第34話:国王の胃痛と、謁見の間の怪獣たち
【レギュラント王城・玉座の間】
「……嘘だろ?」
国王アルセイド三世は、震える手で羊皮紙を持っていた。
宰相が持ち込んだそれは、隣国フォルデアからの公式な親書。
そこには、国王の署名入りでこう書かれていた。
『我が国フォルデアは、本日をもってローレンツ公爵家の“お庭(私有地)”となることを宣言する。
すべては、偉大なる幼女ヘスティアー様のために』
「……お庭?」
国王の声が裏返った。
隣国が滅んだのではない。一人の幼女に「譲渡」されたのだ。
しかも、その幼女は自分の国の貴族の娘だ。
「これでは、ライルが余より広い領土を持つことになるぞ!?
いや、それ以前に『庭』ってなんだ! 国だぞ!?」
「へ、陛下! 落ち着いてください!
ライル公爵が到着されました! 娘御たちも一緒です!」
「通せ! ……いや、胃薬を持ってこい! 大量にだ!」
◇
【謁見の間・怪獣来襲】
重厚な扉が開くと、ライルが青ざめた顔で入ってきた。
その後ろには、きらびやかなドレス(と強烈な神気)を纏った五人の娘たちが続いている。
「へ、陛下……。この度は、うちの娘が……その……」
ライルが冷や汗を拭いながら跪く。
だが、主役の娘たちは跪くどころか、興味津々で玉座の間を見渡していた。
「わあー! ここが王様のおうち?」
火の**ヘスティアー(8歳)**が、赤いドレスを揺らして走り出す。
「……趣味が悪いですわ。金ピカすぎて目が痛い」
氷の**ベイラ(8歳)**が、国王の冠を見て辛辣な批評をする。
「空気が悪いね。……森にしちゃおうか?」
森の**リーフェ(8歳)**が、床の大理石をコンコンと叩く。
「……天井、高いね。落とそうかな」
闇の**ヘカッテ(8歳)**が、ボソリと呟く。
そして、一番幼い女神の娘・**アフロディテ(7歳)**は、護衛の近衛騎士たちの前でニコニコしていた。
「お兄ちゃんたち、遊んでくれる?」
その笑顔を見た騎士たちが、全員鼻血を出して倒れた。「ぐはっ……尊い……!」
「ひぃぃぃッ! 近衛兵が全滅したぁぁッ!?」
宰相が悲鳴を上げる。
国王は頭を抱えた。
「ラ、ライルよ……。娘たちを……制御できんのか?」
「無理です陛下。今朝も『お遊戯』で山を一つ更地にされました」
◇
【議題:隣国どうすんの?】
気を取り直して、本題に入る。
国王は咳払いをして、フォルデアからの譲渡書を掲げた。
「ライル。単刀直入に聞くが……お前、王になる気はあるか?」
「ありません! 絶対に嫌です!」
ライルが食い気味に否定する。
「しかしだね! お前が隣国のオーナーになってしまった以上、形式上、お前は余と同格……いや、実質的な国力では上になってしまうんだよ!」
「そこをなんとか! 『預かり地』とかにして、陛下が管理してくださいよ!」
「嫌だよ! あんな『溶岩の国』、維持費だけで国庫が破綻するわ!」
大人が醜い押し付け合いをしている横で、娘たちが飽き始めていた。
「ねえパパ、まだー?」
ヘスティアーがライルの袖を引っ張る。
「退屈だわ。……ねえ、あの椅子(玉座)、座り心地よさそう」
ベイラが玉座を指差す。
国王がギクリとする。
「こ、こら! あれは王様の椅子だぞ!」
「ふーん。……じゃあ、もっといい椅子を作ってあげる」
ベイラが指を鳴らした。
パキキキキキッ!!
玉座の間の空気が凍りつき、国王の尻の下に、突如として巨大な「氷の玉座」が出現した。
「ひゃぁぁぁっ! 冷たぁぁぁい!!」
国王が飛び上がる。
「夏仕様ですわ。感謝なさい」
「感謝できるか! 痔になるわ!」
すると今度は、リーフェが動いた。
「じゃあ、お花畑にしてあげる!」
ドゴォォォン!!
床の大理石を突き破り、極彩色の巨大食虫植物(ラフレシア的なもの)が生い茂る。
「く、臭い! 謁見の間がジャングルに!」
「うるさいなー。燃やせばいいんでしょ?」
ヘスティアーが白炎を吹く。
「ぎゃあああ! 城が燃えるぅぅッ!」
「……重力遮断」
ヘカッテが呟くと、燃え盛る家具や悲鳴を上げる大臣たちが、無重力で宙に浮いた。
カオスである。地獄絵図である。
◇
【結論:国家ぐるみの隠蔽(解決策なし)】
「た、助けてくれぇぇぇッ!!」
宙に浮きながら、国王が泣き叫ぶ。
ライルは溜息をつき、娘たちを一喝した。
「いい加減にしなさい!
パパは今、大事なお話をしてるんだ!
お城を壊したら、おやつ抜きだぞ!!」
『おやつ抜き』という最強の呪文。
娘たちはピタリと止まった。
「……ちぇー」
「……わかったわよ」
魔法が解除され、大臣たちがドサドサと落ちてくる。
国王はボロボロの姿で、氷の玉座(溶けかけ)にへたり込んだ。
「……ぜぇ、ぜぇ……。
わかった、ライル。もういい……」
国王は悟りの境地に達した目で言った。
「フォルデア国は、形式上『レギュラント王国の属領』とする。
だが、実質的な統治権は……君の娘、ヘスティアーに与える」
「えっ、でも……」
「いいんだ! 誰も文句は言わん!
ていうか、言えるかあんなバケモノ(失礼)に!!」
国王は涙目で叫んだ。
「その代わり! これ以上領土を増やすなよ!?
絶対にだぞ!?
これ以上、余の胃をいじめるな!」
「は、はい! 肝に銘じます!」
ライルは深々と頭を下げた。
だが、その背後で――。
執事が入室してきた。
顔面蒼白である。
「へ、陛下……。ご報告が……」
「なんだ! 今、取り込み中だぞ!」
「はっ……。たった今、東の港町より早馬が……。
ライル様の次女・ユリィナ様が、海を割って『海底都市』を発見し……」
「……発見し?」
「その……深海族の王から、**『国家譲渡の誓約書(石版)』**を預かってきた、と……」
シーン……。
謁見の間に、重苦しい沈黙が流れた。
国王が、ゆっくりとライルを見た。
ライルは、視線を逸らした。
「……ライルくん?」
「ち、違います陛下! 僕は何も知りません!」
「約束したよなぁぁぁッ!?
今度は海か!? お前んちは陸海空制覇する気かぁぁぁッ!!」
国王の絶叫が城内に木霊する。
こうして、レギュラント王国は、国王の胃壁と引き換えに、なし崩し的に「世界帝国」への道を歩み始めたのである。
次回、東の海で**「パパにお魚をあげたかっただけなのに」**編。
セレナの次女・ユリィナ(6歳)による、無邪気な海洋征服が幕を開ける。




