第59話:帝都の夜と、間に合わなかった(?)秒針
【ローレンツ邸 ~涙の覚醒と反攻の誓い~】
日没が迫っていた。
ローレンツ邸の地下室では、神魔ゼタとサクヤたちが、救出した五人の娘たちの洗脳解除に全力を注いでいた。
ゼタの魔力と母親たちの愛の呼びかけによって、ついに泥のような呪縛が弾け飛ぶ。
「……っ! パパ……! わたし、なんてことを……ッ!」
最初に正気を取り戻した長女のベイラが、自身の両手を見て悲鳴を上げた。
洗脳されていた間の記憶がフラッシュバックし、大好きなパパに本気の殺意を向けたこと、そしてリーフェたち五人を敵地に取り残してしまった絶望が、彼女の心を激しく苛む。
「パパ、ごめんなさい! わたしっ……!」
泣き崩れる190センチの美しき娘を、ライルは力強く抱きしめた。
「謝らなくていい。君たちは何も悪くない。……今は泣くよりも、残された妹たちを助けに行くぞ」
ライルの声は、氷のように冷たく、そして誰よりも熱く燃えていた。
ヘスティアーたちも涙を拭い、絶対的な殺意と共に立ち上がる。
「パパ。帝都の防衛結界は、正午の時よりもさらに強固に……空間そのものを隔絶するレベルで張られています。どうやって突破を……?」
ゼタが焦燥に駆られて問う。
「結界の概念ごと、僕の『幸運(確率操作)』でゼロにする。
……急ぐぞ。日が落ちれば、あいつは間違いなく『儀式』を始める」
ライルは、黄金の剣を強く握りしめた。
刻一刻と、最悪のタイムリミットが迫っていた。
◇
【帝都ゼクシア・皇帝の寝室 ~極限のタイムリミット~】
完全に日が落ちた、帝都ゼクシアの皇宮。
幾重にも張られた魔法結界の最奥にある、豪奢な天蓋付きのベッド。
「……ふふっ。神王の娘たちよ。お前たちの父親は、結局間に合わなかったな」
ガリウス皇帝は、ガウン姿でベッドを見下ろしていた。
そこには、銀色のストレートロングの髪を乱したリーフェと、星空の髪のアフロディテたち、残された五人の娘が横たわっていた。
身長190センチメートル。股下110センチの圧倒的に長く美しい脚と、八頭身の完璧なプロポーション。純白のウェディングドレスは乱れ、無防備にシーツの上に投げ出されている。
だが、彼女たちの美しい瞳に、光はない。
昼間の「矛盾した誓い」によって精神が崩壊し、今はただ、虚ろに天井を見つめるだけの美しい人形と化していた。
「可哀想に。心は壊れてしまったが……今宵、私がたっぷりと愛を注いでやろう」
ガリウスは、ベッドに腰掛け、リーフェの滑らかな頬を撫でた。
抵抗はない。瞬きすらしない。
「お前たちの純潔を奪い、その身の奥底に『帝国のモノ』という消えない絶望と快楽を刻み込んでやる。そうすれば、仮にライルが明日呪縛を解いたとしても、お前たちは一生、私という存在から逃れられなくなる」
ガリウスの冷たい指先が、リーフェのドレスの肩紐に掛けられた。
スゥッ、と白い絹が滑り落ち、女神の透き通るような白い肌が露わになる。
「さあ、まずはリーフェ。お前からだ」
ガリウスが、リーフェの体に覆い被さる。
その顔が、リーフェの首筋へと近づいていく。
あと数センチ。あと数秒。
あと一呼吸で、彼女たちの未来が永遠に汚され、心までもが完全に殺されてしまう。
間に合わない。
分厚い城壁も、数十万の帝国軍も、絶対防衛の魔法結界も、外部からの侵入を完璧に阻んでいる。この密室で起きている悲劇を止める術など、何一つないはずだった。
ガリウスの唇が、リーフェの肌に触れようとした、まさにその寸前。
――世界から、すべての「音」が消えた。
◇
【轟音と神王の降臨】
直後。
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
ガリウスの寝室の「天井」と「壁」、そして皇宮を覆っていた「絶対防衛結界」が、上空からの一撃で概念ごと蒸発した。
「な、なんだとォッ!?」
ガリウスが弾かれたようにベッドから飛び退く。
吹き荒れる爆風と、舞い散る瓦礫。
ポッカリと空いた天井の向こう、夜空に浮かぶ満月を背にして、幾つもの影が降臨した。
「パパの妹たちに、その汚い息を吹きかけないでくださる!?」
先陣を切って降り立った長女・ベイラが、極低温の吹雪を放ち、ガリウスの四肢を一瞬にして氷漬けにして床に縫い止めた。
続いて、ヘスティアー、ヘカッテたちも次々と舞い降り、ベッドで虚ろになっているリーフェたちを優しく、そして涙ながらに庇うように抱きしめた。
「ごめんね、リーフェ……! もう大丈夫、もう絶対に離さないから……!」
そして。
土煙の中から、ゆっくりと立ち上がった男がいた。
黄金の覇気を纏い、その瞳に「二つの世界の最高神」すら戦慄するほどの、絶対零度の怒りを宿した神王――ライルだ。
「……ば、馬鹿な……!? 帝都の結界を、一瞬で……ッ!?」
氷漬けになったガリウスが、信じられないものを見るように叫ぶ。
ライルは、床に縫い止められた皇帝を冷たく見下ろした。
彼の剣の切っ先は、すでにガリウスの喉仏に突きつけられていた。
「結界の強度が無限なら、僕の幸運で『結界がそこにある確率』をゼロにしただけだ。
……ガリウス。お前が僕の娘たちにしたこと、そして今まさに『しようとしていたこと』。……万死に値する」
ライルの声は、静かすぎて逆に恐ろしかった。
あと一秒遅ければ。
あと一瞬でも結界の突破に手間取っていれば、愛する娘の純潔と精神は完全に奪われていた。その背筋の凍るような事実が、ライルの怒りのリミッターを完全に破壊していた。
「ひっ……! ま、待て、神王! 私を殺せば、帝国全土の魔導兵器が暴走する仕掛けに……ッ!」
「知るか」
ガリウスの命乞いを、ライルは一刀両断に切り捨てた。
「お前は、父親の目の前で、娘の未来を汚そうとした。
……どんな理由があろうと、どんな兵器が暴走しようと、僕は絶対にお前を許さない」
ライルの剣が、冷酷な光を放って高く振り上げられた。




