第37話:十人の女神と、ライル公爵家の異常な日常
【時は流れ――レギュラント王国・ローレンツ邸】
魔界でのクーデター騒動から数年。
季節は巡り、ライル・フォン・ローレンツの屋敷は、世界で最も「人口密度(神気密度)」が高い場所となっていた。
五人の妻たちが次々と出産を終え、ついに十人の娘たちが全員揃ったのだ。
屋敷の広間は、まさに「神々の幼稚園」と化していた。
「あー! ニーケちゃん、また私のケーキ取ったでしょ!」
「早い者勝ちだよ、フレイヤ姉様! 勝負は食卓に着く前から始まってるんだ!」
ダイニングで喧嘩をしているのは、第二世代の二人だ。
次女・フレイヤ(6歳・フィリアの娘)
金髪に「愛と魔術」の瞳を持つ、魔法オタク。すでに王宮魔導師レベルの術式を組み上げる天才だが、運動音痴。
次女・ニーケ(6歳・ミアの娘)
背中に小さな翼を持つ「勝利の女神」。ジャンケンから徒競走まで、あらゆる勝負事で「負け」を知らない。
「二人とも、静かにして。……風が乱れるわ」
本を読みながらため息をつくのは、アナスタシアの次女。
次女・ファリナ(6歳・アナスタシアの娘)
「疾風の調律者」。常に心地よい風を纏っており、彼女が不機嫌になると屋敷の中が暴風域になるため、誰も逆らえない。
そして、その中心で我関せずと積み木遊びをしているのが、サクヤの次女。
次女・ノア(6歳・サクヤの娘)
「神々の女王」。一番年下だが、姉たちが喧嘩をしていても、彼女が「静粛に」と一言発するだけで、全員がビシッと整列する。隠れボスである。
◇
【第一世代 vs 第二世代 ~お姉ちゃんばっかりズルイ!~】
ある日の午後。
庭で「お姉ちゃん会議」が開かれていた。
「ねえ、聞いてよ」
フレイヤが頬を膨らませる。
「最近、お姉様たち(第一世代)ばっかり目立ってない?
ヘスティアー姉様は火山をもらうし、ユリィナちゃん(※ユリィナは第二世代だが早熟で活躍済み)は海を支配しちゃうし、ヘカッテ姉様は魔界を掃除しちゃうし……」
「そうだそうだ! あたしたちだってパパの役に立ちたい!」
ニーケが拳を突き上げる。
そう。
第一世代のベイラ、リーフェ、ヘスティアー、ヘカッテ、アフロディテは、すでに各国の事件を解決(物理)し、パパから褒められている。
しかし、生まれたばかりだった第二世代は、まだ大きな功績がないのだ。
「……でも、外に行くとパパが心配する」
ファリナが冷静に突っ込む。
「だから! 家の中でパパを助けるの!」
フレイヤが杖を掲げた。
「名付けて、**『パパの疲れを癒してあげよう大作戦』**よ!」
「「「おおー!」」」
◇
【作戦開始 ~魔法の女神のクッキング~】
ライルはその頃、執務室で書類の山と格闘していた。
領土が拡大しすぎたせいで、公務が激増しているのだ。
「……ふぅ。肩が凝ったな」
そこへ、ドアがガチャリと開いた。
「パパ! お仕事お疲れ様!」
「あたしたちが、お茶とお菓子を作ってきてあげたよ!」
入ってきたのは、エプロン姿のフレイヤとニーケだ。
「おお、ありがとう。嬉しいな」
ライルが顔を綻ばせる。
だが、フレイヤが差し出した「特製ハーブティー」は、怪しい虹色に発光していた。
「……フレイヤ? これは何かな?」
「えっとね、『パパが元気になりますように』って魔法を込めたの!
**《疲労回復・極》と《魅了》と《身体強化》**を、限界まで濃縮還元してみたわ!」
「……(毒薬の一歩手前では?)」
ライルは冷や汗をかいたが、娘の期待に満ちた目には勝てない。
覚悟を決めて、一口飲んだ。
ドクンッ!!!
「……ッ!?」
全身の細胞が沸騰した。
疲れが取れるどころか、魔力が暴走し、背後から黄金のオーラが噴き出す。
「わあ! パパが光った!」
「すっげー! これなら徹夜で書類仕事できるね!」
「ち、違う! そうじゃないんだニーケ!」
◇
【追い打ち ~勝利の女神のマッサージ~】
「次はあたしの番! パパ、肩凝ってるんでしょ?」
ニーケがライルの背中に回る。
「あたしのマッサージはすごいよ!
ツボというツボを『制圧』して、凝りに『完全勝利』するんだ!」
「い、嫌な予感が……」
「いくよー! 《必勝・指圧拳》!!」
ドスッ!! バキィィッ!!
「ぐはぁっ!!」
ライルが机にめり込んだ。
ニーケの指圧は、岩をも砕く威力だ。
凝りは確かに粉砕されたが、肩甲骨も危うかった。
「どう? 楽になった?」
「……う、うん。意識が飛びそうなくらい楽になったよ(気絶寸前)」
◇
【とどめ ~風と女王の癒やし~】
「……騒がしいわね」
そこへ、ファリナとノアが入ってきた。
「パパが暑そう。……涼しくしてあげる」
ファリナが扇子を振る。
ゴォォォォッ!!
執務室に局所的なハリケーンが発生し、書類が全て吹き飛ぶ。
「ああっ! 今月の決算書が!」
「隣国からの誓約書が空へ!」
カオス極まる執務室。
ライルが「もう駄目だ」と天を仰いだその時。
トテ、トテ、トテ。
一番小さなノア(6歳)が、ライルの膝によじ登ってきた。
そして、小さな手でライルの頬をペチペチと叩き、一言。
「……パパ。よしよし」
フワァァァ……。
その瞬間、暴走していた魔力も、肩の痛みも、吹き荒れる風も、すべてが嘘のように静まり返った。
神々の女王の権能――《絶対安寧》。
強制的に「平和な状態」へと事象を固定する、最強の癒やしだ。
「……ノアちゃん……!」
ライルは涙を流して末娘を抱きしめた。
「やっぱり、家が一番だなぁ……(白目)」
◇
【結論:日常こそが戦場】
その夜。
騒ぎを聞きつけた妻たち(フィリア、ミア、アナスタシア、サクヤ、セレナ)がやってきて、娘たちを回収していった。
「もう、フレイヤ。パパを実験台にしてはダメよ」
「ニーケ、力加減を覚えなさい」
説教される娘たちを見ながら、ライルは幸せな溜息をついた。
外では英雄、家では娘たちのオモチャ。
だが、この騒がしい日常こそが、ライルが守りたかったものだ。
しかし、ライルはまだ知らない。
この平和な「神々の箱庭」の外側で、世界が静かに、しかし確実に歪み始めていることを。
娘たちの力が強すぎるあまり、世界の「因果律」が悲鳴を上げ、遠く離れた地で**「ライルの幸運の副作用」**が発生し始めていることに。
次回、ついに物語はシリアスな局面へ。
「パパが幸せになると、どこかで誰かが不幸になる?」
その残酷な真実に、妻たちが気づき始める。




