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神への階と十五柱の花嫁  作者: 輝夜月愛


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第35話:深海の条約と、エルフ母様の「しつけ」

【レギュラント王城・謁見の間(再)】


「……石版だ」


国王アルセイド三世は、机の上に置かれた湿った岩を見つめていた。

そこには、深海魚の骨で刻まれた古代文字があった。


『深海都市アトランティアは、本日をもって地上との不可侵条約を破棄し、ユリィナ様の“生けいけす”となることを誓います』


「……生け簀?」


国王が震える声で読み上げる。

国家譲渡ですらない。食糧庫扱いである。


「説明しろ、ライル!

お前の娘は、海で一体何をしたんだ!?」


ライルは頭を抱えていた。

隣には、6歳になったセレナの次女、ユリィナが立っている。

透き通るような銀髪に、海の色を映した瞳。

彼女は、濡れたドレスの裾を絞りながら、無邪気に笑った。


「えへへ。だってパパ、最近お疲れでしょ?

だから、美味しいお魚を食べさせてあげようと思って、海に歌を歌ったの」



【回想:東の海・数時間前】


港町リュステリア。

加護を失い、魔海獣クラーケンや深海族サハギンロードの脅威に晒されていたこの海に、ユリィナは降り立った。


「海の神様はもういないのね。……かわいそう」


ユリィナが涙を一粒、海に落とす。

すると、その涙が波紋となって広がり、荒れ狂う嵐を一瞬で鎮めた。

そして、彼女は歌い出した。

それは、失われた海神の権能を再現する《鎮魂と支配の歌》。


ザバァァァッ!!


海が割れた。

海底から、巨大な神殿都市が浮上してくる。

深海族の王(全長10メートルの半魚人)が、震えながら現れた。


「ギョギョ……! 誰だ、我らの眠りを妨げるのは!」


「こんにちは、お魚さん」


ユリィナはニッコリ笑った。


「パパがね、大トロ……っていうのが好きなんだって。

あなたたち、持ってる?」


「な、舐めるな人間! 我らは誇り高き深海の……」


「……持ってないの?」


ユリィナが首をかしげると、背後の海面が盛り上がり、高さ500メートルの津波が生成された。

「持ってないなら、探しに行ってもいいかな? ……海の底まで」


「ぎゃあああ! あります! 探します!

だから海をひっくり返すのはやめてくださいぃぃッ!」


こうして、深海族は「パパの食材調達係」として服従を誓わされたのである。



【現在:王城・謁見の間】


「……というわけで、お魚さんがお友達になってくれたの!」


ユリィナの報告に、国王は白目を剥いた。

武力制圧ではない。環境支配による恫喝だ。


「ラ、ライル……。どうするんだこれ。

深海族といえば、地上侵略を狙う厄介な種族だぞ?

それが『食材係』になったと言われても、国際問題が……」


その時だった。


「――お話は聞きましたわ、ユリィナ」


凜とした、しかし絶対零度より冷たい声が響いた。

謁見の間の扉が開き、第二夫人・セレナが静かに入ってきた。


かつてのエルフの姫。今は《精霊姫の艶衣》を纏う、森と風の支配者。

彼女は優雅な足取りでユリィナの前に立つと、ゆっくりと扇子を閉じた。


「お、お母様……?」


ユリィナがビクリと肩を震わせる。

最強の娘たちも、母親には頭が上がらないのだ。


「ユリィナ。……パパのためにお魚を獲ってきた。その気持ちは立派です」


「ほ、本当?」


「ええ。ですが……やり方が美しくありません」


セレナは、机の上の石版を扇子で指した。


「『生け簀』にするなど、品がありませんわ。

相手にも生活があります。一方的な搾取は、統治者として三流のすることです」


「ご、ごめんなさい……」


ユリィナがシュンとする。

ライルと国王は「おお、さすが母親! まともな教育だ!」と安堵した。


だが、セレナはそこで終わらなかった。

彼女は優雅に微笑み、深海族の使者(水槽に入ったタコ)に向き直った。


「……というわけで、深海の王よ。

この石版の条約は破棄します」


「お、おお! さすがエルフの姫君! 話が分かる!」

タコが喜んだのも束の間。


セレナは懐から、分厚い羊皮紙の束を取り出した。


「代わりに、こちらの**『通商・安全保障および恒久的隷属に関する条約(改訂版)』**にサインをなさい」


「……はい?」


「内容は簡単ですわ。

深海族はレギュラント王国の『自治領』として認めます。

その代わり、海産物の流通管理、海上警備、そしてパパ……いえ、夫ライルへの『最優先献上権』を義務付けます。

もちろん、税率は森の民と同じく『所得の30%』です」


「さ、30%!? そ、それは高い! 我らには我らの主権が……!」


タコが抗議しようとした瞬間。


ヒュンッ!!


セレナが放った「不可視の矢」が、水槽のガラスをミリ単位で削り取った。

水が漏れ出す。


「……あら、手が滑りましたわ。

次は、あなたの眉間(あるのか?)に滑ってしまうかもしれません」


セレナの背後に、巨大な風の精霊王(激怒モード)の幻影が浮かぶ。

その笑顔は、慈愛に満ちているようで、深淵より深かった。


「……ユリィナは優しすぎましたのよ?

生け簀なら餌をもらえますが……『納税者』になれば、働かなくてはなりません。

さあ、どちらがいいですか?

今ここで干物になるのと、パパのために働くのと」


「は、働きますぅぅぅッ!! サインしますぅぅッ!!」


タコは墨を吐いてサインした。



【解決?】


セレナは満足げに羊皮紙を巻き取ると、ユリィナの頭を優しく撫でた。


「わかりましたか、ユリィナ。

力でねじ伏せるだけではダメなのです。

相手を生かさず殺さず、末永くパパのために貢献させる……それが『賢い妻』の在り方ですよ」


「うん! わかったお母様!

次はもっと上手に搾り取るね!」


「良い子です」


二人は花が咲くような笑顔で見つめ合った。

ライルと国王は、抱き合って震えていた。


「……ラ、ライルよ」

「……はい」

「お前の嫁さん……娘より怖くないか?」

「……知ってました」


こうして、東の海は正式にレギュラント王国の「経済水域」となった。

武力ではなく、エルフの母による「超・不平等条約」によって。


一件落着……と思われたその時。

空から、黒い鳥が舞い降りてきた。

魔族の国からの使い魔だ。


「……ご報告します。

第四夫人アナスタシア様の故郷……魔界にて、クーデターが発生。

現魔王が幽閉され、強硬派が『地上侵攻』を企てているとのこと……」


「……なんですって?」


今度は、アナスタシア(魔族の姫)の目が怪しく光った。


「パパの国を狙うですって?

……ふふ。いい度胸ですわね。

次は、私が『教育』に行かなくてはなりませんね」


ライル家の「世界平和(という名の制圧)」活動は、陸、海に続き、いよいよ異界へと飛び火しようとしていた。


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