第31話:五人の魔王(1歳児)と、神界の終焉(ラスト・ダンス)
【ローレンツ領・屋敷の庭(元・戦場)】
その日、元・枢機卿ガニスは、庭の隅で震えながら雑草を抜いていた。
彼の背後では、世界を滅ぼしかねない「お遊び」が繰り広げられていたからだ。
「いくよー! 灼熱のブレスだぞー!」
先陣を切るのは、獣人の娘・ヘスティアー(1歳)。
琥珀色の瞳を輝かせ、口から白い炎(神炎)を放射しながら走り回る。
「暑苦しいですわ、お姉様。……《絶対零度》」
それを冷ややかな目で見つめるのは、人族の娘・ベイラ(1歳)。
金髪をなびかせ、指先一つで炎を凍結させる。ついでにガニスの麦わら帽子も凍った。
「喧嘩はだめだよー。みんな、森においでー」
エルフの娘・**リーフェ(1歳)**が地面を叩くと、庭の植木がメキメキと巨大化し、ジャングルのような迷路を作り出す。
「……ふふ。迷路なら、重くして出られなくしてあげる」
魔族の娘・ヘカッテ(1歳)。
黒のゴスロリドレスを着た彼女が、愛らしい手で「ぺしゃん」とジェスチャーをすると、ジャングル全体に重力魔法がかかり、地面が沈下した。
そして、その中心で――。
「きゃはは! すごいすごい! もっとやってー!」
女神サクヤの娘・**アフロディテ(半年)**が、無邪気に手を叩いていた。
彼女はまだ魔法を使わない。だが、彼女が「楽しい」と感じるだけで、周囲の確率が変動し、炎が花火に、氷が宝石に、重力がトランポリンのように変化してしまう。
無自覚な「現実改変」の能力者だ。
「……こ、これが英雄様の娘たちか……」
「猊下、逃げましょう。巻き込まれたら塵になります」
ガニスと部下たちは、匍匐前進で避難した。
◇
【ダイニング・夕食の席】
その夜。
嵐のような一日が終わり、ライルと五人の妻、そして五人の娘たちが食卓を囲んでいた。
他の妻たちはすでに第二子を妊娠中で、お腹も目立ち始めている。
「みんな、明日はもう少し静かに遊ぶんだぞ?」
ライルが注意するが、娘たちは「はーい!」と元気よく返事をするだけで、全く反省の色がない。
そこへ、サクヤが静かに口を開いた。
「……主さま。そして皆様」
その声のトーンに、全員の手が止まった。
サクヤは、どこか悪戯っぽく、けれど慈愛に満ちた瞳で自身のお腹を撫でた。
「お待たせいたしました。
……最後の一人が、やってきたようです」
「えっ……サクヤ、まさか!」
ライルが立ち上がる。
他の妻たちも、そして娘たちも息を呑んだ。
「はい。二人目を授かりました。
……この子は、少し特別です。神界の『頂点』にあった魂が、降りてきたようですから」
その瞬間、屋敷のシャンデリアが激しく明滅し、窓の外にオーロラが出現した。
「名前は、ノア。
古語で“安らぎ”、そして神話においては“神々の女王”を意味する名です」
◇
【天上界・第一セクター【天后の座】】
ブツンッ……。
神界の最奥部。
もっとも豪華で、もっとも権威ある「女王の間」の照明が落ちた。
「……あ」
議長の天空神ゼウス(仮称)は、玉座に座ったまま、隣にあった「妻の玉座」を見つめた。
そこにはもう、誰もいない。
神々しい光も、威厳ある気配も、すべて消え失せていた。
「……ヘラ(天后)?」
返事はない。
あるのは、空っぽになった座布団だけ。
「……嘘だろ?
魔法も、光も、水も、風も、勝利も……部下が全員いなくなって。
最後に……妻までいなくなるのか?」
ゼウスの声が震える。
「……誰か! 誰かいないか!」
シーン……。
「おい! お茶! お茶を持ってこい!」
シーン……。
誰もいない。
神官も、下級神も、主要な女神たちも。
みんな、地上のライル・フォン・ローレンツの屋敷へ「転生」するか、「就職」してしまったのだ。
「……私一人か。この広い神殿に」
ゼウスは、膝を抱えた。
世界を統べる全知全能の神。
その実態は今、世界で一番孤独な独身男性だった。
「……う、ううっ……。
ライルぅぅぅッ! 貴様ぁぁぁッ!!
私の家庭を! 私の職場を! 返せぇぇぇッ!!」
神界に、おっさんの泣き声だけが虚しく木霊した。
◇
【地上・教会の再就職組】
翌朝。
ローレンツ領の屋敷にて。
「おはようございます、ガニスさん」
「おう、おはようマリア」
元・枢機卿と元・シスターは、清々しい顔で挨拶を交わした。
彼らは感じていた。
今朝、空気が変わったことを。
空から降り注ぐ「神気」が完全に消滅し、代わりにこの屋敷から世界中へ向けて、新たな「祝福の波動」が発信されているのを。
「……どうやら、あちら(神界)は『閉店』されたようだな」
ガニスが空を見上げて呟く。
「ええ。これからは、ここが世界の中心(神界)です」
マリアが屋敷を仰ぎ見る。
そこには、大きなお腹を抱えたサクヤと、彼女を支えるライル。
そして、庭を駆け回る五人の女神(娘)たちの姿があった。
「さあ、働くぞ!
新しい神々のお世話だ! ミルクの温度は適温か!? おむつの在庫は足りているか!?」
「「「イエッサー!!」」」
神界は崩壊した。
しかし、地上にはかつてないほど強力で、騒がしくて、温かい「新しい神話」が誕生していた。
ライル・フォン・ローレンツ。
不運だった少年は、ついに神界そのものを飲み込み、世界最強の大家族の長となったのである。




