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神への階と十五柱の花嫁  作者: 輝夜月愛


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第38話:氷の女王の進撃と、サクヤが見落とした“死角”

【ローレンツ領・温室のティータイム】


ある穏やかな午後。

サクヤは、温室で紅茶を楽しんでいた。

窓の外では、十人の娘たちが何やら地図を広げてキャッキャと相談している。


「あらあら。また何か企んでいるようですね」


サクヤは微笑ましく見守っていた。

もちろん、彼女は元女神として「世界のバランス(因果律)」を理解している。

娘たちが多少派手に動いても、夫ライルの「幸運」が緩衝材となり、世界は良い方向へ調整される――はずだった。


(……ええ。主さまの幸運は絶対。多少の無茶も、すべてハッピーエンドに収束するわ)


だが、サクヤは気づいていなかった。

ライルの幸運は**「ライルと家族にとっての最良」を選ぶあまり、「サクヤ自身の危機感(予知)」すらも、「心配しなくていいよ」と甘く麻痺させてしまっている**ことに。


「ねえ、ママ! 私たち、ちょっとお出かけしてくる!」


長女ベイラ(8歳・氷)が、ドレスを翻してやってきた。


「行ってらっしゃい、ベイラ。……お父様のお庭を広げるのでしょう?

怪我をさせないように(相手に)、ほどほどになさいね」


「わかってるわ! 北の方が少し暑苦しいから、涼しくしてくるだけ!」


サクヤは笑顔で送り出した。

まさかそれが、世界の均衡を崩す最初の一石になるとは知らずに。



【北の大国・ガレリア帝国 ~国境の要塞~】


大陸北部を支配する軍事国家、ガレリア帝国。

「鋼鉄の皇帝」ゼギウスは、百万の重装歩兵と魔導戦車を国境に集結させていた。


「レギュラント王国など、新興の小国に過ぎん!

神々が消えたいまこそ、我が帝国の武力で大陸を統一するのだ!」


地響きを立てて進軍する大軍勢。

その前に、たった一人の少女が舞い降りた。

金髪にブルーの瞳、透き通るような肌を持つ、長女・ベイラである。


「……うるさいですわね。パパがお昼寝中なのよ」


ベイラは戦車の砲塔の上に優雅に着地した。


「な、なんだこのガキは!? 撃て! 排除しろ!」


皇帝ゼギウスが叫ぶ。

数百の魔導砲がベイラに向けられ、発射された――瞬間。


キィィィィィン……。


音が、凍った。

発射された魔力弾が、空中で静止し、美しい氷の結晶へと変わってパラパラと落ちる。

それだけではない。

戦車のエンジンが、兵士の鎧が、そして皇帝の吐く息までもが、瞬時に凍りついた。


「な、ば、馬鹿な……!? 魔法の発動すらしていないのに……!?」


皇帝は戦慄した。

これは魔法ではない。彼女が存在するだけで、原子の運動が停止しているのだ。

ベイラは皇帝の目の前にふわりと降り立ち、扇子で彼の顎を持ち上げた。


「……私のパパは、暑がりなんです。

あなたたちの熱気(野心)は、少し温度が高すぎますわ」


「ひ、ひぃっ……!」


「今日からここは『パパの避暑地』です。

この戦車はかき氷機に。兵士たちは雪像作りの職人になりなさい。

……返事は?」


「イ、イエス・マイ・クイーン……!!」


皇帝は土下座した。

恐怖による服従ではない。

彼女の圧倒的な「冷徹な美」と、逆らえば魂ごと凍結されるという本能的な理解が、国ひとつを無血開城させたのだ。


こうして、北の大国はわずか数分で、レギュラント王国の属領「涼風の地」となった。



【ローレンツ領・その夜】


「パパ! お土産!」


ベイラが嬉しそうに帰還し、ライルに『ガレリア帝国・献上目録』を手渡した。


「えっ……ベイラ、これって……」


「北の国よ。パパ、夏は涼しい別荘が欲しいって言ってたでしょ?

皇帝のおじさんが『喜んで管理します』って言ってたわ」


「皇帝のおじさんが……?(あの大国がか!?)」


ライルは冷や汗をかきつつも、娘の頭を撫でた。

「あ、ありがとう……。でも、無理しちゃダメだよ?」


「平気よ! だって私、パパの娘だもん!」


家族の団欒。幸せな夕食。

だが、その隅で、サクヤだけが違和感を覚えていた。


(……おかしいわ)


サクヤは、手元のティーカップを見つめた。

淹れたばかりの紅茶が、波紋一つ立てずに**「静止」している。

いや、違う。

カップの縁の空間が、わずかに「ズレて」**いる。

まるで、パズルのピースが強引にはめ込まれたかのように、世界の解像度がそこだけ粗い。


(ガレリア帝国は、本来ならあと数十年は繁栄するはずの国。

それをベイラが強制的に書き換えたことで……因果のエネルギーが行き場を失っている?)


サクヤは初めて、背筋に冷たいものを感じた。

ライルの「幸運」は、不都合な事実(戦争や悲劇)を消滅させる。

だが、消えたエネルギーはどこへ行く?

物理法則において、エネルギーは消滅しない。移動するだけだ。


「……ママ? どうしたの、顔色が悪いよ?」


ノア(3歳)が心配そうに覗き込んでくる。

その瞳の奥に、一瞬だけ**「深淵」**が見えた気がして、サクヤはハッとした。


「いえ……なんでもないわ。

さあ、デザートにしましょう」


サクヤは笑顔を作った。

だが、心臓の鼓動は早まるばかりだった。



【北の属領(旧ガレリア帝国)の異変】


一方、ベイラによって「平和な避暑地」となった北の国。

元・皇帝ゼギウスは、兵士たちと共に雪像を作っていた。


「へへ……楽しいな、雪遊び」

「戦争なんてくだらねえや。ベイラ様バンザイ」


兵士たちは洗脳されたかのように幸福そうだった。

だが、夜の見回りをしていた兵士の一人が、妙なことに気づいた。


「……おい。あそこの景色、おかしくないか?」


「ん? なんだ?」


彼らが指差したのは、城壁の外れにある古い森。

そこだけ、色がなかった。

白黒写真のように、色彩が抜け落ちている。


「雪が積もってるだけだろ?」


「いや、違う。……音がしないんだ」


風の音も、虫の声も、雪を踏む音さえもしない。

兵士が恐る恐る、その「色のない領域」に石を投げ込んだ。


ヒュン。


石は地面に落ちる音を立てず、空中で溶けるように消滅した。


「……え?」


「おい、逃げろ! あれはヤバい!」


兵士たちが背を向けた瞬間。

「色のない領域」が、生き物のようにグニョリと広がり、逃げ遅れた兵士の足を飲み込んだ。


「ぎゃああああッ!? 足が! 俺の足が『無い』!!

痛くない! でも無いんだぁぁぁッ!!」


悲鳴すらも、虚無に吸い込まれて消えていく。

ベイラがもたらした「永遠の平和(静止)」の裏側で、世界が処理しきれなかった「歪み」が、物理的な穴となって開き始めていた。


だが、ライルの屋敷には、まだその報告は届かない。

幸福な食卓の裏で、世界の崩壊バグは、じわじわと、確実に進行していた。


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