第74話:神王の憂鬱と、呆れ果てた最高神のツッコミ
【ローレンツ邸 ~新婚の夜の静寂~】
王立学園の卒業式と、大聖堂での歴史的な合同結婚式から数日後。
ローレンツ邸は、十人の新たな妻(女神)たちを迎え、かつてないほど賑やかで甘い空気に包まれていた。
深夜。
執務室で一人、領地の書類整理をしていたライルは、ふとペンを置き、窓から見える満月を見上げて深大なため息をついた。
(……サクヤやフィリアたちに加えて、ベイラたち十人。みんな、本当に綺麗で、可愛くて……僕にはもったいないくらい、最高の妻たちだ)
ライルの脳裏に、新婚生活を満喫して幸せそうに笑う彼女たちの顔が浮かぶ。
だが、幸せが絶頂に達すれば達するほど、ライルの胸の奥には、ある「重く冷たい不安」が少しずつ影を落とし始めていた。
(でも……僕は元々、ただの人間だ。
今はまだいい。でも、十年後、二十年後……僕だけがシワだらけの爺さんになって、いつか寿命で死んでしまったら。
神の魂を持つ彼女たちは、何百年、何千年と若く美しいまま、僕のいない世界に取り残されてしまうんじゃないのか……?)
ライルは頭を抱えた。
愛する家族と、いつか必ず訪れる「老い」と「死別」。
自分が死んだ後、残された妻や子供たちがどれほど悲しむかを想像するだけで、胸が張り裂けそうだった。
「……何か、不老長寿の秘薬でも探すか。いや、禁忌の魔法に手を出してでも、僕は彼女たちのそばに……」
ライルが真剣な顔で悲壮な決意を固めかけた、その時だった。
『――ふぁぁ~あ。おい、ライル』
魂の奥底から、欠伸交じりの間の抜けた声が響いた。
同化している【転生後の世界の最高神】である。
(……なんだよ、爺さん。こっちは今、家族の未来について真剣に悩んでるんだ。茶化すなよ)
『いや、お前の悩みがあまりにもアホらしすぎて、寝ておられんわ。
……お前、何を一人で勝手に思い悩んでおるのだ? 自分の顔を鏡でよーく見てみい。この数年、お前自身が全然年を取っていないことに気づいておらんのか?』
「え……?」
ライルは弾かれたように顔を上げ、執務室の窓ガラスに映る自分の顔を見つめた。
確かに。
転生前の日本で高校生だった頃から数えると、相当な年月が経っているはずなのに。窓に映るライルの容姿は、肉体的には最も充実した青年の姿のまま、シワ一本、白髪一本増えていなかった。
(な、なんで……?)
『なんで、じゃないわ! アホかお前は!』
最高神が、ライルの脳内で盛大なツッコミを入れた。
『お前の中には、ワシという二つの世界の【最高神】が完全に同化して宿っておるのだぞ!?
いいか? お前も、お前の妻たちも、お前の魂から生まれた娘たちも、すでに神の領域に組み込まれておる。
年を取ったり、寿命で死ぬなど、そもそも初めから無いわ! 永遠の全盛期じゃ!』
「なっ……! じゅ、寿命が、ない……!?」
『当たり前じゃ! 神が老衰で死んでたまるか!
たまにワシらのような神が、白髪の爺さんの姿で現れたりするがな、ああいうのはただ**「自分で神としての貫禄が欲しくて、見た目をお爺ちゃんにアバター変更しているだけ」**じゃ!
中身はピチピチよ!』
(ア、アバター変更……!?)
ライルは目から鱗が落ちるどころか、目玉が飛び出そうになった。
『お前が望めば、明日からヒゲモジャの渋いオジサマになることも可能じゃが……まあ、今の若くてカッコいい姿のままのほうが、嫁たちも喜ぶじゃろ。
だから、一人で「愛する妻を残して死ぬんだ……」などと、安い悲劇の主人公ぶるのはやめい! 見ているこっちの背中が痒くなるわ!』
「…………」
ライルは、窓ガラスに映る自分を見つめたまま、パチパチと瞬きをした。
数分前まで抱いていた、胸が張り裂けそうなほどの悲壮感と絶望。
それが、最高神の「寿命など最初から無いわ!」という一言で、文字通り宇宙の果てまで吹き飛ばされてしまった。
「……なんだ。そっか。……僕、死なないのか」
『おお、死なん。永遠にな』
「……そっかぁ」
ライルは、執務机に突っ伏して、肩を震わせた。
(……バカみたいだ。僕が一人で悩んでいたこと、本当に……バカみたいだ)
だが、その目からは、安堵の涙がポロポロとこぼれ落ちていた。
死なない。置いていくこともない。
ベイラたち十人の花嫁と、サクヤたち先輩の妻。そして愛する子供たちと。
これから何百年、何千年、何万年と――この不器用で、騒がしくて、愛おしい家族の隣で、ずっと笑い合って生きていけるのだ。
「……ありがとう、爺さん。教えてくれて」
『ふん。世話の焼ける神王じゃ。さっさと可愛い嫁たちのベッドに潜り込んで、朝までイチャイチャしてこい!』
「ああ。……そうさせてもらうよ」
ライルは涙を拭い、晴れやかな、これ以上ないほどの最高の笑顔を浮かべた。
執務室のランプを消し、愛する妻たちが待つ寝室へと向かう彼の足取りは、羽が生えたように軽かった。
神王ライルと、彼を愛する絶世の女神たち。
彼らの前には、老いも死も存在しない、ただ果てしなく続く「永遠のハッピーエンド」だけが約束されているのだった。




