイムリミットが迫る中、道標を持たない彼女たちをどうやって見つけ出せばいいのか。


十一人の魂の輪の外には、今度こそ本当に手がかりの一切ない、絶望的な冷たい虚無の海が、不気味な静けさで広がっていた。


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