第73話:国王の祝杯と、ワルツに隠した愛の囁き
【王城・大広間 ~国王からのユーモア溢れる祝杯~】
大聖堂での厳かな結婚式から一転、舞台は王城の最も広く美しい『太陽の間』へと移された。
中世ヨーロッパを思わせる壮麗なシャンデリアが輝き、長机には最高級のローストビーフや色鮮やかな果実、溢れんばかりの葡萄酒が並んでいる。部屋の隅では、宮廷音楽家たちがリュートとハープで優雅な旋律を奏でていた。
ざわめきが静まると、上座に立つ初老の国王が、ワイングラスを高く掲げた。
「えー……まずは、ライル公爵。並びに美しき十柱の女神たちよ。本日は誠におめでとう」
国王は咳払いを一つして、少しだけ苦笑いを浮かべた。
「正直に言おう。余は、規格外の力を持つ君たちが学園に入学した時、いつ校舎が消し飛ぶかと胃薬が手放せなかった!(広間からドッと笑いが起きる)
……だが、深層の大迷宮で、君たちは泥にまみれ、我が国の生徒たちを守り抜いてくれた。その強さと優しさに、王として、そして一人の親として心からの敬意と祝福を贈りたい。
……どうかこれからも、その強大な力は『愛する家族』と『大切な友』のために使ってくれ。間違っても、夫婦喧嘩で王都を焦土にしないように!」
「「「乾杯!!」」」
国王のユーモア溢れる温かいスピーチに、広間はドッと沸き返り、盛大な拍手とグラスの触れ合う音が響き渡った。
◇
【ファーストダンス ~パパへの囁きと、妻たちの順番待ち~】
宴もたけなわとなり、音楽が緩やかなワルツへと変わった。
広間の中央が開けられ、いよいよ新郎新婦によるファーストダンスの時間だ。
「パパ……。いえ、私の愛しい旦那様。……一曲、よろしいですか?」
純白のウェディング・アーマーを纏った長女のベイラが、長い睫毛を伏せて優雅に手を差し出した。
170センチに圧縮された完璧なプロポーション。首元で『LYLE』と刻まれたハートのチョーカーが、シャンデリアの光を反射してキラリと光る。
「ああ。喜んで、世界一美しい僕の妻」
ライルがその手を取り、ベイラの細い腰に手を回す。
身長差が丁度良くなったことで、ベイラはステップを踏みながら、コテンとライルの肩に頭を乗せた。
「……パパ」
ベイラが、ライルの耳元で甘く囁く。
「私、今、すっごく幸せ。パパの匂いが、こんなに近くで……」
「ベイラ、ステップが少しズレてるぞ。……それに、あまり耳元で息を吹きかけるな」
「ふふっ。だって、私、もう子供じゃありませんもの。……今夜は、覚悟していてくださいね?」
小悪魔のように微笑むベイラに、ライルが顔を赤らめた、その瞬間。
「はいっ! ベイラお姉様、時間切れですわ! 次は私!」
「ちょっとヘスティアー!? まだ半周しか回ってないわよ!」
ドンッ、とベイラが押し出され、琥珀色の髪のヘスティアーがライルの胸に飛び込んできた。
「えへへ、パパ! 私のアーマー、背中が大きく開いてるの。ちゃんとエスコートしてね!」
「わ、分かったから引っ張るな。……って、次はリーフェか!?」
「パパ、私とも踊って……」と銀髪のリーフェが潤んだ瞳で見上げ、次々と十人の花嫁たちがライルを奪い合う「超過酷なローテーション・ワルツ」が展開される。
「ちょ、お前たち、ドレスを踏むぞ! 順番だ、順番!」
目を回すライルに、壁際で見守っていたサクヤやフィリアたち先輩妻たちが、扇子で口元を隠しながら「あらあら、主さまも今夜は大変ですねぇ」とクスクス笑っていた。
十色の髪をなびかせながら、次々とライルの腕の中で愛を囁く花嫁たち。
その光景は少しドタバタしていながらも、誰もが微笑ましく見守ってしまうほど、多幸感に溢れていた。
◇
【同級生たちへの指名 ~戦友たちとのワルツ~】
一通りのダンスを終え、息を切らしたライルが、ふと壁際を見た。
そこには、自分たちの真新しい騎士鎧やローブを着て、少し居心地悪そうに立っているマリーやレオたち「一般生徒」の姿があった。
彼らは貴族の舞踏会など慣れておらず、壁の花になってしまっていたのだ。
ライルは優しく微笑むと、十人の花嫁たちに目配せをした。
ベイラたちがコクリと頷く。
ライルは真っ直ぐにマリーの元へ歩み寄ると、恭しく右手を胸に当てて一礼した。
「マリーさん。……迷宮では、僕の愛する妻たちを命懸けで守ってくれたそうですね。
君たちの勇気がなければ、僕は彼女たちを失っていた。……この感謝を込めて、一曲よろしいですか?」
「えっ……!? わ、わ、私ですか!? 神王様と!?」
マリーは顔を真っ赤にしてパニックを起こすが、ライルは優しく彼女の手を引き、ホールの中央へとエスコートした。
それと同時に、十人の花嫁たちも一斉に動いた。
「レオ君! ぼーっとしてないで、私と踊りますわよ!」
ベイラが、呆然としているレオの腕を強引に引っ張る。
「ええっ!? べ、ベイラ様!? 俺、ダンスなんて……ドレス踏んじゃいますよ!」
「大丈夫よ、迷宮の罠を避けるステップと同じですわ! ほら、背筋を伸ばして!」
ヘスティアーも、リーフェも、他の娘たちも、迷宮で共に泥だらけになった男子生徒や女子生徒たちの手を取り、次々とホールへ連れ出していく。
「あははっ! レオ君、動きがカチカチですわよ!」
「笑わないでくださいよベイラ様! 緊張で死にそうなんですから!」
最初はガチガチだった生徒たちも、女神たちの気さくで明るいリードに、次第に緊張が解け、笑顔でステップを踏み始めた。
ライルと踊るマリーも、いつの間にか涙ぐみながら笑っていた。
「ライル様……ベイラ様たち、本当に、素敵な女性になりましたね」
「ああ。……君たちという、最高の友達のおかげだよ」
身分も、種族も、神という垣根すらも越えた、温かいワルツ。
広間は、上品な管弦楽の調べと、若い彼らの弾けるような笑い声に包まれていた。
「……ふふっ。本当に、いい披露宴になりましたわね」
踊る彼らを見守りながら、第一夫人のフィリアが目尻の涙をそっとハンカチで拭う。
「ええ。私たちの可愛い娘たちが、立派なお嫁さんになりましたね」
サクヤも、優しく微笑みながら頷いた。
涙と笑い、そして確かな絆に彩られた中世ヨーロッパ風の王城の夜。
世界で一番美しく、世界で一番幸せな十人の花嫁たちは、愛するパパと、最高の戦友たちに囲まれながら、永遠の記憶に残る煌びやかな夜を踊り明かすのだった。




