第28話:魔の一歳児と、神界リストラ狂想曲
【ローレンツ領・最強の保育園(戦場)】
五人の花嫁との結婚から二年。
ライル・フォン・ローレンツの屋敷の庭は、今日も今日とて「神話級の戦場」と化していた。
「パパ! 見てみて! キャンプファイヤー!」
「こらヘスティアー! それは僕の愛馬の尻尾だ! 燃やすな!」
一歳になった獣人の娘・ヘスティアー(火)が、無邪気に小さな手から白炎を放ち、ライルが必死に消火活動に走る。
「……暑苦しいですわ。冷やしてさしあげます」
「待てベイラ! 馬ごと凍らせるのはやめてくれ!」
人族の娘・ベイラ(氷)が、優雅に指を振ると、庭の噴水が一瞬で氷像のオブジェに変わる。一歳にして魔力制御が天才的すぎる。
「あーあ、お花さんがかわいそう。……おいで、森の兵隊さん」
エルフの娘・リーフェ(森)が地面を叩くと、庭の植木がメキメキと巨大化し、自立歩行する樹木兵となって動き出した。
「……重くな~れ」
魔族の娘・ヘカッテ(闇)が、空中に浮かんでいたボールを指差すと、ズドン! と隕石のような重さで地面にめり込んだ。
そして、生まれて半年になったばかりの女神の娘・アフロディテは、サクヤの腕の中でニコニコと笑いながら、指先一つで天気を「晴れ」から「雷雨」へ、そして「虹」へと高速で切り替えて遊んでいる。
「……ゼェ、ゼェ……」
ライルは芝生に大の字に寝転がった。
(普通、一歳児って『パパ、あーあー』くらいしか言えないはずだよな……? なんでうちの子たちは流暢に喋りながら戦略級魔法を撃ち合ってるんだ……神の血、恐るべし)
Sクラスダンジョンより疲れる。物理的に死ぬことはないが、精神と体力の消耗が激しい。
だが、駆け寄ってきた娘たちが「パパー! 遊ぼ!」と乗っかってくると、その重みすら愛おしくて頬が緩んでしまう。
「はいはい、お茶にしましょうね」
サクヤが涼しい顔でお茶を運んでくる。
最強の家族の、騒がしくも幸せな日常。
だが、その平穏を破る「新たな爆弾」が投下された。
◇
【夕食の席にて ~第一夫人からの報告~】
その夜のディナー。
第一夫人のフィリア(人族・元第三王女)が、少し頬を染めてフォークを置いた。
「……あの、ライル様。皆様。ご報告があります」
「どうしたの、フィリア? 料理が口に合わなかった?」
「いえ、違います。その……」
フィリアは愛おしそうにお腹に手を当てた。
「……二人目を、授かりましたの」
一瞬の静寂の後、食堂は歓声に包まれた。
「おめでとうフィリア!」
「まあ、ベイラにお姉ちゃんができるのね!」
「あたしも負けてられないね!」
ライルはフィリアの手を取り、喜びを分かち合った。
「ありがとう、フィリア。また家族が増えるね」
だが、その感動的な瞬間の裏で――
パリーン……ッ!!
遥か天空から、何かが決定的に「割れる」音が響いた。
◇
【天上界・緊急対策本部】
「ぎゃあああああああッ!!」
神界の中枢にある円卓会議場。
モニターを見ていた神の一人が、悲鳴を上げて椅子から転げ落ちた。
「ほ、報告! 報告ゥゥッ!
第二セクター【魔導の座】、反応消失!!
魔法の女神フレイヤ様の神気が、完全に地上へ吸い込まれましたぁぁッ!!」
「な、なんだとぉぉぉ!?」
議長の天空神ゼウス(仮称)が、飲みかけの神酒を吹き出した。
「ま、まさか……またあの『ローレンツ家』か!?」
「はい! 第一夫人フィリアの懐妊と同時に、フレイヤ様の魂が強制転送されました!
