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神への階と十五柱の花嫁  作者: 輝夜月愛


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第48話:堂々巡りの夜と、選ぶべき『本当の奇跡』

【ローレンツ領・深夜の執務室】


サクヤの残酷な告白から数日が過ぎていた。

深夜の執務室で、ライルはたった一人、ランプの火を見つめていた。

机の上には白紙の書類が散らばり、羽ペンは乾ききっている。


『私が新しい命を創り出すということは……私自身の神格を削り、変換するほかに方法がないのです』


月明かりに透けていたサクヤの腕と、儚い微笑みが、ライルの脳裏に何度もフラッシュバックする。


「……くそっ」


ライルは頭を抱え、自身の髪を強く掻き毟った。

堂々巡りだった。思考が、感情が、出口のない迷路を彷徨い続けている。


サクヤと自分の間に、新しい命が宿った。

それは神の理から外れた、かけがえのない「普通の子供」だ。

フィリアたちとの間に生まれた赤ん坊を抱いた時の、あの圧倒的な命の重さと感動。それをサクヤとも分かち合える。サクヤの腕の中に抱かれた、二人の血を引く小さな命――それを見たい。心から、会いたいと願っている。


だが。


(その代償が、サクヤの命……?)


ライルは強く歯を食いしばった。

そんなもの、絶対に認められない。

サクヤがいなくなる世界など、ライルにとっては何の意味もない。彼女がいなければ、この「幸運」すらもただの空虚な呪いに過ぎない。


(子供を……諦めるか?)


頭の片隅で、冷酷な理性が囁く。

サクヤの神格変換(出産)を止めれば、彼女は消滅せずに済む。妻の命を優先するのは、夫として当然の選択ではないか。


しかし、サクヤが流したあの一粒の涙が、ライルの胸を激しく締め付けた。

『貴方との普通の子が、どうしても抱きしめてみたかった』

愛する妻の、初めての、そしてただ一つの我儘。

それを奪う権利が自分にあるのか? 自分のエゴで、サクヤの母親としての願いと、すでに芽生えている小さな命を無かったことにするのか?


「どうすればいい……っ! 僕は、どうしたら……!」


ライルの拳が机を叩く。

ドンッという鈍い音が、静まり返った部屋に響いた。


サクヤを失いたくない。

けれど、サクヤの願い(子供)も叶えたい。

あちらを立てれば、こちらが立たない。世界のシステムが「等価交換」という絶対のルールを突きつけてきている。



【月下の女神たち】


ふと、執務室のドアがわずかに開いた。


「……パパ」


静かな声に顔を上げると、そこに立っていたのは長女のベイラだった。

身長190センチ、股下110センチの完璧なプロポーションを寝間着のガウンで包み、黄金のストレートロングの髪を月の光に輝かせている。

その後ろには、リーフェ、ヘスティアー、ヘカッテ、アフロディテの姿もあった。

いつもは騒がしい彼女たちだが、今夜はその神々しい美貌に、深い悲しみと心配の色を浮かべていた。


「……お前たち。まだ起きていたのか」


「パパの『心』が泣いているのが、私たちには分かるもの」


ベイラが静かに歩み寄り、ライルの頭を長い腕で優しく抱きしめた。

母性すら感じさせる、女神の抱擁。


「ママ(サクヤ)のこと、悩んでいるのでしょう?」

「……ああ」


ライルは隠すのをやめ、力なく頷いた。


「ママはね、私たちに言ったの。

『あなたたちに、人間の妹か弟ができるわ。私がもし見えなくなっても、パパと一緒に、あの子を守ってね』って……」


リーフェが涙声で呟く。

サクヤはすでに、残される娘たちに遺言のような言葉を伝えていたのだ。


「そんなの嫌だ! ママがいなくなるなんて、絶対におかしいよ!」

ヘスティアーが唇を噛み締め、ポロポロと涙をこぼす。

「パパの幸運で、なんとかならないの……? パパなら、なんとかできるでしょ!?」


ライルは、縋るような娘たちの瞳を見つめ返した。

その言葉が、雷のようにライルの魂を貫いた。



【幸運の反逆 ~本当の奇跡とは~】


(……そうだ。僕は、何をしているんだ?)


ライルは、ベイラの腕からゆっくりと身を離し、自身の両手を見つめた。

等価交換? システムの限界?

サクヤを助けるか、子供を助けるか。


(そんな二択、最初から間違っているじゃないか)


ライルの「幸運」は、今までどうやって運命を切り開いてきた?

与えられた選択肢の中から「マシなもの」を選ぶ力だったか?


違う。

AでもBでもない、誰も泣かない「C(最高の結果)」を強引に引き寄せる力だったはずだ。

世界の理が「命には命を」と定めているなら。神界のシステムが「魂の総量は決まっている」と計算しているなら。


「……そんなルール、僕がぶっ壊してやる」


ライルの呟きに、五人の娘たちがハッとして顔を上げた。


「パパ……?」


ライルは立ち上がった。

数日間の堂々巡りの末に辿り着いた答えは、あまりにもシンプルで、傲慢で、しかし彼らしい「主人公の選択」だった。


「サクヤは消えさせない。そして、生まれてくる子供も絶対に抱きしめる。

……世界が『それは不可能だ』と言うなら、不可能じゃなくなるまで、僕が世界の形を書き換える」


ライルの瞳に、かつてないほどの強烈な光が宿る。

それは、家族を守るためなら、神にすら喧嘩を売る「父親」の顔だった。


「本当の奇跡ってのは、誰かが犠牲になることじゃない。

僕たち家族全員が、明日も一緒に笑ってご飯を食べることだ。……そうだろ?」


娘たちの顔に、パッと明るい光が差した。

彼女たちの愛する、無敵のパパが帰ってきたのだ。


「うん! 私、手伝う! ママを助ける!」

「私たちもですわ、パパ。……この力、すべてパパのために使います!」


絶世の美貌を持つ女神たちが、強い決意と共に頷く。


ライルは窓を開け、夜空――かつて神界があった虚空を睨みつけた。

サクヤの神格を削らずに新しい魂を創るには、世界の外側から「新たな因果のエネルギー」を引っ張り込み、枯渇したシステムの基盤そのものをアップデートするしかない。


それは、神ですら成し得なかった「世界の再創造」。


「待っててくれ、サクヤ。……君の無茶な願い、僕が全部叶えてみせるからな」


愛する妻と、まだ見ぬ我が子のため。

ライル・フォン・ローレンツの、世界の理そのものに対する最大の反逆が、今静かに幕を開けた。


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