第30話:干上がる神界と、シスターたちの涙の就職活動
【ローレンツ領・昼下がりのティータイム】
穏やかな午後。
庭では、元・枢機卿ガニス率いる「造園部隊」が、必死の形相で雑草と格闘していた。
その横で、エルフの第二夫人・セレナが、ふと紅茶の手を止めた。
「……あら?」
「どうしたの、セレナ?」
ライルが尋ねると、セレナは不思議そうにお腹をさすった。
「……二人目を、授かりましたの。
でも、不思議ですわ。森の精霊ではなく……遠くの『海』が呼んでいるような気がします」
「海?」
セレナはエルフ(森の民)だ。本来なら森の精霊が祝福するはずだが、彼女の周囲には潮騒のような音が響き、ティーカップの水が勝手に踊りだした。
「……名前は、もう浮かんでいます。
ユリィナ。“海の加護”を受けし子」
その瞬間、屋敷の池から巨大な水柱が上がり、キラキラと輝く虹がかかった。
◇
【天上界・第三セクター【海洋の座】】
ズゴゴゴゴゴ……ッ!!
神界にある巨大なプール(海洋管理エリア)の水位が、猛烈な勢いで下がり始めた。
「ほ、報告ゥゥッ!!
水位低下! 水位低下!
水の女神ルシェラ様が……排水溝に吸い込まれるように消えていきますぅぅッ!!」
「な、なんだとぉぉぉ!?」
議長の天空神ゼウス(仮称)が、浮き輪を抱えて絶叫した。
「ま、待て! ルシェラは私の『避暑地担当』だぞ!
彼女がいなくなったら、地上の海はどうなる!?
潮の満ち引きは!? 海鮮丼の具材は!?」
「知りませんよぉぉ!
あ、あああ……ルシェラ様の手が! 足が!
……完全に排水(転生)されました!!」
ジュボッ!!
最後の一滴まで絞り取られるように、水の女神が消滅した。
神界のライフライン、「魔法」、「光」に続き、今度は「水」が止まったのだ。
「水がない……。
風呂に入れないじゃないか……」
神々は干上がったプールで膝を抱えた。
ライルの家族計画は、神々のQOL(生活の質)を著しく低下させていた。
◇
【地上・聖光教会本部(廃墟)】
一方、地上。
枢機卿たちが「草むしり」に出奔した後、教会に残されたのは、下っ端の神官と、生活を支えていたシスター(修道女)たちだった。
礼拝堂には、寒風が吹き荒れている。
「……シスター・マリア。今日の献金は?」
「ゼロです。……信者さんたちは皆、『神頼みよりライル頼み』と言って、ローレンツ領へ巡礼に行ってしまいました」
シスター長のマリア(20代後半・苦労人)は、空っぽの金庫を見て溜息をついた。
神聖力が消え、奇跡が起きなくなった教会に、寄付をする者はいない。
「ガスも止まりました。パンもありません。
……私たち、どうしましょう?」
若いシスターたちが涙目で訴える。
彼女たちは、祈ることと清掃することしか教わっていない。
一般社会で通用するスキルといえば、「懺悔を聞くこと」くらいだ。
だが、今の世の中、懺悔したい奴より金を借りたい奴の方が多い。
「……決断しましょう」
マリアは立ち上がった。
その手には、枢機卿ガニスが書き残した『置手紙(行き先:ローレンツ領)』が握りしめられている。
「私たちも行きます。
プライドで腹は膨れません。
……神に仕えるのが無理なら、**『神(転生した赤子)の世話』**をするまでです!」
「「「ついていきます、お姉様!!」」」
こうして、数百人のシスターたちが、純白のヴェールをなびかせて大移動を開始した。
それは「聖歌隊」の行進ではない。
「職安への行軍」だった。
◇
【ローレンツ領・屋敷前】
数日後。
ライルの屋敷の前に、数百人のシスター集団が現れた。
その光景は圧巻だが、彼女たちの目は「飢えた狼」のように鋭い。
「ごめんください! こちらで求人はありませんか!?」
「掃除、洗濯、おむつ交換、なんでもやります!」
「給料は現物支給(野菜)で構いません!」
門番をしていた元・枢機卿ガニスが、泥だらけの顔で振り返る。
「む、その声は……シスター・マリアか!?」
「……あ」
マリアは絶句した。
かつて雲の上の存在だった最高指導者ガニス猊下が、泥にまみれ、腰にタオルをぶら下げ、一心不乱に雑草を抜いている。
「げ、猊下……。そのようなお姿に……」
「見るな! 見るなマリア!
私は今、ただの『庭師A』だ!」
ガニスは顔を覆った。
かつての威厳は、肥料と共に土に還ったのだ。
そこへ、屋敷からライルとサクヤが出てきた。
「おや? 今日はシスターさんの団体客かい?」
「いえ、違いますライル様!」
マリアが一歩前に出た。
彼女は必死だった。後ろにいる数百人の妹たちを食べさせなければならないのだ。
「私たちは……職を探しに来ました!
貴方様の屋敷には、多くの奥様と、たくさんのお子様がいらっしゃると聞きました。
……手が、足りていないのではありませんか?」
図星だった。
ライルの屋敷は現在、10人の子供(うち5人は魔の3歳児)が暴れまわる無法地帯。
専属メイドだけでは手が回らず、サクヤや他の妻たちも育児に追われていたのだ。
ライルはサクヤを見た。
「どう思う? サクヤ」
サクヤは、シスターたちをじっと観察した。
清貧を誓い、規律正しく、忍耐強い。そして何より、神への信仰心があるため、子供たちの「理不尽な奇跡」にも耐性がありそうだ。
「……採用ですね。即戦力です」
サクヤが微笑むと、マリアたちはその場に崩れ落ちて号泣した。
「あ、ありがとうございますぅぅぅッ!!」
「ご飯が食べられるぅぅ!」
◇
【最強のメイド部隊、爆誕】
翌日から、屋敷の風景は一変した。
純白の修道服を「メイド服」に着替えたシスターたちが、屋敷中を駆け回る。
「こらヘスティアー様! 廊下で火を吹かないでください!」
「ベイラ様、お風呂を凍らせないで!」
「リーフェ様、洗濯物を木にしないで!」
彼女たちの「忍耐力」と「集団統率力」は凄まじかった。
元・枢機卿たちが庭を守り、元・シスターたちが屋敷を守る。
聖光教会は、形を変えて**「ローレンツ家・総合管理組合」**として完全復活を遂げたのだ。
「……ふぅ。これで少しは楽になるかな」
ライルが安堵の息をついた、その時。
庭の方から、ガニスの悲鳴が聞こえた。
「ぎゃあああ! 池の水が! 塩水になってるぅぅ!」
見ると、セレナのお腹の子の影響で、屋敷の池が完全な「海水」に変質し、なぜかマグロが跳ねていた。
「あら、新鮮なお魚」
セレナが嬉しそうに笑う。
「……夕飯は刺身だな」
ライルは悟った。
楽になることなどない。
彼の日常は、これからもカオスと奇跡の連続なのだと。




