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神への階と十五柱の花嫁  作者: 輝夜月愛


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第31話:連鎖する奇跡、あるいは神界の完全敗北

【ローレンツ領・訓練場】


元・聖光教会のシスターたちがメイドとして働き始め、屋敷の運営が軌道に乗り始めたある日。

ライルは、第三夫人である獣人の姫・ミアと、日課の手合わせを行っていた。


「はぁっ! 行くよライル!」


「おっと!」


ミアの振るう木剣は鋭い。白炎の舞姫に進化した彼女の動きは、獣の直感と神速の反射神経を併せ持っている。

だが、今日の彼女はいつもと違った。

気迫が凄まじいのだ。


「……せいっ!!」


ガキィィン!!


「ぐっ……!?」


ライルが受け止めた剣が、あり得ない重さで押し込まれる。

力負けなどしたことがないライルが、たたらを踏んだ。

その隙を見逃さず、ミアが足払いをかけ、ライルを地面に転がした。


「――取ったぁぁぁッ!!」


ミアが勝ち誇ったように拳を突き上げる。

その背後には、幻影の翼――勝利の女神のシンボルが輝いていた。


「……強いな、ミア。今日は一段とキレがある」


「へへっ、でしょ?

なんかさ、朝から『負ける気がしない』んだよね。

……それになにより」


ミアはライルの上に跨り、ニカっと笑って自分のお腹を指差した。


「この子が応援してくれてるみたいなんだ」


「え?」


「できたみたいだよ、二人目。

……名前はもう決めてる。ニーケ。“勝利の女神”さ!」


その瞬間、訓練場にファンファーレのような風が吹き抜け、見ていたシスター(メイド)たちが思わず拍手喝采を送ってしまった。



【天上界・第五セクター【勝利の座】】


ガシャァァァァン!!


神界にある巨大なトロフィー(勝利の概念装置)が、粉々に砕け散った。


「ぎゃあああああッ!!」

「ほ、報告ゥゥッ! 第五セクター沈黙!

勝利の女神ニーケ様、ロストしましたぁぁッ!!」


議長の天空神ゼウス(仮称)は、チェス盤の前で頭を抱えていた。


「ま、待て! ニーケがいなくなったら、勝負事の判定はどうなる!?

私のチェスの勝ち負けは!?」


「判定不能です! 概念が消滅しました!」


「そんな……。これから神々のポーカー大会があるのに……!」


神界から「勝利」という概念が消えた。

その結果、神々の間で「じゃんけん」をしても、永遠に「あいこ」が続くという地獄のような現象が発生し始めた。

勝者なき世界。それは、ただの泥仕合である。


「おのれライルゥゥッ! 私から勝ち越しの喜びまで奪うかぁぁッ!!」



【ローレンツ領・夜のテラス】


勝利の女神騒動冷めやらぬその夜。

ライルは、第四夫人である魔族の姫・アナスタシアと、涼しい夜風に当たっていた。


「……静かですね、ライル様」


「ああ。昼間は娘たちが騒がしいからね」


アナスタシアは《宵闇の愛玩人形》のドレスを夜風になびかせ、星空を見上げていた。

魔族である彼女は、本来「闇」や「重力」の属性を持つ。

だが、今夜の彼女の周りには、不思議と心地よい「風」が渦巻いていた。


「……不思議ですわ。

私の中の闇が、風に洗われていくようです」


アナスタシアがそっとライルの胸に寄り添う。

その時、突風が吹いた。

屋敷の窓ガラスがガタガタと鳴り、庭の木々がざわめく。

だが、それは暴風ではなく、まるで世界中の風が彼女を祝福しに集まってきたかのような、意思のある風だった。


「……ライル様。

この風が、教えてくれました」


アナスタシアは自身の腹部に手を当て、慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。


「私にも、二人目の宝物が宿りました。

……魔族の私から、こんなに清らかな風の子が生まれるなんて」


「風の子……?」


「はい。名前は、ファリナ。

“疾風の調律者”。……きっと、世界に新しい風を吹かせる子になりますわ」


ヒュオオオオオッ……!!


その言葉と同時に、上空の雲が一瞬で吹き飛び、満天の星空が現れた。



【天上界・第四セクター【疾風の座】】


プスン……。


神界の空調システム(全天候管理装置)が、完全に停止した。


「あ、暑い……! 風が止まったぞ!?」

「空気が澱んでいる……! 息苦しい!」


神々が首元を緩めて喘ぎ始める。


「ほ、報告します……(酸欠気味)。

第四セクター【風の座】、反応消失……。

風の女神エリュゼ様(通称ファリナ)、転生されました……」


「ま、またかぁぁぁッ!!」


ゼウスは玉座でぐったりとしていた。

魔法が消え、光が消え、水が消え、勝利が消え、そして今、風まで消えた。

神界はもはや、ライフラインが寸断された廃墟同然だ。


「……なぁ、部下よ」


「は、はい」


「残っている女神は、あと誰だ?」


部下の神官が、震える手でリストを確認する。


「……残るは、第一セクター【天后の座】。

すなわち、貴方様の奥方であらせられる、**神々の女王ヘラ様(仮称・ノア)**のみです」


ゼウスの顔色から、神ごときの血の気が引いた。


「つま……り……。

サクヤ(異界の女神)が二人目を妊娠したら、私の妻も地上へ行くということか?」


「……計算上は、そうなります」


「嫌だぁぁぁッ! 独り身は嫌だぁぁぁッ!!」


ゼウスの絶叫は、風のない神界に虚しく響いた。

勝利の女神もいないため、この運命に「勝つ」こともできない。完全なる詰みである。



【地上・屋敷の庭】


翌朝。

庭では、元・枢機卿ガニスが、止まった風のせいで汗だくになりながら草むしりをしていた。


「……ふぅ。今日は暑いな。風がない」


「ガニスさん、お水です」


元・シスターのマリアが、井戸水(ユリィナの影響で少ししょっぱい)を持ってくる。


「おお、すまないマリア。

……しかし、最近はおめでたい話続きだな。

ミア様のところと、アナスタシア様のところにも二人目ができたとか」


「はい。屋敷はてんてこ舞いですけど、皆様お幸せそうで」


マリアが微笑むと、ガニスは空を見上げた。


「……かつて我々は、天空の神に祈っていた。

だが、神々は何もしてくれなかった。

……今、こうして庭の草をむしり、赤ん坊のオムツを替えている方が、よほど世界のためになっている気がするよ」


「ふふ、そうですね。

あ、ヘスティアー様! そっちの草は燃やさないでー!」


マリアが駆けていく。

ガニスは鍬を握り直した。


「さあ、働くか。

……神界がどうなろうと、ここの芝生だけは守り抜くぞ!」


地上は平和だ。

神がいなくても、ライルと家族たちが笑っていれば、世界は回る。

……ただし、あと一柱。

「神々の女王」が転生する時、神界は本当の意味で「崩壊(閉店)」を迎えることになる。


その時は、もうすぐそこまで迫っていた。


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