第60話:神王の鉄槌と、涙の再誕(リカバリー)
【帝都ゼクシア・崩壊する皇帝の寝室】
「お前は、父親の目の前で、娘の未来を汚そうとした。……絶対にお前を許さない」
ライルの黄金の剣が、冷酷な光を放って高く振り上げられた。
「や、やめろォッ!!」
氷漬けのガリウスが絶叫した瞬間、黄金の閃光が皇帝の体を真っ二つに――裂かなかった。
刃はガリウスの肉体をすり抜け、彼の中に構築されていた「帝国全土の魔導兵器と連動する起爆術式」、そして「皇帝としての魔力回路」という『概念』だけを、正確に両断し、完全に消滅させたのだ。
「……あ、が……?」
ガリウスは死んではいなかった。だが、その体内からは魔力が完全に失われ、帝国を支配していた絶対的な権限が、ガラスが割れるように砕け散っていた。
「……殺して終わりじゃ、生ぬるい」
ライルが、見下すように冷たい視線を落とす。
「お前が誇っていた帝国の兵器も、魔力も、地位も、すべて僕が今『ゼロ』にした。
……一生、光の差さない牢獄の中で、神(家族)の愛を踏みにじろうとした己の愚かさを呪いながら生き地獄を味わえ」
「ば、馬鹿な……! 我が帝国の無敵の魔導兵器が……ッ! う、動け! 起動しろォォッ!!」
魔力を失ったガリウスが、床に這いつくばって絶叫する。
「無駄ですわ、愚王」
長女のベイラが、氷のように冷たい声で告げた。彼女の背後には、ヘスティアーやヘカッテたち、正気を取り戻した五人の女神が、冷酷な殺意を込めてガリウスを見下ろしている。
「貴方の国が誇るオモチャ(魔導兵器)の制御網なら、私たちが天井をぶち破るついでに、元魔王ゼタの魔導ハッキングで『全部停止』しておきましたわ」
「な……元、魔王、だと……?」
ガリウスは絶望に顔を歪め、そしてベイラが無慈悲に放った氷の足枷によって、完全にその場で意識を刈り取られた。
帝国の野望は、ライルたちの規格外の力と怒りの前に、たった数分で完全に粉砕されたのだ。
◇
【壊れた精神と、神魔の診断】
だが、ライルに勝利の喜びはなかった。
彼は剣を放り捨て、ベッドの上に倒れ伏す五人の娘たち――リーフェ、アフロディテたちの元へ駆け寄った。
「リーフェ! アフロディテ! ……っ、ダメだ、反応がない!」
彼女たちは、純白のドレスを乱したまま、虚ろな瞳で天井を見つめている。
息はしている。しかし、魂の光が完全に失われていた。
ゼタが足早に近づき、リーフェの額に手を当てて魔力と神気を流し込んだ。
数秒後、ゼタは苦痛に顔を歪めた。
「……我が王。やはり、精神の最深部が『バグ(矛盾)』を起こして崩壊しています。
洗脳による『皇帝への絶対の愛』と、彼女たちの魂の根幹である『パパ(ライル様)への愛』。その二つが誓いのキスによって衝突し、脳が耐えきれずに思考を完全にシャットダウンしてしまった状態です」
「治せないのか……!? ゼタの神魔の力でも!」
「……通常の治癒魔法や解呪では、不可能です。外からいじれば、繊細な魂は完全に砕け散ります」
ゼタが悔しそうに唇を噛む。サクヤや妻たちも、青ざめた顔で口元を押さえた。
このままでは、彼女たちは永遠に心を閉ざした人形になってしまう。
絶望が、冷たい水のように部屋を満たそうとした。
◇
【確率ゼロの奇跡 ~パパは絶対に諦めない~】
「……不可能なんて、言葉は」
ライルは、リーフェとアフロディテの冷たい手を両手で強く握りしめた。
「僕の『幸運』の前には、存在しない」
ライルは目を閉じ、胸の奥底に同化している『二つの世界の最高神』の絶対権限を、極限まで引き上げた。
神々のシステムすら書き換えた、規格外の運命操作。
物理的な解呪が無理なら、魂のバグそのものを「なかったこと」に上書きすればいい。
「パパ……!?」
ベイラたちが、ライルの全身から立ち上る、宇宙そのもののような神々しいオーラに息を呑む。
ライルは、自身の額を、リーフェの冷たい額にそっと合わせた。
そして、愛する娘の深く暗い精神世界(魂の底)へと、自身の意識を強引にダイブさせた。
(……リーフェ。アフロディテ。僕の声が聞こえるか)
ライルの意識は、真っ暗な空間に降り立った。
そこでは、小さな女の子の姿になったリーフェたちが、膝を抱えてボロボロと泣いていた。
『パパ……ごめんなさい、パパ……。わたし、悪い子になっちゃった……パパを攻撃しちゃった……!』
『パパのこと、大好きなのに……心が、ぐちゃぐちゃだよぉ……っ』
偽りの愛を植え付けられ、パパを傷つけたという「罪悪感」と「矛盾」が、彼女たちの心を檻のように閉じ込めていたのだ。
(……泣かないでいい。全部、パパが壊してやるから)
ライルは、暗闇の中で泣きじゃくる娘たちを、まとめて強く、優しく抱きしめた。
(君たちは何も悪くない。君たちが一番愛しているのは誰か、パパが一番よく知っている。
だから、こんな偽物の呪いは……僕の『幸運』で、ゼロにする!!)
「――我が娘たちの心が、永遠に壊れてしまう確率を……『0パーセント』に固定する!!」
ライルの魂からの絶叫が、精神世界に響き渡った。
カァァァァァァッ……!!!
二つの世界の最高神の権限と、父親の絶対的な愛が融合した光が、娘たちの魂に絡みついていた『洗脳の泥』を一瞬にして焼き尽くし、消去した。
◇
【涙の再誕】
現実世界。
ライルがリーフェの額から離れると、ベッドを覆っていた禍々しい瘴気が完全に霧散していた。
静寂の中。
「……ん、んん……」
リーフェの長い睫毛が、微かに震えた。
ゆっくりと開かれた銀色の瞳に、焦点が戻る。虚無の色は消え去り、かつての優しく、知性に満ちた美しい光が宿っていた。
「……パパ……?」
「リーフェ!!」
「あ……アフロディテも……!」
隣で星空の髪を揺らしたアフロディテも、そして他の三人も、次々と瞬きをして身を起こした。
彼女たちの瞳から、ポロポロと大粒の涙が溢れ出す。
純白のウェディングドレスを着た190センチの女神たちは、子供のように声を上げて泣きじゃくりながら、一斉にライルに抱きついた。
「パパーッ!! 怖かったよぉ……っ! ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
「パパ……! 会いたかった……っ!」
「……よかった。本当によかった……っ!」
ライルもまた、娘たちの長い髪を撫でながら、大粒の涙を流して彼女たちを強く抱きしめ返した。
ベイラたち五人の娘も、サクヤたち妻も、そしてゼタも、無事に心を取り戻した家族の姿を見て、安堵と感動の涙を拭っていた。
最も恐ろしかった帝国の悪辣な罠とタイムリミットは、ライルの『絶対に諦めない愛』と『規格外の幸運』によって、完全に打ち砕かれたのだ。
かくして、古代魔導帝国ゼクシアは一夜にして崩壊し、最強の家族は再び「全員揃って」その絆を取り戻した。
もう、誰もこの家族を脅かすことはできない。