あの胎児……ただの王族ではありません!
神界の『魔法』の概念そのものを器として宿しています!!」
「バカな……!
前回のアルシェラ(黎明の女神)に続き、今度はフレイヤ(魔法の女神)まで!
神界の主力級が二人も消えたら、誰が魔法の管理をするんだ!?」
神々はパニックに陥った。
アルシェラの消失で「光・回復魔法」が弱体化したのに続き、フレイヤの消失で「攻撃・補助魔法」のシステムまでダウンしたのだ。
「議長! 大変です!
地上の魔法使いたちから『ファイアボールが出ない』『杖がただの棒になった』というクレーム(祈り)が殺到しています!」
「知るかぁぁぁッ! 私だって知りたいわ!
……ええい、あの男の『家族計画』を止めろ!
このままだと、妻が妊娠するたびに、我々の同僚が一人ずつ減っていくぞ!?」
「無理です! 手を出せば『幸運』による因果律カウンターで、我々が消滅します!」
「詰んだ……」
神々は悟った。
これは神話の終焉ではない。
「ライル家の繁栄」という名の、神界の人材吸収合併(M&A)なのだ。
◇
【地上・聖光教会 ~神官たちの就職活動~】
一方、地上。
聖光教会の総本山は、神界以上にお通夜ムードだった。
「……終わった」
枢機卿ガニスは、執務室の窓から外を眺めていた。
手には、高級なワインではなく、安酒の瓶が握られている。
「黎明の女神に続いて、魔法の女神まで沈黙した……。
もはや、教会にできることは何もない」
回復魔法が使えない教会。
奇跡を起こせない聖職者。
それは、ただの「コスプレ集団」でしかない。
「猊下……ご報告します……」
部下の神官が、涙目で一枚の羊皮紙を持ってきた。
それは、教会の今月の収支報告書ではない。
街の広場から剥がしてきた**『求人募集』**の張り紙だった。
「……なんだこれは」
「我々の……再就職先リストです」
神官が震える声で読み上げる。
【募集1:農夫】
条件:体力に自信のある方。土魔法が使えなくても鍬が振れれば可。
神官の反応:「重いものは聖書しか持ったことがありません……」
【募集2:冒険者の荷物持ち】
条件:死んでも文句を言わない方。
神官の反応:「回復魔法が使えない今、ただの肉壁です……」
【募集3:大道芸人】
条件:面白い話ができる方。
神官の反応:「『神は見ておられます』というジョークなら得意ですが……」
ガニスは張り紙を握りつぶした。
エリート聖職者として生きてきたプライドが、音を立てて崩れ去る。
「……猊下。いっそのこと、ローレンツ領へ行って、庭師として雇ってもらいませんか?」
部下の一人が禁断の提案をした。
「あそこの屋敷……神気が充満しすぎて、雑草が薬草(エリクサー草)になっているそうです。
草むしりをするだけで、レベルが上がるとか……」
ガニスの目が、怪しく光った。
「……草むしりで、レベルアップだと?」
「はい。しかも、給料は現物支給(女神様の残り湯で作った聖水など)もあるとか……」
ガニスは立ち上がった。
その顔には、信仰心とは別の、生き残りを賭けた「野望」が宿っていた。
「……法衣を脱げ」
「へ?」
「作業着に着替えるのだ!
これより我々は聖光教会ではない!
**『ローレンツ家専属・派遣ビルメンテナンス部隊』**として再起を図る!!」
「「「イエッサー!!」」」
こうして、かつて大陸を支配した宗教組織は崩壊し、
世界最高峰の「草むしり集団」が誕生しようとしていた。
神界の絶望をよそに、ライルの屋敷の庭は今日も綺麗に手入れされることになる。
それが、元枢機卿たちの涙ぐましい努力によるものだと知る者は、まだいない。




