第76話:テラスの朝食会と、子供たちが紡ぐ「限りある未来」
【ローレンツ邸 ~十五人の妻と、賑やかな朝のテラス~】
甘く熱い新婚の夜が明け、ローレンツ邸の庭園に面した広い白亜のテラスには、これまでにないほど華やかで賑やかな光景が広がっていた。
「パパ! 私が焼いたパンケーキ、一番に食べてくださいね!」
「ちょっとベイラお姉様! パパには私が淹れたハーブティーが先ですわ!」
朝陽の差し込む巨大な円卓。
そこには、第一夫人フィリアをはじめとする五人の「先輩妻」たちと、昨夜正式にライルの妻となった十人の「新妻(元・女神)」たち、合わせて十五人の麗しき女性たちが顔を揃えていた。
170センチに圧縮進化し、艶やかさと完璧なプロポーション(と十色の美しいストレートロングの髪)を手に入れた女神たちは、エプロン姿ではしゃぎながらライルのお皿に次々と料理を取り分けていく。
「ふふっ。主さま、朝から大人気ですね」
サクヤが、クスクスと笑いながら紅茶のカップを傾ける。
「笑い事じゃないよサクヤ。……これ、三日分くらいのカロリーがあるぞ」
山盛りになったパンケーキやオムレツを前に、ライルは嬉しい悲鳴を上げていた。
テラスのすぐ横の芝生では、フィリアの産んだ人間の男の子、サクヤの産んだ人間の女の子、そしてセレナ(エルフ)、ミア(獣人)、アナスタシア(魔族)の産んだ、三人のハーフの子供たちが、よちよち歩きで楽しそうに蝶々を追いかけて遊んでいる。
永遠の若さと命を約束された十五人の妻たちと、すくすくと育つ五人の子供たち。
これ以上ない、完璧な幸福の風景。
だが、芝生で転げ回る小さな背中を見つめながら、ライルはふと、静かな口調で切り出した。
◇
【永遠の親と、限りある命の子】
「……みんな。少し、真面目な話をしてもいいか?」
ライルの声色が変わったのを感じ取り、妻たちの賑やかな声がスッと静まった。
ベイラたち新妻も、真剣な瞳でライルを見つめる。
「僕たちは、最高神のシステムに組み込まれたことで、寿命という概念がなくなった。……これからも若く、永遠に一緒にいられる」
ライルは、芝生で笑う我が子たちへ優しく視線を向けた。
「でも、あの子たちは違う」
その言葉に、母親であるフィリアやセレナたちが、静かに目を伏せた。
「サクヤやフィリアの子は、純粋な人間だ。セレナの子はハーフエルフ、ミアの子はハーフ獣人、アナスタシアの子はハーフ魔族。……エルフや魔族の血を引いていれば、人間よりは長く生きられるかもしれない。
でも、あの子たちの命は『永遠』じゃない。普通に年を取り、いつかは寿命を迎える」
それは、神と人間が交わった家族が、絶対に避けては通れない現実だった。
「パパ……。あの子たちに、私たちの神気を分け与えて、不老にすることは……?」
銀髪のリーフェが、心配そうに尋ねる。
「……それは、できない。いや、したくないんだ」
ライルは静かに、けれど確かな意志を持って首を振った。
「あの子たちを神の領域に引き上げて、永遠の命を押し付けるのは、親のエゴだと思うんだ。
命に限りがあるからこそ、あの子たちは全力で走り、誰かに恋をして、愛し合い、次の命へとバトンを繋いでいく。
僕は、あの子たちには僕たち(神)の箱庭に閉じこもるんじゃなく、普通の人間として、誰かと結婚して、共に生きる素晴らしい世界を経験してほしい」
愛しているからこそ、手放し、限りある人生を全力で謳歌してほしい。
それが、父親としてのライルの切なる願いだった。
◇
【十五人の妻からの提案 ~未来の領主たち~】
「……主さまの仰る通りです」
沈黙を破ったのは、サクヤだった。彼女は芝生で遊ぶ自身の娘を愛おしそうに見つめながら、優しく微笑んだ。
「私たちがあの子たちの人生のすべてを管理してしまっては、あの子たち自身の『物語』が生まれません。私たち親の役目は、あの子たちが自由に羽ばたける空(世界)を整えてあげることだと思います」
「ええ。それに、ただ見守るだけじゃなくて、あの子たちに『役割』を与えてみてはどうでしょう?」
第一夫人のフィリアが、名案を思いついたように手を合わせた。
「ローレンツ公爵領は、今や一つの国家よりも広大です。
あの子たちが立派な大人に成長したら……この領土の一部を、それぞれに任せてみるのはいかがですか?」
「領土を……あの子たちに?」
ライルが目を丸くする。
「賛成です!」
獣人のミアが、犬耳をピンと立てて尻尾を振った。
「あの子たちがそれぞれの街や村の領主になって、そこで領民たちと一緒に汗を流して、笑い合って、自分たちの家族を作っていく。……それって、すごく素敵なことじゃないですか!」
「エルフの森の近くは私の子に、魔族領との国境はアナスタシアの子に。それぞれの特性を活かした街づくりができそうですね」
セレナも嬉しそうに頷く。
その壮大で、希望に満ちた未来の計画に、新妻である十人の女神たちも目を輝かせた。
「……まあっ! それなら、これから私たちが産む子供たちにも、新しい街を開拓してもらわなきゃいけませんわね!」
長女のベイラが、興奮気味に身を乗り出した。
「そうですわ! 私の風と植物の魔法を受け継いだ子なら、きっと世界一豊かな農業都市を作れますわ!」
真紅の髪のフレイヤが胸を張り、他の娘たちも「私の子は魔法都市!」「私の子は商業都市よ!」と、まだ見ぬ未来の子供たちの話で大いに盛り上がり始めた。
「ちょ、ちょっと待てお前たち! 気が早すぎるぞ!」
ライルが慌てて突っ込むが、十五人の妻たちの楽しそうな笑い声は止まらない。
◇
【永遠に続く、家族の歴史】
「ぱぁぱー!」
芝生からよちよちと歩いてきたサクヤの娘が、ライルの足元に抱きついた。
ライルは優しくその小さな体を抱き上げ、高い高いをしてやる。
キャッキャッと笑う純粋な命の重み。
(……ああ。これでいいんだ)
ライルは、テラスで未来の地図を広げるように語り合う十五人の妻たちと、無邪気な子供たちの笑顔を見て、心の底から安堵した。
親である自分たちは、永遠の命を持って、この広大な領地の中心(実家)でいつまでも変わらずに彼らを見守り続ける。
そして子供たちは、それぞれの街に巣立ち、寿命という限りある時間の中で、愛する人と結ばれ、孫を産み、新しい歴史を紡いでいく。
いつか彼らが寿命を迎えても、その血と想いは、次の世代へと確かに受け継がれていくのだ。
「……パパ。すごく、いい顔してますわよ」




